読切(脚本)
〇黒
「バカヤローッ!!」
森石茂「なんと言われようが店は畳まんぞ!」
森石茂「何がマンションだ! 何が駐車場だ!」
森石茂「俺からおもちゃ取ったら何が残る!」
森石茂「この白髪頭だけだ! バカヤローッ!!」
ガチャン!!
〇商店街
森石茂「ふん! 電話かけてきたと思ったら いつもこれだ!」
森石茂「バカヤローが・・・・・・」
森石綾「ウフフ」
森石茂「何が可笑しい」
森石綾「だってあなた、白髪頭って」
森石綾「残ってないじゃない」
森石茂「うるさい!」
──申し遅れました
わたくし、森石綾と申します
そして怒ってばかりの
こちらの頑固者が
主人の森石茂でございます
森石茂「なんか言ったか!?」
森石綾「いいえ」
森石綾「ほら、あなた お客さんがお見えよ」
森石茂「おっ、いらっしゃい!」
私たち夫婦は、渋谷駅から20分ほど
離れた商店街の一角にある
玩具屋「未来堂」を営んでおります
社会情勢や不景気のこともあり経営も悪化
娘からも盛んに土地の再利用を促されております
うちの人はいつもこんな調子ですが
最近は少しばかり元気がなく──
森石茂「なんだ、客って蓮じゃねぇか」
森石茂「どうした? ぬいぐるみなんか持って」
蓮「いいだろ 個人情報なんだから」
森石茂「生意気抜かしやがって さては好きな女にプレゼントか」
蓮「違うってば」
蓮「ねぇ、これいくら?」
森石茂「三千円だぞ 三百円じゃねぇぞ」
蓮「少しまけてよ」
森石茂「蓮、いいことを教えてやる」
森石茂「女っていうのはな、男が苦労して、やっとの思いで買ったプレゼントってのが嬉しいんだ」
森石茂「なぁ、綾 そうだよな?」
森石綾「馬鹿ねぇ」
森石茂「お母さんに小遣いせびるってのも無しだぞ」
蓮「ママは」
森石茂「なんだ?」
蓮「病院にいるんだ」
森石茂「・・・どっか悪いのか」
その時でした
蓮くんの携帯に着信が入ったのです
蓮「もしもし、パパ うん、うん」
蓮「えっ、そうなの!?」
森石茂「どうした?」
蓮「パパも病院行くって」
森石茂「おいおい、調子でも悪いのか?」
蓮「違うよ」
蓮「妹が生まれるんだ」
「ええっ!」
蓮「なんか、予定より早くなりそうって・・・ どうしよう?」
森石茂「おい、おまえ 妹だってよ!?」
森石茂「どうすりゃいい? どうすりゃいいんだよ!?」
森石綾「んもう 少し落ち着いて」
森石綾「おばちゃんたちも一緒に行ってあげるから」
森石綾「病院行こう ね、蓮くん」
蓮「うん!」
森石綾「ほら、あなたはぬいぐるみ持って!」
森石茂「俺がぁ!?」
森石綾「ブツクサ言わないッ!」
森石茂「はいッ!」
〇病院の廊下
お産は夜まで続きました
うちの人と蓮くんは
ぬいぐるみを挟むようにして
ウトウトしておりました
蓮の父「蓮が、そんなことを」
森石綾「もうお兄ちゃんなのね」
森石綾「誕生日プレゼントなんて」
蓮の父「なんか、あっという間に 大きくなっていくんで」
蓮の父「びっくりです」
森石綾「そんなものよ」
森石綾「あなただって、少し前までは こんなに小さかったんだから」
蓮の父「まいったなぁ」
森石綾「毎日うちに来て おもちゃ見て回って」
蓮の父「でも、お金足りなくて まけてくれって頼んで」
森石綾「ウフフ」
蓮の父「可笑しかったですか?」
森石綾「蓮くんがね」
森石綾「ぬいぐるみのお代、まけてくれって」
蓮の父「あいつがですか!?」
森石綾「そう」
蓮の父「あいつが・・・」
森石綾「蓮くんはお父さんに似たのね」
蓮の父「・・・・・・」
森石綾「どうしたの?」
蓮の父「・・・グスッ」
森石綾「やあねぇ」
森石綾「あなたが泣いてどうするの」
蓮の父「すみません いろんなこと、思い出しちゃって」
森石綾「泣くのは赤ちゃん ねっ」
蓮の父「そうですよね」
蓮の父「俺、頑張ります ほんと、頑張りますから」
森石綾「そうよ お父さんなんだから」
蓮の父「あ、そうだ お代──」
──ンギャア! ンギャア!
「生まれた!?」
森石綾「あなた! 蓮くんも起きて!」
森石茂「ん、朝か?」
森石綾「んもう、何言ってるの」
森石綾「生まれたのよ 赤ちゃん」
森石茂「・・・赤ちゃん」
森石茂「でかしたぞ! 綾!」
森石綾「馬鹿ねぇ 私じゃないわよ」
あの人は、生まれたばかりの赤ちゃんを見て、大粒の涙を流しておりました
娘が生まれた時のことを
思い出していたのかもしれません
〇病院の入口
森石茂「どうだ」
森石茂「家まで遠くないし 歩いて帰るか」
森石綾「そうね」
〇渋谷のスクランブル交差点
帰り道──
うちの人にしては、珍しく口数が少なく
信号を待っている間も
立ち並ぶ建物を
ただぼんやりと仰ぎ見ていました
その目には、渋谷の街が
大きく映っていたのかもしれません
森石茂「───あれだな」
森石綾「なに?」
森石茂「この街も変わったんだな」
森石綾「そうね」
森石茂「歳をとるわけだ」
信号が青に変わり
多くの人が私たちを追い抜いていきました
「─────」
森石茂「なぁ」
森石茂「・・・・・・潮時なのか」
森石綾「えっ」
森石茂「どう思う?」
森石綾「私は────」
その時、携帯にメールが届きました
蓮くんの家族と
あのぬいぐるみが写った
一枚の写真でした
森石綾「あなた、見て」
森石茂「いい顔してやがる」
森石綾「・・・・・・」
森石綾「さっきの話だけど」
森石茂「んん」
森石綾「私ね、こんなふうに思うの」
〇渋谷のスクランブル交差点
蓮くんも
蓮くんのお父さんもそうよ
この街に住む人はね
みんな、あなたのおもちゃで
大きくなったのよ
私、そのことに誇りを持ってる
今までも
これからも
森石綾「私、あなたについていくから」
森石茂「・・・・・・」
森石綾「あなた」
森石茂「── ふん」
森石綾「あっ、いけない」
森石茂「どうした?」
森石綾「お代、いただくの忘れちゃった」
森石茂「いらねぇよ」
森石綾「でも」
森石茂「その代わり、妹も うちのご贔屓になってもらう」
森石茂「ずっとだ」
森石茂「いいな」
森石綾「フフッ」
森石茂「何が可笑しい」
森石綾「頑張ろうね」
森石茂「当たり前だ 負けてたまるかってんだ」
森石綾「あなた」
森石茂「くっつくなって 歩きにくいだろが」
森石綾「私ね」
森石綾「パソコンをちゃんと習ってみようと思うの」
森石綾「エクセルってすごい便利なんだって」
森石茂「俺はな」
森石茂「今、流行ってるあのアニメ見るぞ」
森石茂「グッズも仕入れとかねぇとな」
森石綾「あれね 大人気なんでしょ」
森石綾「なんていったかしら えーと・・・」
森石茂「あー、あれだ・・・、ほら」
「えーっと・・・」
すっかり物忘れが激しくなった
私たちですが
まだまだ頑張ろうと思います
これからも私たちの未来堂を
どうぞよろしくお願いいたします
「えーっと・・・」
「思い出した!!」
長い時間が流れたんだなぁ…というやるせなさと切なさの一方で、新しい命の誕生に明るい未来を感じさせる秀逸なラストでした😭
湯ぶねに肩までしっかりつかった時に出る、あぁ、という声が出ました。ひとつひとつのセリフが響き、ティッシュで鼻を拭きました。文字では伝わらないでしょうが、心をこめて伝えたい、感謝。告白編読みます。あ、ファンボタンも。
読後感がよく、じんわりと温かくなる物語でした😌新しいお店ができる一方で、こうして昔ながらのお店が閉まっていくのは寂しいものがありますね🥲これからも無理せず続けてほしいです☺️