Bar ScrambleIntersection(脚本)
〇シックなリビング
まず離別があった。それはどこにでもあるようで他愛もない失恋だった。
感傷に一人で浸るのは良い事じゃない。
誰に会うわけでも宛があるわけでもないが、なんとなく外に出てみた。
〇渋谷のスクランブル交差点
渋谷スクランブル交差点、初デートで手を繋ぎながらここを歩いた。
嗚呼、もう何年前なのか分からないが、こういう時に限って脳裏に焼きついた記憶は鮮明に、彩るように蘇ってくるものだ。
不思議と視界は灰色なのにな。
綺麗な記憶は雫となって交差点に落ちる。
恋とか愛なんてものは、祝福や呪いと紙一重だ。
優しく静と俺の名前を呼んでくれた記憶が頭を支配する。
泣きたくもないのに涙が交差点に落ちる。
〇シックなバー
一滴、二滴、三滴、公衆の面前で何を泣いているんだと我に帰るとそこはバーだった。
オーセンティックバーといった雰囲気の小洒落たバーだ。
俺は現実を飲み込めないまま「どうぞ」という声に呼ばれ席に着く。
不思議と動揺はせず寧ろ心持ちは穏やかだった。
そこには燕尾服を身に纏ったいかにも好々爺といった人物がこちらを覗き込んでいる。
好々爺「お客さん、何かお飲みになると良いですよ。辛い事があったのでしょう?」
静「何故お分かりになるんですか?」
好々爺「顔に書いてありますよ、なに心配はいりません」
好々爺「貴方は円舞曲を踊るように身を委ねていればよろしいのです」
そう言葉を発すると好々爺は手慣れた手つきでカクテルをシェイクして作り始める。
出来上がったカクテルはまるでグラスに誘われたように注がれ空白を満たす。
好々爺「ギムレットです、今の貴方にはぴったりでしょう」
静「ありがとうございます、いただきます」
俺は満たされたグラスを徐々に空にしていく。
空にする過程で好々爺が口を開く。
好々爺「ギムレットはね、貴方の今の状況を表しています」
好々爺「”ギムレットには早すぎる”なんて言いますが、貴方はもう早すぎることなんてないことはご存知のはずです」
好々爺「それを飲み終える時、貴方はその意味を空にするのですよ」
意味も分からず俺はグラスを飲み干す。その時店内の扉のベルが鳴った。
そこには離別したはずの元恋人がいた。
お互いがお互いの顔を見て呆然としていると、好々爺は俺に言葉を発した時と全く同じトーンでどうぞと声をかけた。
元恋人はぎこちない動作で俺の隣に座った。そして俺に向けて言葉を発する。
ゆりね「なんか、久しぶりみたいだね」
静「そう、だね。思ったより元気そうでよかったよ」
ゆりね「そっちこそ、元気そうでよかった」
言葉を幾つか話すとまた暫く無言になってしまい、その間好々爺はゆりねのカクテルを作っていた。
好々爺「お待たせいたしました、お嬢さんにはこちらブルームーンを」
夜空の様な色をした酒がグラスを染め上げる。
まるで夜空が落ちてきた様に。
ゆりねは数口グラスに口をつけそれを飲むとぽつりぽつりと俺に話しかけてきた。
ゆりね「ごめんね、こんな形で貴方を傷つけてしまって」
静「いいや、こちらこそ、ごめん」
上手く、言葉が出てこなかった。言葉を発する度、胸に釘を刺されている様な感覚に陥る。
ゆりね「きっと貴方は優しいから私の事を忘れるのは難しいと思うけれど幸せになってほしいな」
静「そんなの、忘れられるわけないだろ」
ゆりね「優しいね、じゃあ私の最後の我儘を言うね」
ゆりね「私の事、本当は忘れてほしくないな」
静「忘れないよ、ずっと」
ゆりね「ありがとう、話せてよかったよ、愛しています」
静「俺も、愛しているよ」
そう言葉を発するとゆりねは席を立ち、好々爺と僕に一礼してバーを去っていった。
俺も幾らか心が晴れやかに、いや、憑き物が取れた様になったので好々爺にチェックを頼んだ。
好々爺「ああ、お客さん、お代はもう既に戴いておりますよ」
静「俺、払った覚え無いですよ」
好々爺「いいえ、ここに入られる際、しっかりと戴きました」
好々爺「もう二度と、こんな場所でお酒を飲むことがない事を祈っております」
好々爺「それでは、お元気で」
〇渋谷のスクランブル交差点
その言葉を聞いた瞬間、俺はスクランブル交差点にいた。
呆気に取られている間に信号が点滅する。
信号を渡り切る、さっきまでのことはなんだったのか。
今となってはもうなに一つ分からない。
いつまでも、いつまでも、二度ともう会える事はないけれど。
一つだけ確かなのは、ゆりねが遠い向こうの世界でも幸せにしていて、見守っていて欲しいという気持ちだけだ。
空を見上げてゆりねに聴こえる様にそっと囁く。
静「愛しているよ、ゆりね」
作品から出ている大人の雰囲気と、
大人だからこそ辿ってしまったであろう結末に
胸がギュッとなりました🥲
表紙がそれを表していて素敵です😌
不思議でほっこりするストーリーでした。こういうの大好きです。
お互いに愛しているのに離れなければならないならない理由があったということですよね。突然の不思議なバーに離別した元彼…言葉も美しく深い世界にすいこまれました。