恋のつぶやき(脚本)
〇祈祷場
〇大樹の下
少しでも穏やかな気持ちになりたくて、樹木があるところにいくと、家族や恋人たちの笑い声が聞こえてきた。
たくさんの樹木のなかには名前の知らない花が咲いていたが、ぼくの心はまだ蕾のようなものだ。
今日は千佳と諏訪神社の境内で会う予定だった。
ふたりとも、家電販売の会社に勤めていて、新年会で千佳と話が妙にもりあがり、つきあうようになっていた。
ぼくが二十三歳。千佳が二十四歳だ。
〇神社の出店
諏訪神社は、千佳はパワースポット好きで、千佳がどうしてもいきたいといっていた神社だった。
なんどか参拝したことがあるが、広い境内や池がある神社だ。
その千佳とは三日前に、ラインのやりとりのことでケンカをしてしまっていた。
千佳によれば、ぼくの返信する内容がいつもそっけなく感じるのだそうだ。
ぼくは絵文字やスタンプを使わないので、ぼくの返信したものがなんとなく冷たく感じられるらしい。
その後、ぼくからラインをしても電話をかけても千佳はスルーだ。
それに、登山や音楽活動を趣味にしているため、どうしても千佳と会う機会が少なくなってしまうのも不満だとよく言われていた。
とにかく、休日に家にいても鬱々としてくるので、一人で諏訪神社にやってきたのだが、
楽しげに境内を仲良さそうに散歩しているカップル達をみていると、よけいに気分が沈んでくる。
〇神社の出店
ぼくは退屈まぎれに、ツィッターをはじめた。名前は泰之をローマ字にしたものにしていた。
ツィッターをしていると、なんとなく気がまぎれる。だから仕事帰りやなにもすることがないときなどに、
ときおりほかの人の書き込みにも、ツィートと呼ばれる書き込みをするようになっていた。
泰之「『一人で諏訪神社に来ています。家族連れや恋人たちが多くて、なんか辛いです』」
ぼくはツィッターに書き込んだ。すると、すぐにツィートしてくれた人がふたりいた。
『今度は恋人と来られるようにがんばって!』
彼女はいるが、ケンカをして一人で来ているなどとは、なんとなく空しいので書き込まず、
とにかく参拝してこようと拝殿に向かった。
〇神社の石段
今は春爛漫の四月。澄み切った青い空をみていると風がよけいに寒く感じ、冷たい風が心にまで凍みてくるようだ。
〇神社の本殿
本宮につくと、拝殿の近くまではいけないように柵のようなものがあり、そこで少し離れたところから柏手をうつようだ。
諏訪神社の境内を散策していることをツィッターに書き込んでいると、ダイレクトメッセージが入ってきた。
ダイレクトメッセージは、送り手と受け手のふたりしかみることができないようになっているので、
メールと似たような使い方ができるのだ。ぼくはダイレクトメッセージを受けられるような設定にしてあった。
たくさんの人をフォローしているし、フォローされてもいるので誰なのかはよくわからないが、
名前はムーミン。ユーザーネームは@iroha0610だった。
女性「『私も今日、一人で諏訪神社に来たんですよ。よかったら、一緒にお茶しません? 』」
女性「『私には彼氏がいるからあくまでお茶だけね。』」
女性「『それから、今だけダイレクトメッセージでやりとりをしたいから、私のフォロワーになってね』」
どうやら、彼女からもフォローされていたようだ。彼女のページにアクセスして、『フォローする』をタップした。
ぼくも千佳のことが大好きなので、ほかの女性とつきあおうとは考えていない。
でも、お茶を飲みながらちょっとお話するくらいならよいだろうと思った。
泰之「『ありがとう。どこで待ち合わせする?』」
ぼくの返事に、
女性「『少しゲームをしてみましょうよ。あなたが怖い人かどうか遠くからチェックしたいから、池のあたりで私をみつけてみて』」
女性「『私のスマホはピンク。青系の服装して、長髪だから、目印にしてみて。じゃあ、今いる場所をメッセージしながら鬼ごっこね』」
沈んだ気持ちも、突然のゲームの誘いに、なんとなく花びらが大地に落ちずに、天空に舞いあがっていくような気分になってきた。
それにしても、個性的な人だ。どんなことでも遊びにしてしまう千佳みたいな人だと思った。
年齢もわからないけど、なんとなく気があいそうだと思えた。
〇山中の滝
女性「『今、池のあたりに着いたわ』」
〇神社の石段
彼女からのメッセージを確認し、早足で池に急ぎつつ、
まわりのようすも見逃さないように歩きながら池に着いたが、女性の姿はみえない。
すでにどこかに移動したようだ。
〇古びた神社
その後も、諏訪神社の神木だとされている樹木のところにいるよというメッセージをもらって向かってはみたが、
どうやっても彼女をみつけることができなかった。
ぼくはしだいに誰かから、からかわれているのではないかと疑心暗鬼になってきた。
冷静になって考えてみれば、見知らぬ男性と一緒にお茶を飲もうとする女性なんてなにかおかしい話だ。
ぼくはつぎからつぎへと送られてくるメッセージを無視して、最後に桜をみてから家に帰ることにした。
〇桜並木(提灯あり)
しばらく咲き誇る桜をみていると、大きな桜の木の陰から、青い服装をした、長髪の女性が飛び出してきた。
その女性はなんと千佳だった。
千佳「ゴール! 鬼さんこちら。私がムーミンこと千佳ちゃんよ」
ぼくは一瞬唖然として立ち尽くしていたが、やがて事情が飲み込めてきて、顔がほころんできた。
ぼくは千佳に近づき、「千佳!」と叫んだ。いつのまにぼくのフォロワーになっていたんだろう。
今気がついたことだが、ユーザーネームの数字は二人が出会った月日の数字だ。
千佳「私も家にいても楽しくないから、諏訪神社にいって、二人が仲直りできますようにってお願いしに来ていたんだ」
千佳「ずいぶんまえに、泰之がツィッターをはじめたってユーザーネームもラインで伝えてきたけど、」
千佳「泰之をフォローしたってことは、なんとなく秘密にしていようと決めていたんだ。こっそり泰之と誰かさんのやりとりも読めるしね」
ぼくが頭をかきながらさらに近寄ると、
千佳「そうそう泰之。ほんとうに千佳じゃない人とお茶するつもりだったの?」
泰之「まさか。最初から千佳だってわかっていたさ。ユーザーネームの数字も千佳と出会った月日だしさ」
千佳「そっかー。そうだよね。泰之も知っていて知らないふりをしていたんだよね」
〇桜並木(提灯あり)
〇桜並木(提灯あり)
二人の思いをあらわしているかのように、遠くにみえる桜の木々が揺れ騒いでいた。
泰之「ねえ、千佳、せっかくだから、ゆっくり桜をみていようよ」
千佳「そうだね。じゃあ、一緒にお花見をしよう」
〇桜並木(提灯あり)
〇桜並木(提灯あり)
まだどこかぎこちないふたりだけど、手をつなぎ、桜をながめていた。
ときおり強く握り返してくる千佳のぬくもりが、風の冷たさを忘れさせてくれた。
手を握りあい、一緒に桜をみていたら、なんとなく嘘をついていた自分が情けなくなってきた。
泰之「千佳、ごめん。ほんとうは千佳だってわからなかったんだ」
泰之「お茶くらいならいいかなって思って。でも、千佳以外の人とつきあおうなんていちども思ったことなんかないから」
ぼくは頭をさげ、あやまった。
千佳「もういいよ。私のほうこそごめん。泰之を試すようなことをしてしまって」
〇桜並木(提灯あり)
千佳の手をとり、やさしく引き寄せ抱きしめた。すると、少し強い風が吹いてきた。
そして、うえからなにかが二人の頭に落ちてきた。落ちてきたものをよくみてみると桜の枝だった。
なんとなくおかしくなって、二人で大笑いになった。
千佳「神さまを怒らせちゃったかな」
千佳がいたずらっ子のような顔をした。
泰之「いや、二人の熱々の抱擁にあてられて、神さまもイタズラをしてみたくなったんじゃない」
ぼくの言った言葉がとてもおかしかったのか、千佳の笑いはなかなか鎮まらなかった。
その千佳の笑いを吹き飛ばすかのように、また強い風が吹いてきた。
すると、桜の花びらたちが空に舞いあがった。
千佳「わあ、桜の花びらが!」
〇桜並木(提灯あり)
ぼくと千佳は、ぼくたちを包み込んでくれるような花の舞をみつめていた。
やがて桜の花びらは、とっさに二人が重ねた両手のなかに、ゆっくりと落ちてきた。
〇桜並木(提灯あり)
fin
見事な情景描写ですね。
二人の周りで舞う花びらの美しさが伝わってきます。
お茶の件で、彼がちゃんと本当のとこを言って謝ってて、誠実な人だなぁと、ほんわかしました。
美しい春の光景が今からとても楽しみになるようなストーリーでした。喧嘩の種はいつも些細なことなんですよね。あとから何でこんなことでと思ってしまうようなものだけど互いに謝りあえる二人の関係性が春の風のように温かいなと思いました
いいですね。
風景が伝わってきました。
正直に言ったんですね、違う女の子でもお茶くらいならいいやと、男ってそういう生き物だから。
でも芯はちゃんとあるる生き物ですよ!