女神とねんごろダイニング

冬原千瑞

2.はじめましてヒマワリさん(脚本)

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〇古いアパートの居間
  暮れなずむ空が覗める和室には、暖かな夕陽が差し込んでいた。
  開いた障子の向こう側より、穏やかな風が室内へと入り込む。
  晩ご飯には少し早い時間帯かもしれない。
  それでも、温かな緑茶と共に全員でおにぎりを頬張る。
  ふんわりと炊けた米は、噛めば噛むほど舌の上で甘くほどけていった。
八雲 早苗「このおにぎりおいしいね~~ お米がとってもいいんだろうね~」
ミケ「にゃー」
八雲 早苗「ミケもそう思う?」
ミケ「にゃー」
???「・・・・・・」
  早苗とミケが美味しさを分かち合いながら食べる傍らで、女性もおにぎりを仏頂面で黙々と頬張っている。
八雲 早苗「ふー、ごちそうさまでした」
八雲 早苗「何だか眠くなってきちゃった・・・」
ミケ「みゃうーん・・・」
  一人と一匹はまったりしながら、目をしょぼしょぼさせていたのだが。
  ドンっ!
  ちゃぶ台に拳を振り下ろす音が響いて、目をパッチリ開け直した。
???「盗っ人に食材を分け与えてやっただけ、我ながら充分寛大に思うがの・・・」
???「寝床まで与える義理まで持ち合わせておらぬわッ!!」
  そう言って、すかさずキッとミケを睨みつける
???「お前の仕業であろう、ミケ。 なにゆえ、こんな小娘を引き連れてきた?」
ミケ「にゃー」
???「はぁ? 上司の命令?」
ミケ「にゃー」
???「ライフワークバランスぅ? メンタルヘルス対策ぅ? モデルケースの一環??」
  どうやらこの女性は、ミケの言うことがちゃんと分かるらしい。
  『にゃー』から膨大な情報を引き出しているようだ。
???「はっ、お上のすることは相も変わらず七不思議がすぎる」
???「ほんに現場の声が届かぬのう そんなものより、こちらの予算をもう少し・・・」
ミケ「にゃんにゃん」
???「・・・・・・ッ!?」
  とうとう女性の顔が引きつった。
  口ごたえが途端に止む。相当に怯えているらしい。
  どれだけ恐ろしいことを言われたのか見当もつかないが、早苗にはどうしたって『にゃんにゃん』にしか聴こえなかった。
八雲 早苗「・・・あの」
???「なんじゃ、小娘」
八雲 早苗「本当に助かりました」
八雲 早苗「お腹は空いているし、ここが何処なのかちっとも分からないし、誰かしら人がいるって分かってホッとしたんです」
八雲 早苗「おにぎり、ごちそうさまでした ありがとうございました」
???「・・・・・・・・・・・・ おにぎりは、おぬしが・・・」
???「・・・いや ・・・・・・はぁ」
  女性は何とも言えない表情でため息を一つこぼした。
???「おぬしは、本当に何も分かっておらぬのだな」
???「わらわは人ではないし、この世界は人の住む場所でもない」
八雲 早苗「じゃあ、あなたはどういった方なんですか?」
???「おぬしたちが言うところの『神』とやらだ」
八雲 早苗「ほぉ・・・?」
  腑に落ちないと言わんばかりの表情を浮かべる早苗。
  女性は、不意に自分の手指をパチリと鳴らした。

〇古いアパートの居間
  夕焼け空が消え失せる。
  スイッチ一つで切り替わるように、夜の帳が降りた。
八雲 早苗「ほぉぉ・・・」
  早苗が少し納得したような声を上げると、女性は手元の湯呑みを傾けた。
???「はぁ、今ので今日の業務は終了じゃ」
???「陽を東の空より昇らせ、西の空へと千年万年沈ませる 月の満ち欠けを千年万年繰り返させる」
???「このように、おぬしたちの住む現世の理(ことわり)が崩れぬよう、サポートする役どころじゃな」
???「ジャンルは様々だが、わらわの担当部署は『天空』」
八雲 早苗「んーと、他に具体的なお仕事内容は・・・?」
???「雨を降らしたり、日の光を強めたり、弱めたり、まあ他にも色々じゃ」
八雲 早苗「つまり、太陽の神さまですか? あの有名どころのアマテラスみたいな・・・」
???「その御方はわらわの上司じゃ というか、口にするのも恐れ多い御名を気軽に呼び捨てするでない」
???「不敬はすぐさま呪われる対象ぞ」
八雲 早苗「ごめんなさい。気を付けます じゃあ、あなたはアマテラスさまの部下なんですね」
八雲 早苗「私、有名じゃない神さまは詳しくなくて お名前聞いてもいいですか?」
???「微妙に失敬な小娘よのう・・・ 本当の名を教える道理はない」
八雲 早苗「じゃああだ名でいいです」
???「・・・皆からは『ヒマワリさん』と呼ばれている」
八雲 早苗「ヒマワリさん、ですか」
八雲 早苗「はじめまして、ヒマワリさん」
八雲 早苗「私は早苗。八雲早苗と言います よろしくお願いします」
ヒマワリさん「・・・ああ、よろしく・・・」
ヒマワリさん「・・・ってよろしくされるつもりはない!」
ミケ「にゃー」
  ミケに鳴かれると、ヒマワリさんはとてつもなく苦々し気な表情になる。
ヒマワリさん「・・・おぬしがこの世界に来たのは、ミケに手招かれたからじゃ」
八雲 早苗「ミケに・・・?」
ヒマワリさん「ミケはあらゆる神の使いじゃ 神の命に従って、人に知恵を貸したり、運の良し悪しを操作する」
ヒマワリさん「ただ、悪ふざけがすぎた奴でのう たまに気まぐれのように、この世界に人を連れてくる」
ヒマワリさん「本来は、神々の休息地なんじゃがの」
八雲 早苗「それが、御食つ国(みけつくに)・・・」
八雲 早苗「ここに来る途中で、誰かがそう教えてくれました」
ヒマワリさん「ああ、そうじゃ。 生命の源──澄んだ海の果てしなく続く美しい世界じゃよ」
八雲 早苗「神さまの休息地かあ 私、ミケのおかげですごいところに来ちゃったんだなあ」
  頭てっぺんを撫でてやれば、ミケは気持ち良さそうに目を細めた
ヒマワリさん「よって、おぬしはただの巻き込まれ」
ヒマワリさん「それでもって、この世界で訳も分からぬまま野垂れ死にさせるのは、随分と酷なこと」
ヒマワリさん「というか、このままでは、わらわの評価ポイントが減点になる・・・ッ」
八雲 早苗「ええと、つまり?」
ヒマワリさん「宿ぐらいは提供しようということじゃ」
ヒマワリさん「ここを好き勝手に使って、住めば良い」
八雲 早苗「おぉぅ! ありがとうございます! ごはんも付いてますか?」
ヒマワリさん「わらわは炊事はせぬぞ 食糧は毎日届くがの」
八雲 早苗「充分です!  屋根があって台所があって、ごはんがあれば天国なので!」
八雲 早苗「あ、お風呂もあれば尚サイコーなんですけど」
ヒマワリさん「身の清めは、わらわたちも当然欠かせぬ ある決まっておろう」
八雲 早苗「それこそ天元突破にシャングリラです!!」
ヒマワリさん「やかましい、居候小娘ッ!」
ヒマワリさん「・・・好き勝手に住めとは言ったがな 忘れるでないぞ、この家のれっきたる主は、わらわだということをッ!」
ヒマワリさん「ゆえに、これだけは固く約束してもらうぞ」
八雲 早苗「約束・・・?」
ヒマワリさん「・・・・・・」
ヒマワリさん「──一番風呂は、このわらわじゃ」

〇古風な和室
八雲 早苗「ふ~~、いいお湯でした 極楽極楽♪」
  二番風呂をいただいて、お布団になだれ込む。
  早苗に分け与えてくれた部屋は広くもなく狭くもなく、落ち着いてくつろげる丁度良い大きさ。
  初めて上がり込んだ筈なのに、不思議と深い懐かしさを感じる。
  若々しい草原のような畳の匂いを、大きく深く吸い込んだ。
ミケ「にゃー」
  寝支度が出来た早苗を見計らったかのように、ミケが部屋に入ってきた。
八雲 早苗「一緒に寝てくれるの?」
ミケ「にゃー」
  お邪魔します、と言いたげに鳴いて、ミケは早苗の寝転がる布団に潜り込んできた。
八雲 早苗「ふふ、ミケもあったかい」
八雲 早苗「・・・おやすみ」
  すぐ近くで丸まったミケを確認してから、灯りを消す

〇古風な和室
八雲 早苗「・・・・・・」
八雲 早苗「いい人、じゃなかった──いい神さまに出会えて良かった」

〇古いアパートの居間
  『おぬしがこの世界に来たのは、ミケに手招かれたからじゃ』

〇古風な和室
八雲 早苗(ミケは神さまの御使いで・・・ 私はミケに誘われて・・・)
八雲 早苗(ここに来たのは、誰かに導かれたから・・・?)
  寝返りを打って、傍らで身を丸めるミケに視線をやれば、ミケはすぐに気付いてくれる。
  眠れないのをなだめるかのように、ぺろぺろと指先を舐めてくれた。
八雲 早苗「ミケ、どうして私をここへ連れてきたの?」
ミケ「にゃー」
  ──それはいずれ分かるよ、と言いたげに鳴かれた。

次のエピソード:3.こんにちはミコト屋です

コメント

  • 能天気で図太い早苗さんと、ちょっとストイック気味なヒマワリさん、そしてミケという三者三様の会話シーンが楽しすぎます。三者の個性や特徴がクッキリしますね!

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