渋谷混線スクランブル(脚本)
〇テレビスタジオ
ある日。
渋谷某所のテレビ局スタジオ。
ただいま歌番組の収録真っ最中。
視聴者からリクエストを募る生放送番組だ。
司会者「さァ盛り上がって参りました。 続いてのリクエスト曲は」
司会者「シュガーヌガーの大ヒットナンバー 「サンビタリア・クラウン」!」
司会者「いいねェ! 早速いってみよう!」
司会者(シュガーヌガーか、懐かしいな。 2年前にこの曲がヒットしてから、)
司会者(一向に新曲が発表されないが・・・・・・ 乙葉ちゃん、今頃どうしているのやら)
司会者(そういや以前は、よくファンメールを 送ったっけ。推しだったからなァ)
司会者(ま、この曲で一気に有名になって ファンも増えたんだ。もう、俺なんかが)
司会者(応援する必要もないだろうよ)
〇渋谷駅前
一方その頃。
渋谷駅。
電車から降り立ったその女は、どんよりと
暗い雰囲気を漂わせていた。
乙葉(帰ってきちゃった・・・・・・ついに)
乙葉(ううんいいの。逃げてきたわけじゃない。 ちょっと息抜きするだけ)
乙葉(・・・・・・・・・・・・)
シュガーヌガーの大ヒットナンバー
「サンビタリア・クラウン」!
乙葉「えっ?」
〇渋谷駅前
頭上を見上げる。
ビルに取り付けられた巨大なテレビ──
街頭ビジョンに歌番組が映し出されていた。
まばゆいスポットライトの中で輝く
ひとりのアイドル。あれは
"私"だ。自信満々で
パワーにあふれていた頃の。
乙葉「────ッ」
〇渋谷駅前
彼女は逃げるようにその場を後にした。
乙葉(もうイヤだ。許してよ。忘れたいの。 私にはもう)
乙葉(あれを超える曲、同じくらいの名曲は 作れないんだから──!)
〇ハチ公前
時を同じくして。
ハチ公前。
少女は待ち合わせをしていた。
そう待ち合わせ。そのはずだった。
なのに彼女は相手を探す素振りもなく
ただスマホに目を落とすばかり。
ふみ「・・・・・・やっぱり来ないよね 弥平くん」
ふみ「いいんだ。最初から諦めていたもん」
だって私は知っているんだ。
あの人が、
滅多にメールを確認しないってこと
ふみ(なのに、今日になって突然 「ハチ公前で待っている」なんてメールして)
ふみ(試すようなことして・・・・・・ 最低だね、私)
ふみ(いいんだ。今日でおしまいにする。 一日ここで待って、来ないのを確認して、)
ふみ(彼との関係は、きっぱり諦めよう)
ふみ(・・・・・・・・・・・・)
〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
同じ頃。
渋谷に無数にあるマンションの一室。
シュガーヌガーの大ヒットナンバー
「サンビタリア・クラウン」!
青年はテレビを観ていた。
弥平「うおー懐かしー! シュガーヌガーじゃん。やっぱ最高だな!」
弥平「そうそう、この曲で一気に有名に なったんだよな。それまでは」
弥平「知る人ぞ知るマイナーアイドル って感じだったのにさ」
弥平「けど惜しいなー。確かにこれは 誰もが知っている王道の名曲だが」
弥平「シュガーヌガーはデビュー曲がまた いい味出してんだよ。俺あっちの方が 好きなんだよなー」
弥平「ん? この番組、リクエストできるのか。 しかもリアルタイムで」
弥平「ちょうどいいや。隠れた神曲、俺が お前らに教えてやろーじゃん」
スマホでホームページを開き、
曲名を書き込む。
弥平(そういやこの曲を初めて聴いた時 すっげぇ楽しいことがあったような)
だから俺、余計にこの曲が好きなんだ
弥平(なんだったっけ・・・・・・)
〇テレビスタジオ
司会者「さァどんどんいこう。 お次のリクエスト曲は──」
司会者「・・・・・・お」
司会者「これは」
司会者(シュガーヌガーのデビュー曲)
司会者(なッつかしいねェ)
司会者(これも何かの縁だ。仕事が終わったら)
司会者(久しぶりにメールでも送ってみるか。 やっぱりシュガーヌガーは最高だ、って)
司会者(メール、といえば)
司会者「ところで視聴者の皆さんは メールチェック、ちゃんとしているかい」
司会者「メールってのは気づかない内に届いて いるもんだ。私もそれで手痛い失敗をした ことがある」
司会者「もしメールを溜めがちだって人がいたら」
司会者「どうだい。 このタイミングで一度、確認してみては」
司会者「よォしそれじゃあいってみよう! シュガーヌガーで」
司会者「スクランブル」
〇ハチ公前
もう諦めて帰ろうかと考えた
その時。
少女はまず自分の目を疑って、
続いて耳を疑った。
ふみ「え、あれって・・・・・・」
足早に歩き去る女の顔に、見覚えがあった。
ふみ(乙葉さん・・・・・・? シュガーヌガーの!)
ふみ(懐かしいな、シュガーヌガー。 弥平くんと初めて一緒に出かけた時)
ふみ(ラジオから「スクランブル」が流れてきて、 いい曲だねって意気投合して)
ふみ(楽しかったな)
ふみ「・・・・・・あれ?」
微かに、だが確かに、聞き覚えのある
メロディが耳に届く。これは
ふみ(「スクランブル」!)
ふみ(もしかして乙葉さん、これを聴いて)
少女は足を止めて耳に全神経を集中した。
このまま別れる事になってもいい。
ただ今は、
思い出のこの曲を耳に焼き付けよう。
そう思った。
〇渋谷駅前
渋谷駅。
女は、さっきまでとは打って変わり
決意に満ちていた。
乙葉(誰かが覚えていてくれた。 好きって、リクエストしてくれるほどに)
乙葉(デビュー曲「スクランブル」 ヒットしたあの曲とはテイストが全然違う曲)
乙葉(頑張ろう。もう一度、あの時みたいに やりたいように)
乙葉(挑戦するんだ)
偶然その時。
弥平「うおー! メール!」
弥平「テレビの言った通りだった!」
弥平「間に合えー!」
乙葉「あいたっ!?」
乙葉「もう、何よあれ」
走り去る男の方を振り返る。
その姿はあっという間に人混みに紛れ
乙葉「・・・・・・変なの」
見えなくなってしまった。
イントロで3視点との事だったのでこれは大変そう…と思いながら読み進めたのですが、人物で言ったらまさかの4人でしたね 笑
複雑な構成なのに混乱する事なくすっきり読めました
一つ一つの出来事にもしっかりメッセージが込められていていいですね
特に、自分ではこんなんじゃダメだと思い込んでいたのに周りからは全然違う評価を貰えた…というのは創作をしてる人なら当てはまる方も多そうな、大切なメッセージに感じました
メールの未読やTwitterのツイートには気を配っているつもりが、つい見逃してしまう時ってありますね。自分もよくやります(笑)
ダンディな司会者さんに改めて教えられた気がします。
2000字以内という制限の中で、渋谷を表現するのはなかなか容易ではないです。
それに挑戦し、上手く表現できる奈尚さんは凄いと思いました。読んでいて心が暖まりました。
創作お疲れ様ですです!∩^ω^∩
些細な事でも偶然でも何気ない行為が縁を結び勇気を与えてくれる事ってありますよねー!
読み終えた後爽やかな気持ちになれました。
渋谷とは人の縁を結ぶ何かがあるのかもしれない、と東京の地に疎い私が言ってみます。