〇森の中
「ははは・・・俺がアメリカのスパイだって・・・そんなことあるわけない！」
「と言いたいところだけど、レイをこのまま騙せるわけがないんで、白状するが・・・」
「少なくても。。。俺はアメリカとは無関係だよ」
　　既に俺はレイが常識を逸するほどの洞察力を備えていることを熟知している。
　　下手に惚けたり、誤魔化したりするのは、これまで築いた信頼を裏切ることになる。
　　俺は客観的な事実であるアメリカとの関係だけを否定する。
麻峰レイ「んん、そこは外したか・・・では国防軍関係者かな？」
麻峰レイ「そうすると国防軍もこの計画については無関係だったのかな？」
　　俺の解答に、レイは僅かにがっかりしたような表情を見せるが、直ぐに新たな質問を告げる。
「それは流石に俺の口からは認められない。・・・察して欲しい」
麻峰レイ「そうか。じゃ、任務の質からして・・・君の正式な階級は少尉くらいか？」
「いや、少尉まではいかな・・・だから、はっきり言えないって！」
麻峰レイ「ああ、では准尉か。君の実年齢はわからないが、それでも二十歳は越えてないんだろう？」
麻峰レイ「スパイの役割として下士官では低いし、流石に十代を少尉には出来ないか！」
「レイ、頼むから勘弁してくれ！」
　　正解だと認めるにも等しいが、俺は次々と言い当てるレイに苦笑しながら告げる。
麻峰レイ「もしかして、今は監視されているのか？」
「いや、それはない・・・はずだ。俺もレイとのデートもどきを邪魔されたくなかったからね」
「少なくても俺の方からは報告していない。そんな余裕もなかったし、でも立場的には明言できないんだ」
麻峰レイ「そうか。まあ、電車を乗り継ぐ時に私も注意していたし、この公園を選んだのも私だから監視はなさそうだな」
「ああ。しかし、いつ頃気付いたんだ？」
　　観念した俺はレイに自分の正体に気が付いた時期を尋ねた。

〇森の中
麻峰レイ「君が転入して自己紹介した頃だから、実は初対面の時だな」
「まじかよ！　嘘・・・いや、レイがつまらない嘘を吐くはずがないし。自分の不甲斐なさにがっかりだ・・・」
麻峰レイ「まあ、仕方がない。私は自分の出生もあって以前からこの学園の秘密には気付いていたからな」
麻峰レイ「いつか、この秘密を共有出来る者が現れるのではないかと待っていたんだ」
麻峰レイ「何しろ、私達の存在は秀才を人工的に造る研究の成功例だ。ちょっかいを掛ける組織や国がしゃしゃり出るのは明白だった」
麻峰レイ「そこに平凡を装う転入生が現れたんだ。もう疑うしかないだろう？」
麻峰レイ「君は目立たないように細心の注意を払っているように感じられた」
麻峰レイ「まあ、軍か、それに準じた組織の者だと確信したのは、私の提案に君が乗ったことかな」
麻峰レイ「俺、君は私との距離を取るのが上手すぎた。近すぎず、遠すぎず」
麻峰レイ「これは私からすれば好ましいことなんだが、可憐な美少女相手にあの立ち回りは冷静過ぎる！」
麻峰レイ「君の身体能力の高さもあって、こんなことは訓練した者にしか出来ないってね！」
「・・・見事な推測だと納得するしかないが、例え事実だとしても、自分で自分を可憐な美少女と言うのはどうだろうか？」
「それと、理解者が欲しいなら同じ特待生同士で秘密を共有すれば良かったじゃないか？」
　　レイと同じクラスになった時点、いや彼女の能力からすれば、クラスや学年が違ってもいずれ目を付けられていただろう。
　　最初から詰んでいたことになる。それでも俺はちょっとした抵抗を入れつつ、気になった疑問をレイにぶつける。
　　どうせなら全てを明らかにしたかった。

〇森の中
麻峰レイ「いや、それは難しいんだ。私は気にしないし、君も若くしてスパイに抜擢されるくらいだから、メンタルが強いと思われるが、」
麻峰レイ「いくらなんでも『私達、政府の遺伝子実験で生まれた人造人間の一種らしいぞ！　実験体同士これから仲良くしようぜ！』」
麻峰レイ「なんて気軽に言えるわけだろう！　下手したら自分の存在に悩んで自殺される危険性がある」
麻峰レイ「他の特待生が独自に気付く可能性もあるが、私からは暗示するのは危険だったんだ！」
「ああ、なるほど・・・」
　　レイの説明に俺は納得を示す。
　　レイが呆気らかんとしているので気が回らなかったが、優れた才能を持っているからといって精神面まで頑強とは限らない。
　　自分が実験で生まれた特殊な人間だと知ったら、程度の差はともかく悩むことになるだろう。
　　むしろIQが高い人間ほど鬱になりやすいと任務前にレクチャーされたことを思い出した。
麻峰レイ「・・・ところで、君はこれからどうするのかな？」
麻峰レイ「こうして学園の秘密、正確には秘密とされていた情報について当事者の証言を得たことで目的を果たしたんじゃないかな？」
「ああ、確かに国防軍から・・・いや、今のは聞かなかったことにしてくれ！」
「た、確かにレイの証言で極秘裏に進められていた遺伝子実験の裏が取れた」
「だが、俺にはもう一つ任務が課せられていて、そっちはまだ達成していない」
「とは言え、レイに正体を看破されてしまったからな。存在を知られたスパイ・・・に居場所はないんだ」
　　区切りが付いたと判断したレイが話題を変え、俺はこれからの行動を示唆する。
　　それはレイとの別れを暗示させるものだ。
麻峰レイ「うむ。・・・そのことなら、私が胸の内にしまっておくから安心してくれ」
麻峰レイ「学園側も今回の事件は私が主体的になって解決したと思っている」
麻峰レイ「君の正体にはミジンコ程にも気付いていないだろう。彼らからすれば君は私のオマケだ！」
「ははは、オマケはともかく、レイならそう提案してくれると思っていたよ！」
「学園側に秘密にしてくれるならありがたい！　このまま退散したのでは、俺の評価も芳（かんば）しくないからな」
　　レイなら他言はしないと確信していたが、俺は彼女から望んだ回答を取り付ける。
　　余計な捻くれ口はいつものことだ。
麻峰レイ「ふふふ。しかし、それだけなのか？」
麻峰レイ「君は国防・・・じゃなかった・・・所属する組織での評価を気にするだけなのか？」
「・・・言わせたいのか？」
麻峰レイ「こういうのは、はっきりさせないとな！」
　　レイはベンチから立ち上がって俺の正面に立つと、俺の顔を覗き込みながらダメ押しを行なう。
「わかった・・・言うよ。言う！　せっかくレイと親しくなれたのに、このまま別れるのは残念だ！」
麻峰レイ「うむ、正直だ！　私としてもやっと見つけた理解者だからな。このまま別れるのは惜しい・・・」
「それって？」
麻峰レイ「いや、相棒としてだぞ！」
麻峰レイ「それに君のもう一つの目的も知りたいしな！」
「それについては俺の口からは言えない。まあ、レイなら直ぐに察しが付くだろう？」
麻峰レイ「いやいや、私も万能じゃないよ。これからもう少し時間を掛けて調べさせてもらう」
麻峰レイ「・・・まあ、とりあえず一本どうだい？　相棒君！」
　　レイは口角を僅かに上げる微かな笑みを浮かべると、チョコレートの箱を俺に差し出すのだった・・・。
　　ハードボイルドガール　終劇