〇小さい会議室
　　隙を突いたようなレイの暴露によって生活指導室内に一瞬の沈黙が流れ、誰もが彼女と及川を見比べて出方を窺う。
　　俺もその中の一人でレイの更なる説明を待った。彼からすれば本田の方がより犯人に近いと疑っていたからだ。
及川マスミ「私が?!　麻峰さん、あなたは何を言っているの?!」
及川マスミ「ボーイフレンドの不正行為を誤魔化すために私に責任を転換しようとしているのではなくて?!」
　　先に口を開いたのは名指しされた及川だ。
　　その姿はこれまでの温厚な彼女からは想像出来ないほど荒ぶっており、目を剥いて反論する。
麻峰レイ「もちろん、そんなことはありません。明確な根拠があります。そのための安中さんです」
麻峰レイ「彼女は月曜の早朝、学園のマラソンコースを散歩していたそうです。当然、テニスコート近くの雑木林も通っています」
麻峰レイ「その時のことは彼女から説明して貰いましょう。では、お願いするよ」
及川マスミ「か、勝手に話を進めないで！　あなたが連れて来た証人なのだから、」
及川マスミ「あなたに都合の良い話をするに決まっています！　聞く意味はありません！」
本田ヨシオ「いや、月曜日の早朝に外壁間近のマラソンコースを歩いていたのなら、それだけでも聞く価値はある！　聞かせてくれ！」
　　淡々と話を進めるレイとは対照的に、及川は興奮しながら証人の信用性を問題にするが、
　　それを本田は押し止めて安中に発言を促した。
横山ミズキ「そう、話してちょうだい！」
保井マユミ「・・・は、はい」
　　更に隣に座る横山が、及川の視線を受けて動揺する安中の肩に手を添えて、元気付けることでその口を開かせた。

〇小さい会議室
保井マユミ「少し前、私は左の膝を怪我して・・・正確には成長期に激しい運動をしたことで軟骨が肥大して痛みを感じていたのですが、」
保井マユミ「そのために部活を休んでいたんです。でも最近は痛みも取れて来たので部活を再開しようとして・・・」
保井マユミ「それでまずは軽い運動で体力を戻そうと、月曜日から朝に散歩をしようと思い立ったんです」
　　安中の証言が怪我の話から始まったことで話が長くなりそうだと感じた俺だったが、散歩の理由と判明したことで安堵する。
　　さりげなく回りの反応を窺うが、及川以外は全員が同じ気持ちだったようで、どこかすっきりした顔立ちになっていた。
　　誰しもレイが及川を犯人と断定した根拠を少しでも早く知りたいのである。
保井マユミ「それで、早起きして散歩に行こうとしたんですが、部活を休んでいたこともあって、」
保井マユミ「練習用の運度靴を学校に置き忘れていたんです。でも、その時、私の中では散歩をする気が満々だったので、」
保井マユミ「雨もそこまで降ってなかったので革靴で行くことにしたんです。ゆっくり歩けば大丈夫だろうって！」
　　本題に入ると思われた安中だが、妙にディティールに拘って散歩に至った詳しい心理描写を語りだす。
　　おそらくは今のような証言を求められる事態に慣れておらず、より詳しい方が丁寧だと思っているだろう
　　そんな彼女の真摯な気持ちと、もしかしたら重大な情報が出て来るかもしれないという思いで、俺達は忍耐強く続きを待った。

〇小さい会議室
保井マユミ「寮から真っ直ぐマラソンコースに出て、それから体育館裏まで二十分くらい歩くつもりでした」
保井マユミ「それで、膝の調子を見ながら歩いていると、テニスコートの裏あたりで私以外にマラソンコースを使っている人に気付きました」
保井マユミ「その時は普通に誰かがジョギングしているのだと思って、特に気にもしませんでした」
保井マユミ「運動部の人なら自主的に朝練する人は珍しくないですから」
保井マユミ「ただ先程、麻峰先輩から詳しい日時と場所を特定されてその時の状況を聞かれたので、」
保井マユミ「改めて思えば私から逃げるような素振りを見せていたかな・・・と」
本田ヨシオ「その人物の顔は目撃したのかね？　それと正確な時間は？」
　　やっと安中が目的の情報を披露したことで本田がより詳しい質問を与える。
保井マユミ「顔は見ていません。雨だからパーカーのフードで頭を覆っていましたし、直ぐに走り去ってしまいましたから」
保井マユミ「でも・・・ややふくよかな体格と小柄な身長からして、女子生徒か女の人だったと思います」
保井マユミ「時刻は６時前後くらいかと・・・」
　　安中はあえて及川を見ないようにして答えるが、その行為そのものが謎の人物が及川であると疑っている証拠でもあった。
本田ヨシオ「顔を確実に目撃しているわけではないのか・・・それにしてもかなり早い時間に散歩をしたのだな」
保井マユミ「はい、膝が治ってきて嬉しかったので・・・」
本田ヨシオ「その後、散歩を終えて寮に戻って、いつものように登校し、気付いたら靴がなくなっていたというわけか？」
保井マユミ「そうです。昼休みに友達と外に出ようとしたら無くなっていました」
本田ヨシオ「わかった。ありがとう」
　　安中の長い説明を本田はそれで区切ると今度はレイに視線を送る。

〇小さい会議室
本田ヨシオ「確かに彼女の証言に出て来る謎の人物は・・・及川先生に似ていると言える」
本田ヨシオ「だがこれだけでは、及川先生を犯人だと断定する証拠にはならない」
本田ヨシオ「似たような体格の者は学園内に何十人もいると思われるからだ」
麻峰レイ「ええ、それはごもっともです」
麻峰レイ「しかし、安中さんの証言で現場、おそらくは受け渡しを行った直後を生徒に目撃されたと思い込んだ・・・」
麻峰レイ「犯人が存在したのは間違いないと思います」
麻峰レイ「もし、先生方の誰かが犯人だったとして、生徒に目撃されたらどうしますか？」
麻峰レイ「どの程度まで目撃されたのかについては、犯人には不明です！」
　　本田から不完全さを指摘されたレイだが、それを認めつつも彼女はこの場にいる者全てに訴え掛けた。