J POP

KAZEHUMI

読切(脚本)

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〇電車の中
  「男は八宝菜とか中華丼は頼まない真理、知ってる?」
  初めてのデートでなんか頭いい人だなと思った。でもつきあってすぐ、頭の良さと人間性は比例しないことを知った。
  元カレはビュッフェのカレーの肉が気にいれば、鍋から肉がなくなるまで奪うような執拗さがあった。
  どうしても一緒にいたくなくなって逃げるみたいに別れた。それ以来、週末には誘われるままに会食に参加した。
  「25歳は女子じゃないでしょ」
  どう見ても運動不足で、歯だけが妙に白い男にいわれて、私は会食から逃げ出した。
  『次は渋谷、渋谷。お出口は・・・・・・』

〇ハチ公前
  気づくと渋谷駅で降りていた。
  ハチ公口を出ると、ブラックミュージックのベースに心地よいメロディがのったBGMが耳に飛びこむ。
  渋谷は学生時代とは違った。
  待ち合わせている友達も彼氏もいない。
  ハチ公のはじでフードをかぶった眼鏡男が植え込みに座っている。
  仕事も家もない人なんだろう。
  でも交番は近いし危険はなさそう。
  異常なテンションで語りあう女子高生
  見るものすべてを自意識の餌食にする若いカップル
  そんな人たちより親近感を感じた。
  女子じゃなくなった女や
  ホームレスのような人ははじに集まるのか
  私もハチ公のはじっこに座った。
  隣には一人で座る女子高生がいる。
  どうせ彼氏か友達が来るんだ
  たった十年程で行き場がなくなることも知らずに、呑気に主役を謳歌してる。
  なんだか隣の少女が憎らしく見えてきた。
少女「私なにか変ですか?」
  露骨に見てしまっていたらしい。
私「変じゃない。私のほうが変でしょ、これから楽しい週末の夜が始まるハチ公の女子高生に比べて」
  刺のある言い方になった。
少女「貴方こそこれから歯が白い男とコンパかデートですよね? それで休暇は海外で写真撮ってSNSにアップするんでしょ?」
  予想外の反応だった。
少女「これコスプレです」
少女「私は中学卒業したところで高校は四月から。それにお金を払っていけたらなれるって話で」
少女「母子家庭でお金ないんです。海外旅行なんて異世界なくらい」
少女「それで今、オーディション中なんです」
  女の子は他人事のように淡々と説明した。
  大学卒業までの費用を得るためにネットで金策を探した結果、男と契約を交わすという方法にいきついたという。
  契約を交わすには男の審査が必要で、渋谷駅の定点カメラを通して今まさに値踏みされている。
少女「でも、好きな人としたことさえないんです」
私「奨学金とか・・・・・・」
少女「生活費が足りない」
少女「それに奨学金で大学を卒業した女性が、会社勤めしながら夜の仕事で何年もかけて返済してるみたいな話知りません?」
  たしかに私のまわりにも似たような子がいる。
少女「私みたいな子いっぱいいると思う。貴方みたいに主人公みたいな人生を謳歌してる人が知らないだけ」
少女「勉強は好き。とくに世界史が好き。この世界では大昔からこんな話はありました」
  子供のように細く、陶器のように滑らかで白いスカートから伸びる脚が、きつく閉じられている。
  ただの強がりだということが解る。
  誰にも触れられた事のない脚が、経済の暴力によって無理矢理こじ開けられようとしてる。
  なんとかしてあげたい、そう感じた自分に驚く。
???「スミマセン」
  私たちの前に男が立った。
  長身で、国籍の解りづらい顔の男がワイヤレスイヤホンをタップした。
異国の男「お話し聞かせてもらいマシタ」
  男は私より少し年上くらいに見えた。
異国の男「私は旅行者デス。父は大きな企業を経営してマス」
  ボンボンのナンパかよ。
異国の男「昔、父や仲間はとても貧しく、この街で手段を選らばず富みを集めた。悪い事してマシタ」
  昔、渋谷、悪い外国人というワードを頭で結んで身体がこわばった。
異国の男「父は私に、お世話になった街でソンしてこいといいマシタ」
異国の男「お嬢さん、いくら必要デスカ?」
  女の子は明らかにふっかけた。
  そんな金だせないだろうと言いたげに。
  「ふざけるなボンボン」そう顔に書いてある。
異国の男「持ち歩くと危ないから、すぐ銀行にいれてクダサイ」
  私も女の子も、息をのんだ。
異国の男「これは善行でも罪滅ぼしでもなく、私たちがさらに発展するためのおまじない」
  10cmほどもある札束をはじめてみた。
「なんていうかこの街はJ POPデス。なんでも受容して、でも世界で唯一の個性あって、そして誰もが主人公になれる」
  私も女の子もあまりの事に言葉が出せないでいると、後ろから騒ぎの声が聞こえてきた。
「やっぱ本物!」
  振り返ると、フードの眼鏡男と少年が握手をしていた。
フードの眼鏡男「今回の曲、二十年前のトラック使ったんだけどどう? キミなんか生まれる前でしょ」
少年「良かったです! 急上昇1位だし、さっきもかかってました!」
  気づくと長身の男は消えていた。
  女の子は目をぱちくりさせている。
  たぶん私も、似たような顔をしてるんだろう。
  どこかから届いた、いい匂いが鼻をくすぐった。
私「まえ通ってた美味しい店があるんだけどラーメン食べない? 私おごる」
少女「コンパいいんですか?」
  今週末は、新女子高生と渋谷でラーメンか。
  この街では、想像もしないことが起こることがあるらしい。

〇SHIBUYA109
  春の心地いい風が、道玄坂を登る私たちの背を押した。

コメント

  • 椎名林檎の唄う、すみっこ暮らし。不幸の応酬なんだけど、ラーメンなのです、あぁアジアの風。感謝。

  • 序盤の「25歳は女子じゃない」発言に思わず
    「ゔっ!」となりました🤦‍♀️笑
    最後にラーメンに行くのがまた味のある終わりですね✨

  • 側から見たらなんの悩みもなく生きていそうな人でも、誰にだって何かしら思うことはありますよね。
    それにしても、25歳は女子じゃないとかいう男には腹立たしいです!!

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