渋谷怪奇譚 ダブル

秋田 夜美 (akita yomi)

渋谷怪奇譚 ダブル(脚本)

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〇渋谷のスクランブル交差点
P.N.「あなたはご存じでしょうか?」
P.N.「街で広がる不思議な噂を」
P.N.「近年渋谷駅の大改造が進み、ホームや線路の整理が行われました」
P.N.「その結果、走る四本の電車が小さな結界をつくり出す瞬間が現れたのです」
P.N.「”○○線 22時45分 渋谷着”」
P.N.「もし噂に興味があれば乗ってみてはいかがでしょう?」
P.N.「ふふふ・・・」

〇オフィスのフロア
紗夜「はぁー!ようやく完成!」
  出来上がった資料を前に私はギューっと伸びをする
  外はすっかり暗くなり、オフィスにも人は多くない
紗夜「よし、行こうかな!」
  今日は約束がある
  洋子と渋谷で飲むだけだけど

〇駅のホーム
  ホームの階段を登っていると発車のベルが聞こえてくる
  踵を鳴らして登り切るとまだ扉から明かりがあふれていた
紗夜「セーフっ!」
  気分を良くしながら私は車両へと乗り込んでいく

〇電車の中
  適当なところに落ち付くと正面の席に小さなポーチを見つける
  学生時代に気に入って使っていたものと同じブランドだった
  私は懐かしさと寂しさの両方を覚えながら学生時代を思い出していた
  ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン
  電車が加速していく
  ガタンゴトン、ガタンゴトン
  電車が加速していく
紗夜「・・・」
  朝が早かったせいか振動がやけに眠気を誘う。私はいつの間にか目を閉じていた
  夢と現実の世界を行き来して数駅が過ぎた頃、突然強烈な光がまぶたを差した
  私は重い目を渋々開けると窓の外に並走する電車が見える
紗夜「なんだ電車か」
  初めはそう思った
  しかし、すぐに違和感に気付く
紗夜「なんか、近づいてる?」
  気付いた途端、冷水を浴びたように一気に目が覚める
紗夜「嘘っ!待ってまって!!」
  必死の呼びかけも虚しく電車はどんどん近づいてくる
紗夜「えぇ?! こ、来ないでーっ!!」
  もうダメだと全てを諦めて目を閉じた次の瞬間、衝撃が
  来なかった

〇電車の中
  恐る恐る薄目を開けると寸前まで迫っていたはずの電車は忽然と消えていた
  代わりに白光が無限に続く不思議な世界が窓に映っている
紗夜「どこだろう、ここ」
  目を瞬かせているとポーチがあった席に誰かがいることに気付く
  不思議に思ってじっと見つめると
  そこにいたのは、なんと私だった
紗夜「こんばんは。もう一人の私」
紗夜「え、えと?こ、ここんばんはっ!」
  訝しみながらも挨拶をすると、もう一人の私は笑顔を浮かべる。私と同じ顔だった。
紗夜「ね。あの日のことを覚えてる? 第一志望の大学を受験した日のこと」
  その話題に私はギクリとする。心の中を覗かれたような気分だった
  しかし同時に、この女性は私なのだと悟った
紗夜「・・・覚えてる。最後の問題、よね?」
紗夜「そう。あの時、試験終了が告げられた時、間違った選択肢を選んでいることに気付いて、」
紗夜「こっそりと書き換えてしまうべきか悩んだ」
紗夜「そしてそこで下した決断が世界を二つに分岐させたわ。あなたと私、それぞれが存在する世界に」
紗夜「・・・」
紗夜「私は書き換えたおかげか試験に合格できた」
紗夜「大学では結婚相手と出会って、卒業後は彼の仕事の関係で海外に・・・」
紗夜「楽しかったわ。だけど、」
紗夜「人生がうまくいけばいくほど後ろめたさを感じた」
紗夜「あのズルの上に全てが成り立っているんだと思い出すたび、」
紗夜「自分が無価値な人間なんだと思い知らされた」
紗夜「・・・天罰、かしらね?」
  もう一人の私は寂しそうに笑った
紗夜「私は試験に落ちて、別の大学に通うことになった」
紗夜「そこで友達も楽しい思い出もできて満足していた、はずだった」
紗夜「でも、就活を始めてあの選択の重さを知った」
紗夜「私ね、受けた企業ぜーんぶ、書類選考で落ちちゃったんだぁ」
紗夜「「私なんていらない」ってみんなが笑ってる気がした」
紗夜「でもあの選択を後悔したら、」
紗夜「その後にあった友達との幸せな時間も楽しかった思い出も全部いらなかったことになっちゃう」
紗夜「そんなのは嫌だった。だから、前だけを見て進んてきたんだ」
紗夜「・・・」
紗夜「私ね、」
紗夜「あなたになれば後悔も消えて、本当の意味で幸せになれるんじゃないかって思ってた」
紗夜「だけど間違ってた」

〇電車の中
紗夜「最後に聞かせて?」
紗夜「もし入れ替われるとしたら」
紗夜「あなたは私になりたい?」
紗夜「それともあなたのままでいたい?」
紗夜「・・・」
紗夜「きっと少し前だったら替わりたいって言ったと思う」
紗夜「だけど、就活をやり切って気付いたの」
紗夜「大事なのは正しい選択をすることじゃない」
紗夜「選択した後をどう生きるかなんだ、って」
紗夜「だから、私は私の人生を歩むわ」
紗夜「そっか・・・」
紗夜「じゃあ私も、」
紗夜「私も前を向いて生きようかなっ!」
紗夜「ありがとう、紗夜」
紗夜「うん!」
  もう一人の私は晴れやな顔をしていた
  誰かが見ていたら、まるで合わせ鏡のようだと思ったかもしれない
  ・・・警笛が聞こえてくる
  それが合図になったのか車内の全てが二つに分かれていく
  私たちの距離は徐々に空いていき、気が付いた時には別々の電車に乗っていた
  私たちは座ったまま静かに手を振る
  私が見えなくなるまで

〇電車の中
「渋谷、しぶや~」
  聞き慣れたアナウンスに私は目を覚ます
  車窓にはいつものホームが映っていた
  そして、
  前の席にはもう小さなポーチが忘れられているだけだった

〇黒背景
P.N.「渋谷怪奇譚、いかがでしたか?」
P.N.「もしもう一人のあなたと出会って、後悔した選択肢の向こう側にいけるとしたら」
P.N.「あなたは入れ替わりを受け入れますか?」
P.N.「それとも断りますか?」
P.N.「・・・」
P.N.「いつかもう一人の自分と出会った時に備えて」
P.N.「じっくり考えてみてください」
P.N.「ふふふ・・・」

コメント

  • 帰宅中、それこそ渋谷を通る電車にのっていた時に読みました!✄
    今もう1人の自分に会ったら私はどっちの私を選ぶのかな、、、って家に着くまで真剣に悩みました。笑
    正直後悔している過去もありましたがやっぱり今の自分の人生が1番最高です。
    過去は未来次第でいくらでも変えられる
    後悔している過去の経験を、やっぱりあの経験しててよかったって思えるようにがむしゃらに生きていこうと思います!

  • もしあの時をやり直ししたらどのような結果が待っていただろうとたまに思う事ありますね。色々考えてしまう作品でした。シリーズ化もできそうな予感。ポーチは果たして何を暗示しているのだろう……。

  • こんばんは!福山詩と申します!
    過去の後悔や別の選択肢に進んでいたらという誰にでも思い当たる題材がとても面白かったです!ストーリーテラーのフードの子も雰囲気が出ていて最高でした!

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