いつもと変わらぬ光景の中にひそむ、ほんのひと握りの出会い(脚本)
〇電車の座席
駅員「渋谷〜、渋谷〜です」
駅員のアナウンスを合図にみな一斉に車外へ飛びだすと、駅のホームをあっという間に埋めていく。
〇駅のホーム
そんな忙しない光景にも見慣れたトモキは、ゆっくりとした足どりでホームへと降りた。
〇広い改札
なにもかもが、どうでもいい
改札を出てもなお続く人の波に押されるようにして、今日もトモキはぼんやりとこの街を練り歩く。
〇渋谷駅前
信号が青になると同時に、まるでよく訓練された軍隊のように交差点をみなで渡った。
そこから少し行ったところにあるのが、ひときわ賑わいを見せる渋谷の通りだ。
いっそ、消えてしまえたら
若い男「よお、兄ちゃん!」
通りの入口近くから、トモキとそう歳の変わらない若い男が声をかけてきた。
また、あいつか──
トモキは軽くため息をつく。このところ、図らずも彼とはたびたび顔を合わせているからだ。
若い男「オマエの着てる服ってさ──っておい、待っ・・・」
話しかけてくる男に構わず、トモキは会釈をして足早にその場を去った。
〇電車の座席
駅員「渋谷〜、渋谷〜です」
〇センター街
トモキは、今日も特になんの意味もなく渋谷の街を練り歩く。
???「おにーさん!」
あの人、結構タイプかも〜!
いつもの親しげな男ではなくよく通る高い声だったため、トモキは声をかけられたとは気づかずに立ち去ろうとした。
???「ちょっと〜、聞こえてないの?」
そこでやっと自身に声をかけられていることに気がつき、トモキは足を止めて声のするほうを見た。
そこには清楚な雰囲気を漂わせながらも、遠目でも分かるほど濃い化粧をした女が立っていた。
トモキは軽く会釈をしてその場を去ろうとしたのだが、女は懲りずに追いすがってくる。
ルナ「わたし、ルナっていうの。忘れないでね?」
引き際も大事だよね?
彼女はトモキに笑顔で手を振ると、思いのほかあっさりと引き下がった。
って、あの服──
通さがる彼女を横目に、トモキはほっと胸を撫で下ろすとそのまま通りをまっすぐ歩いた。
〇試着室
店長「いらっしゃいませ、シライシ様」
ここは、トモキがよく訪れる服屋だ。
たびたび店に来てはマネキンの着るイチオシの服を必ず買っていくものだから、顔だけでなく名前まで覚えられているのだ。
シライシ トモキ「・・・これください」
そう言って、今日もトモキはマネキンを指さした。
店長「いつもありがとうございます」
おそらく店長なのであろうこの店員は、今日も紳士的な振る舞いでトモキに応じた。
トモキはこの店の渋谷らしからぬ落ち着いた内装や、あまり干渉してこない店員の接客が気に入っている。
この街の喧騒から抜け出して、違う世界にきたようなちょっとした感動を味わうことができるからだ。
〇センター街
明くる日も、トモキは渋谷の街に足を踏み入れた。
若い男「兄ちゃん!」
今日も粗暴そうな男に声をかけられたトモキは、そちらを見て驚きのあまりその場から動くことができなかった。
なんと、そこには先日出会った『ルナ』と名乗った女性とあの服屋の店員がいたのだ。
どうやら、全員この男の顔見知りのようだ。
〇センター街
店長「──これもなにかのご縁でしょう。よろしければ、私達と一緒に仕事をしてみませんか」
そうあの服屋の店員から言われ、トモキは呆気にとられた。
ルナ「わたしも、服屋の店員なんだよ〜」
若い男「オレも!」
どうやら全員があの服屋の店員で、この紳士的な男性は経営者でありながら店長としても働いているそうだ。
シライシ トモキ「でも俺、服のことはなんも分かんないし、特に夢とかもなくて──」
先日なんとなく買った宝くじで
まさか、二億円なんてとんでもない額が当たるとは思わなかったけど
随分前から家族や友達とは疎遠だし
やりたいこと、ましてや夢なんてなにも見つからない・・・
本当に俺は、空っぽでつまらない人間だ──
店長「夢がないのなら、これから考えるのでも遅くはないでしょう?」
店長「それに、私はシライシ様が店に足を踏み入れた途端肩の力を抜いてくださっているのが嬉しいのです」
この人は客のことをよく見ているんだな、と店長の観察眼に素直に感心したトモキはついに首を縦に振った。
シライシ トモキ「一緒に働かせて貰うのですから、もう『シライシ様』はよしてくださいね」
店長「ふふ、わかりました。シライシさん、改めてよろしくお願いします」
よろしく! と次々に握手を求められたのがなんだかおかしくて、トモキは久しぶりに心から笑うことができた。
〇渋谷駅前
晴れて社員として服屋で働くことになったトモキは、思い切って服屋近くの高層マンションに引っ越した。
『シライシさんお金もちなんですね』と店長に驚かれたが、トモキは店長にも宝くじが当たったことは話さなかった。
店で働くようになってからも、トモキは渋谷の街を練り歩くのをやめなかった。
人混みに飲まれることで空っぽな自分を隠していたトモキは、今ではその人混みの中の一人として堂々と歩けるようになっていた。
猫背気味だったため服に着られているような印象であったのも、今ではすっかり着こなし人々の目をひくまでに見違えたのだ。
〇電車の座席
駅員「渋谷〜、渋谷〜です」
せっかくの休みだし、少し遠出しようかな
人々が電車から忙しなく降りてくる。
そんな光景にも見慣れたトモキは、ゆっくりとした足どりで今日も電車に乗りこんだ──。
実際にこんなに高額な金額が急に手に入ったら
どうなるのだろうとつい考えたくなるお話でした😌
ラストの電車のドアが開いて風が入るシーンが
さわやかでした✨
面白いシチュエーションのお話ですね。楽しく読ませて頂きました!2億円当たったら…仕事をする必要はないのかもしれませんが、何もすることがなくなったら人間はどうなるのでしょう。結局誰かに必要とされたり、何かに忙しくしている方が幸せなのかもしれません。
やりたい事はきっとやっているうちに感じる事で、やる前からはわからないものなんですよね。
夢…わたしにも昔はありましたが…アマゾンの探検家!笑