1.ようこそ御食つ国(脚本)
〇ネオン街
八雲 早苗「はぁ・・・ 疲れた・・・疲れた・・・ ・・・つかれたよう」
夜のネオン街。喧噪の最中、会社からの帰り道をとぼとぼと歩く。
賑やかなのは好きだけど、疲労の貼り付いた深夜となれば思うことはただひとつ。
八雲 早苗「お な か が す い た ッ !!」
お昼ごはんは、コンビニのこんぶおにぎり一個だけ。
身体がエネルギー不足をひしひしと訴えてくる。
帰る前にもつかどうかあやしい。
何か食べてから帰ろうか、そう思ってはいるけれど。
ごそごそと──お財布を取り出す。
・・・・・・・・・・・・。
八雲 早苗「お か ね が な い ッ !」
悲しいかな、給料日3日前。
いますぐどこぞの石油王と巡り会わない限り、財布が潤うことはない。
八雲 早苗「・・・・・・」
八雲 早苗「ま、いっか」
八雲 早苗「家に帰ればお米があるもんね 食べるのが遅くなってもいいから、今日はちゃんとごはんを作ろう」
八雲 早苗「おにぎりでしょ、おみそ汁でしょ、だし巻き卵でしょ・・・」
八雲 早苗「・・・ん?」
目の前を、何かがふと横切った。
喧噪の色濃いネオン街には、あまり馴染みのないものだったから、思わず立ち止まってしまう。
──猫だった。
猫「にゃー」
挨拶されるように鳴かれた。
この近所をうろつくノラ猫なのだろうか。
その割には、まだら模様の毛並みは良く艶やかで、警戒心は薄そうだった。
早苗の足の周りにぴたりと寄り添い、身をスリスリ擦りつける。
家から飛び出てしまった飼い猫なのだろうか。
八雲 早苗「こんばんは、カワイ子ちゃん。迷子になっちゃったのかな」
猫「みゃうみゃう」
八雲 早苗「お名前は何て言うんだろうね?」
猫「『ミケ』」
八雲 早苗「え・・・」
──しゃべった、気がした。
八雲 早苗「えっと、ワンモアプリーズ」
猫「・・・・・・」
猫「『ミケ』」
八雲 早苗「おおう!?」
八雲 早苗「ビューティフルでワンダフルなキャットなんだね!?」
ミケ「にゃー」
どうやらしゃべれる上に、和製英語も聞き取れるようだ。すごい猫だ。
ミケと名乗る猫は、足元からするりと離れて駆け出した。
八雲 早苗「あっ・・・待って!」
つられるように、猫の後ろ姿を追う。
ネオン街の裏道を走り抜け、喧噪と眩いだけの世界から、薄い闇が染み出したような道の向こうへ、その奥へと駆けていく。
薄い闇の向こう側は──
〇水中
ざぶん、と音が鳴った瞬間に包み込まれていた。
泡沫の大群と、つめたく静かなまろい微光。
暗い暗い海の中。
肌を撫でる水はぬるく、不思議と軽やかで、
沈んでいくのか、浮き上がっていこうとするのか良く分からない。
(・・・おいで)
誰かに呼びかけられた気がして、遥か上の水面を見上げる。
(──ここは常世と現世の狭間にある世界、『御食つ国』)
「みけつくに・・・?」
初めて聞く名前を、ぼんやりと繰り返す。
(どうか、安からんことを)
泡沫がいよいよ真珠みたいに輝き始めて──
〇朝日
──気付けば波打ち際に佇んでいた。
海の果ての遠い朝陽が、すべてに優しく微笑みかけるように澄んだ光で照らしてくれていた。
八雲 早苗「きれいな朝・・・」
八雲 早苗「ううーん・・・いつの間にか眠っちゃったのかな」
八雲 早苗「でも、ここって何処だろう?」
抱え持っていた鞄は手元に無い。
スマホがあれば、せめて居場所ぐらいは知れただろうに。
改めて、辺りをぐるりと見回してみる。
白く光る砂浜、朝陽に照り輝く蒼い海。
〇原っぱ
背後には、なだらかな草原と緑深き山々。
立ち並ぶのは木々でなくビルばかりだったはず。
なのに、突如現れた世界は、風光明媚の一言に尽きる絶景だった。
八雲 早苗「きれいだなあ・・・」
八雲 早苗「きれいだけど・・・」
八雲 早苗「お な か が す い た ッ !」
八雲 早苗「よし、ごはんが食べられるところを探そう!」
〇草原
野を越えて・・・
〇山中の滝
渓流を通り過ぎて・・・
〇森の中
林を当てもなく歩いて・・・
八雲 早苗「本マーグロ、甘鯛、エビいかたこ~♪ ステーキ、生ハム、スルメ、マンゴ~♪ 金目鯛、カレーイのホターテなのよ~~♪」
空きっ腹を歌でなぐさめながらひたすら進んでいけば──
八雲 早苗「・・・おぉ?」
〇神社の石段
──やっと人工的なものを見つけた。
緑深いところから少し開けた場所に、長めの石階段がそびえている。
人の住む地帯だとようやく分かって、ホッとする。
八雲 早苗「わーい、やっと食べられるっぽい場所に着いた・・・!」
弾む足取りで階段を駆け上がっていく。
〇古びた神社
長い階段の頂上で待ち受けていたのは、苔に覆われた古びた神社だった。
八雲 早苗「おぉー・・・これは・・・」
八雲 早苗「ごはんにありつける可能性、80パーセントダウン・・・」
八雲 早苗「しかしながら、残り20パーセントを可能性を信じ切るッ!!」
空腹のあまりちょっとテンションがおかしくなっているが、境内の奥へと突き進む。
八雲 早苗「たのもう、ごめんください、お腹空いて死にそうなので食べ物くださいッ!」
お恵み頂戴とたたみかけながら、スパンと中央の戸を開けて──
〇古民家の居間
ミケ「・・・・・・」
ミケ「にゃー」
いらっしゃい、とでも言いたげに鳴かれた。
八雲 早苗「ああっ、キミはあの時のカワイ子ちゃん!」
八雲 早苗「ここの家の子だったの!?」
ミケ「にゃー」
八雲 早苗「あのね、お腹がぺこぺこでね、何か食べるものが欲しいんだ」
ミケ「にゃー」
ついてこい、と言いたげに鳴き、背を向けてトコトコ歩き出す。
前足で器用に奥の戸をカラリと開けて──
〇安アパートの台所
──手狭な台所だった。
調理台は何十年分という程の埃が被っており、長らく使われていないのだと伺える。
それでも勝手口と思われる場所には、木製の台に食材が載せられていた。
盛り塩、のり、一合升に入った米。
ミケはその傍まで歩いていき、
ミケ「にゃー」
これを使えと言いたげに鳴いた。
八雲 早苗「おおう! ありがとう猫ちゃん!」
ミケ「『ミケ』」
八雲 早苗「そうだった、ありがとうミケ!」
ミケ「にゃー」
八雲 早苗「ではでは早速、調理開始~~」
それからの早苗の行動は早かった。
台所の戸棚を開けまくり、雑巾を確保。
調理台をさっと拭いたところで土鍋を持ち出し、そこで米を砥ぐ。
一度水を切り、一合升を使って同じ分量の水を土鍋に入れる。
塩もかすかにぱらぱらと入れる。
八雲 早苗「おにぎりおにぎりうれしいな~♪」
八雲 早苗「初めチョロチョロ、中ぱっぱ~♪」
八雲 早苗「赤子泣いてもふた取るな~♪」
ミケ「にゃー」
八雲 早苗「ミケが鳴いてもふた取るな~♪」
そんなこんなで炊き上がり──
八雲 早苗「でーきた!」
八雲 早苗「シェフのきまぐれおにぎり ~なだらかな潮風を添えて~」
なんてことないただの塩むすびである。
海苔が巻いてあるのが、ちょっとだけ豪華だけれど。
八雲 早苗「ミケも一緒に食べよっか」
ミケ「にゃー」
皿に盛り付け、台所から出ようとしたところで──
──ガラリ。
先に戸が開き、見ず知らずの女性と鉢合わせになった。
背の高く、凛とした佇まい。
滑らかな長い髪、端麗な面立ち。
そこに浮かぶ涼し気な眼差しが、早苗をゆっくりと見定める。
???「・・・・・・ほう」
???「わらわの膝元で盗みを働こうなどと・・・ 度胸のある小娘だこと」
八雲 早苗「あ・・・」
十中八九、ミケの飼い主に決まっているのだろう
???「ふふ、どうしてやろうか。 獄門? 磔? 鋸引きも捨て難いのう」
???「床に這いつくばって命乞いするなら、助けてやらんでもないが」
八雲 早苗「あの・・・」
???「ん?」
早苗は、おにぎりの載せた皿をずいと差し出した。
八雲 早苗「おひとつ、いかがですか?」
???「・・・・・・」
???「この盗っ人猛々しい小娘ぇッ! 人の家に勝手に上がり込んで抜け抜けとッ!」
???「そこに直れ、その腹掻っ捌いてやるから覚悟おしッ!!」
八雲 早苗「あの、せめて、おにぎり食べてからに・・・」
ミケ「にゃー」
それ以上暴れると、ほこりが舞っておにぎりに付いちゃうでしょうが──と言いたげに鳴かれた。
御食つ国の様子が、神話の世界を思わせるような自然豊かな美しい土地ですね。だからこその早苗さんの空腹っぷりとのミスマッチに笑ってしまいます。
主人公の順応性が高すぎる…笑 ほのぼのと見入ってしまいました。続きが楽しみです
情景描写が細かく物語に没入しちゃいました!
しかし主人公、予想に反して神経が図太い…笑