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エピソード8『泉 緋色』(脚本)

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〇村の眺望
  【2033年、イバラキ。『言霊みれい』】
  ヒタチナカ中央の町を1つ越えた地、
  
  意外に近いその闇色に染まった農場で『緋色』は語ってくれた。
  6年前から今日までの事を。鍬を肩に掛け陽の灯りで頬を染め話してくれた。
緋色「――それで俺は、アレからこの土地を手にしたんだ。 みんなに美味しいモノを食べさせてあげたくて、さ」
  迎えられた緋色農場《ひいろのうじょう》に彼は優しい眼差しを送っている。
緋色「もう誰にもひもじい想いをさせたくなくて、 俺が食べ物をみんなに、『創』に、『みれい』に、」
緋色「『・・・・・・る』に食べさせたくて、 だから俺は農家になったんだ」
緋色「大変だったよ。この6年間」
みれい「その腕、仕事で?」
  私の問いに『緋色』は首を振って応えた。焚火に木をくべながら、淡々と話してくれる。
緋色「いや、『奈久留』を亡くした時に、俺も少し感染してたんだよ。ペストに」
緋色「腕を落としただけで済んだのは、きっと『奈久留』のおかげだよ」
  私は思い出していた。魔女の格好が似あっていたあの子の事を。
  
  彼女の最期の笑みは、きっとあの時の皆、誰もが忘れられない。
タタミ「先生!」
  『楽々』と追いかけっこをしていた『タタミ』がやって来た。
  
  『緋色』が腰に巻いているそれを見て問う。
タタミ「なんで新聞持ってるの? 高いでしょ? 新聞」
緋色「読んでみるか? 勉強になるぞ!」
楽々「『緋色隊長』! 私も読みたい!!」
  『タタミ』と『楽々』は新聞を手にはしゃいでいる。
  
  初めて読むであろう新聞と睨み合っていた。
  新聞を読む余裕のある人はヒタチナカの街でも限られていた。みんなみんな余裕なんて無かったから。
みれい「新聞配達もしてるの? 生活の為に?」
緋色「ああ。今の時代仕事は選べないからな。それに実際色々学べるんだよ、この仕事」
  そう言って『緋色』は余った新聞を器用に丸め笑ってみせる。
みれい「こんな近くに居たなら、会いに来てくれてもよかったのに、」
緋色「ごめんな。本当は会いに行きたかったんだけど、忙しくて、さ」
  申し訳なさそうに『緋色』が謝る。
  私はその肩をそっと撫でた。
  その失った腕に、思わず泣きそうになったけど懸命にこらえる。
  ここは私の場所じゃないから。
  ――時間なんて関係無い。
  
  『タタミ』も『楽々』も、キメラの皆も、『緋色』の事が大好きになっていた。

〇村の眺望
  夜が明けようとする中、野菜スープを用意していた『緋色』からその手のおたまを奪い取り『楽々』が味を確かめる
  私も後に続いた。人参の青臭さがたまらなく美味しい。
  農場の中央に在る火、その前に屈んだ彼は誰よりも骨太《ほねぶと》になっていた。筋肉が紺色のシャツから溢れている。
  『タタミ』が『緋色』の背に乗り問いかける。まるで子供のように『緋色』に纏わり付いていた。
タタミ「先生! わたしにいろいろ教えて! 先生! いろいろ知ってるでしょ? わたしの知らないこと!」
  『緋色』が背を覗き込み笑う。片腕で器用に肩車をして『タタミ』のその手を上げさせた。
緋色「じゃあ、まずは、」
緋色「『タタミ』!」
  『タタミ』がその肩の上で応える。
タタミ「はい! 先生!」
  『緋色』は、その手をより高く掲げさせた。
緋色「『タタミ』」
タタミ「はい!」
  『緋色』のその肩が気に入ったのか、とても嬉しそうに『タタミ』が笑う。
緋色「人を守れ!」
タタミ「はい!」
  『緋色』も嬉しそうな表情《かお》をしていた。
  
  太く力強い片腕で『タタミ』の腕を上へと伸ばす。
緋色「『タタミ』!」
タタミ「はい!」
  『緋色』はあどけない顔で笑った。
緋色「誰かの役に立つ男となれ!」
タタミ「はい! って、・・・・・・わたし女の子」
  緋色農場の片隅で私たちは藁床《わらどこ》へ横になる。ずいぶんと懐かしい匂いがした。
  隣りで横たわる彼へおふざけで聞いてみる。朝からずっと『タタミたち』とばかり一緒に居たから焼きもちを焼いてしまった。
みれい「『緋色』さ。なんか、『タタミ』にやたら優しくない?」
  たった1つの腕を枕に『緋色』が笑う。いつもの優しい『緋色』だ。
緋色「そうか?」
みれい「うん。ちょっと嫉妬」
  農場から見える空は星の光に埋もれている。世界中が星で煌めいていた。
緋色「『タタミ』さ、俺の妹と同じくらいなんだよ」
みれい「・・・・・・『真衣《まい》ちゃん』、か」
  『真衣』。それは『緋色』の妹に付けられた名前だった。
緋色「『真衣』が生きていたら、きっと『タタミ』くらいの歳になってたよ、きっと。 ・・・・・・貧しかったからな、俺たち」
  『真衣ちゃん』は栄養失調で細い枝のようになって亡くなった。
  家も苗字も無い私たちは、裕福な家庭に寄生する事でしか生きられなかった。
  飢えた私たちを宿らせてくれたのは、他の誰でもない『創』のお父さん『市原 剛さん』だった。
  星空に街頭無線の声が流れる。農場の端に引かれた街頭無線は、私たちに数少ない情報を教えてくれた。
  それは、インターネットとは違う『ヒタチナカ近郊』のリアルを伝えてくれる。
  アナウンスの声で目を覚ましたのか枕元へ寝間着姿の『タタミ』がやって来た。
タタミ「先生!」
  おずおずと胸の前で手を組んでいる。
  
  その目は小屋から伸びる光を浴びてうっすらと煌めいていた。
タタミ「わ、わたしと、」
  『タタミ』が、破裂させちゃうんじゃないか? って、そんな真っ赤な顔で、星空の下で横になる『緋色』へ言った。
タタミ「わたしとデートしてください! わたしが先生を幸せにしてあげるから! 約束するから!」
緋色「却下だ」
タタミ「が、ガーン」
  『タタミ』は声に出して大げさに項垂れる。
  
  『緋色』は肩を落とした『タタミ』の頭を撫で、寝たままの姿勢で言った。
緋色「ごめんな、先約が居るんだ。・・・俺の隣りには6年前からずっと」
みれい(嗚呼、・・・・・・そうだね)
  私も魔女姿の彼女を思い出す。『緋色』の隣は、いつも彼女だった。
  いつまでも落ち込む『タタミ』をよそに、街頭無線はクリスマスソングを流している。
  そして、
  
  『創』たちを失って、早3ヶ月が過ぎようとしていた。
  誰も祝えない『イバラキ』の街に、イルミネーションの1つも無いこの農場に、
  『赤鼻のトナカイ』の歌だけが、おどけるように流されていた。
  𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭

次のエピソード:エピソード9『メリークリスマス』

コメント

  • 私は読んで幸せにして頂きました🌿今は8月ですがクリスマスソングが聞こえて来そうです🌿

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