渋谷に、降りる

さいマサ

優しい重み(脚本)

渋谷に、降りる

さいマサ

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〇電車の中
わたし(どこで死のう?)
わたし(次の駅で降りて、死のうかな?)
  私は、死に場所を探していた。
わたし(町からはかなり離れた・・・)
わたし(まさか私が死のうとしてるなんて)
わたし(誰も気づいてないよね)
わたし(でももう、疲れたんだ)
わたし(もう、生きていくことはできない)
わたし(ただ、それだけ・・・)
  やがて列車が止まった。
わたし(・・・あっ)
  でも私は、降りることができず──。
おばあさん「あぁあああ、よっこいしょ!」
わたし(すごい沢山の買い物・・・)
おばあさん「みかん、食べる?」
わたし「いえ、大丈夫です」
おばあさん「そうかい?甘いのに」
  電車内に柑橘系の香りが広がっていく
わたし(席を移りたいけど、なんだか面倒)
わたし(どうせもう死ぬんだし・・・)
おばあさん「息子はバツイチでねぇ」
わたし「はぁ?」
おばあさん「なあんにも1人でできないのよ」
わたし「はぁ・・・」
おばあさん「靴下ひとつ出せやしない」
おばあさん「みーんな私が用意しなきゃいけないの」
わたし「・・・そうなんですか」
わたし(どうでもいいんだけど)
おばあさん「それに糖尿病なのよ」
おばあさん「熊みたいに太っててね」
おばあさん「体に良い食材は近くに売ってないし」
わたし(だからなんなの? もうこうなったら・・・)
  私は目を閉じた。
わたし(これでいい。 いくらなんでも寝てる人には・・・?)
おばあさん「献立にも困るのよねぇ」
おばあさん「おとなしく食べてるけど」
わたし(えっ、まだ喋るの!? 私、寝たふりしてるのに?)
おばあさん「でも、ちゃーんと知ってるんだよ」
わたし(知ってる? 一体、なにを?)
おばあさん「夜中に隠れてハチミツ舐めてるのをさ」
わたし(夜中にハチミツ!? 熊がハチミツ?)
わたし「そ、それは大変ですね」
  つい笑ってしまった。

〇電車の中
  雨が降ってきた。
わたし(あの日も雨だった)
わたし(私が、なにもかもを失くした日も・・・)
おばあさん「沖縄の生まれでね」
わたし「えっ?」
おばあさん「あの人はまだ息子が小さい頃に亡くなって」
わたし「どうして・・・亡くなったんですか?」
おばあさん「病気だよ」
おばあさん「それはもう、重い病気でね」
わたし(同じだ・・・)
おばあさん「あの時は本当に大変でねぇ」
わたし(このまま泣き出すんじゃ?)
  押し潰されそうな重みに、身構える。
おばあさん「ホントに死んでくれて助かったの」
わたし「えっ──?」
おばあさん「保険金ががっぽりよ」
おばあさん「それで息子と2人で買い物ざんまいさ」
わたし「あぁ・・・」
わたし(だから私は、この人の話が聞けるのか)
おばあさん「息子と相談してこっちに出てきたのよ」
わたし「どうして、東京に?」
おばあさん「犬」
わたし「犬?」
おばあさん「飼ってた犬があの銅像にそっくりでね」
わたし(えっ、そんな理由で?)
おばあさん「それからもう50年」
わたし「沖縄とはかなり違うんじゃ?」
おばあさん「まぁでも、住めば都ってね」
おばあさん「交差点でもぶつからないよ」
  そう言っておばあさんは、薄っすら笑った。
おばあさん「雨がやんだねぇ」

〇電車の中
  そしてそれは、突然だった。
わたし「──えっ?」
  私の左肩が、重くなる。
おばあさん「すーっ・・・」
わたし(寝ちゃった?)
わたし(喋り疲れたのかな?)
わたし(電車で買い物も大変だろうな)
  私は素直に、その重みを受け止めた。
わたし(若い頃は綺麗だったんじゃ?)
おばあさん「すーっ・・・」
  静かな寝息と、優しい重み。
  それらが混ざり合い、私の中に染み渡っていく・・・。
わたし「あぁ・・・」
  私の目から、涙がこぼれた──。

〇電車の中
  『次は渋谷、渋谷です』
おばあさん「じゃ」
わたし「えっ!?」
わたし(これだけ長々と話したのに、それだけ?)
わたし(しかも、寝てなんかいません風に立ち上がった!)
  そして電車が静かに止まる。
おばあさん「大根と鶏肉を煮ようか・・・」
  おばあさんの声が遠くなっていく。
わたし「あっ!」
  扉が閉まる寸前、私は電車を飛び降りた。
  渋谷に、降りたんだ。

〇駅のホーム
  電車が走り去っていく。
  それを私は見送った。
  少し前の『私』を乗せた電車を──。
おばあさん「ナッツをおからで・・・」
わたし(糖尿病の息子に作るスイーツかな?)
わたし(さようなら、おばあさん)
  私は、おばあさんを追い越した。
わたし(またきっと会えるよね?)

〇渋谷駅前
  全く知らない街『渋谷』
わたし(でも、おばあさんがいる)
わたし(息子のことが大好きなおばあさんが)
わたし(そして飼ってた犬に似てるっていうハチ公がいる)
  それだけでやり直せる。
  それだけで生きていける。
  それだけで・・・。

コメント

  • おばあさんの何気ない優しさが身に染みるお話でした😌
    保険金がっぽりで「おい!笑」と思いつつも、
    こういうのをあっけらかんと言ってしまうのもまた
    おばあさんの魅力なのでしょう☺️

  • 本当に人生って些細なことで変わっちゃうなと思う作品でした。おばあちゃんは助けたつもりは無いけど、誇りをもって幸せな人生送ってほしいですね。ナイス!おばあちゃん!

  • 最初はどうなるのかと思ったけど、おばあさんとの会話で最後は前向きに生きていこうっていう気持ちが、とてもリアルでした。どっからでもやり直すことができる、そんなメッセージが伝わってきました。

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