『遅延証明書』

Chaka

読切(脚本)

『遅延証明書』

Chaka

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〇白いバスルーム
  ああ、今日が始まる
  いつものように重たい体を無理矢理起こし
  顔を洗っていつもの服に着替えたら
  一杯の水を飲んで家を出る

〇駅のホーム
  ああ、今日も同じ電車に乗る
  いつものように疲れた顔した人達と
  同じ顔した僕がいる

〇電車の中
  揺れる電車はみんなの人生を運び
  それぞれに違う運命を運ぶ

〇電車の中
  みんな小さな画面を見つめては
  何処か違う世界を見つめていて
  なんか少し寂しさを感じてしまう

〇電車の中
  いつもの駅に着く時間
  けれども線路の上で止まる電車に響くアナウンス

〇電車の中
  いつもの駅での人身事故を告げる
  ざわつく車内は苛立ちを孕み
  なんか少し悲しさを感じてしまう

〇電車の中
  ああ、今日も誰かが電車に乗り損ねてしまった
  いつもの事のように流れる時間に
  同じ顔した僕がいる

〇電車の中
  流れる時間に流れ出す血は
  小さな画面の何処か違う世界のようで
  現実の味がしない

〇電車の中
  みんな自分の事で精一杯で
  他人の涙をすくう手は腕組みをして自己防衛
  かと言う僕の手もポケットに入れたまま

〇電車の中
  空っぽの中身を握りしめる事しかできない

〇電車の中
  ああ、今日も誰かの大切な人の涙が流れる
  いつもの日常が現実の味の輪郭を覆い
  涙に濡れた顔を作り出す

〇電車の中
  小さな画面の何処か違う世界は
  僕らの前に見えないだけで
  空気のように残酷に存在している

〇電車の中
  きっと誰もが乗り損なう可能性があって
  誰かの苛立ちになって
  大切な人の涙に変わる

〇荒廃した市街地
  遠い世界の悲しみばかりを見ては
  身近な苦しみには目を背けて
  ただただ腕組みをして自己防衛するしかない

〇白
  空っぽの自分を握りしめる事しかできない

〇広い改札
  動き出した電車は何事もなかったかのように
  いつもの日常を運ぶ
  着いた駅で遅延証明書を貰い
  またいつもの日常が始まる

〇らせん階段
  入口はあっても出口はない電車に
  今日も揺られて向かう先は何処なのだろう
  重い体と疲れた顔とすり減った靴が、心を叩く

〇渋谷のスクランブル交差点
  サイレンが遠くで聞こえた
  どうか溢れるのは涙ではなく
  笑顔である事を小さく祈り
  空の下へ歩み出す

〇渋谷のスクランブル交差点
  ああ、今日が始まる
  渋谷の駅は相変わらずの狭い空だ

〇駅のホーム
  電車は今日も人を運ぶ
  人生を、運命を、
  乗車券は見つからない
  いつの間にか無くしてしまったようだ
  でもそれで良い

〇駅のホーム
  きっと初めから無かったのだろう
  乗り損ねたあの子も、乗り損なってしまいそうな僕も
  きっと出口は同じだから

〇渋谷のスクランブル交差点
  きっと空は晴れているから
  きっと雨は美しいから
  きっと曇りは安らげるから
  乗車券なんていらないよ
  逃げてもいいんだよ

〇空
  遅延証明書はもういらない
  いったい何に遅れたのか
  涙以上に守るべきものなんて
  転んだ時に手をつくだけで充分だろ

コメント

  • 日常のワンシーンを切り取って、そこに丁寧に思いを寄せる物語で、作品世界ぐっと引き込まれてしまいました。深い観察と洞察ですね。

  • 井上陽水の「最後のニュース」が流れてきました。心が震え、勝手にシンクロできたことに感謝。

  • 没入できて味わい深かったです!

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