インピーダンスと踊る思考(脚本)
〇ハチ公前
ここは巨大なラジオなんです
群像も、銅像でさえも、
きっと何かを訴えています
???「おーい」
〇ハチ公前
先生「どうだい? 久しぶりの外、初めての渋谷は?」
志飼(しがい)「眩しくて、とても賑やかです」
志飼(しがい)「ですが」
〇ハチ公前
楽しそうに輝く若者が羨ましい
この人波の誰もが私を見てくれない
〇ハチ公前
志飼(しがい)「”軌道”が、重なってしまいます」
志飼(しがい)「陰鬱な、”思念”が、共鳴して・・・ッ!!」
志飼(しがい)「当たり前の事ではあるけれど、ハチ公像はいつだってその素焼き調粘土に3ガロン程のタールを癇癪に身を任せ塗りたくった様な」
志飼(しがい)「自己嫌悪を湧き上がらせるにお誂向きの愚直さで屹立し続けている。僕にはそれが許せないのだ!! 僕を嘲笑うかのようで」
志飼(しがい)「或いは避け難い未来と通り過ぎた過去を一緒くたに混ぜ合わせた強烈な罵倒に見えて仕方ない──」
先生「落ち着きたまえ、志飼クン」
志飼(しがい)「あ・・・」
志飼(しがい)「違うんですよ、先生」
先生「分かっているさ」
〇黒背景
先天性脳波異常共振症。
別名、
『サテライトシンドローム』
人間は何かを考える際に生じる脳内シナプスの発火を、電気信号を通じて特定の命令系統に変換している。
近年、シナプスの発火に伴い発生する
新たな脳波の存在が示唆された。
その脳波は様々な思考に対してそれぞれ
独立した波形を示し、思考する際に生まれる脳波、τ(タウ)波と呼ばれた。
τ波についてある仮説が立てられた。
思考によりτ波が生まれるのではなく、
τ波により思考が生まれるのではないか。
この仮説が立てられた要因こそが、
サテライトシンドロームである。
τ波が脳を中心として惑星軌道のように
揺蕩う感覚を自覚し、また他人の軌道が重なることで他人のτ波を自動受信する脳疾患。
受信の際にτ波どうしが共振することで、 思考が混ざり合い変化する場合がある。
変化したτ波は高い蓄積性を持ち、
自我の同一性を蝕む。
〇殺風景な部屋
世界中がτ波の究明に躍起になっていた。
そこには利権争いの黒い欲望だけが渦巻いていた。
志飼は国内で4人目の患者であった。
志飼にとっての不幸は、多感な時期に研究者達の歪んだτ波を浴び続けたことであり、
好奇心だけで研究を続けている
倫理的に不純な変わり者との出会いは
僥倖であった。
〇ハチ公前
志飼(しがい)「早く施設に戻りましょう。 僕はここに居てはいけない人間です」
先生「何故そう思うんだい?」
志飼(しがい)「ここはτ波で溢れています。 僕は良くないτ波と共鳴しやすいので・・・」
志飼(しがい)「嫌な思考の僕が、迷惑をかけてしまいます」
先生「志飼クン」
先生「君は睡眠時に夢を見たことはあるかい?」
志飼(しがい)「もちろんありませんよ」
先生「そうだね、τ波の影響は睡眠時の脳波にも 及ぶと考えられているからね」
先生「では覚醒時には?」
志飼(しがい)「それは普通の人も見ないのでは?」
先生「私は寧ろ覚醒時の方が夢を見るのではないかと考えているよ」
先生「夢というのは自身の欲望を映すものなんだ」
先生「欲望には目標や憧憬が絡んでいる」
先生「欲望・目標・憧憬、この俗っぽさと美しさを分離させず、表面上の整合性を保っている ものが夢であり」
先生「それらの整合性を繋ぎ止め、 ”私”と夢に強固性を与えるものが」
先生「──ロマンだ」
志飼(しがい)「何だか研究者らしくないですね」
先生「探究心は小さなロマンから始まるものだよ」
先生「ロマン主義で研究者の私は 夢についてこう考えるよ」
先生「ロマンでできた夢を見て、 私たちはロマンの基礎を勉強し、 覚醒時に夢を見るのではないか」
志飼(しがい)「τ波と思考の因果関係みたいですね」
先生「まぁここでは鶏と卵の順番は問わないよ」
先生「ただ志飼クンに夢を見てほしいんだ」
先生「ここでは夢が見られるから」
〇ハチ公前
〇ハチ公前
志飼(しがい)「夢、なんでしょうか?」
志飼(しがい)「だとすれば、あまりにもロマンがありません」
先生「志飼クンが何を感じ取ったのかは分からないが、そんなにも哀しさしか漂っていないのかい?」
先生「少なくとも私には、」
先生「沢山の夢が感じられるよ」
志飼(しがい)「えっ!?」
〇ハチ公前
憧れを頼りに上京した青年
素敵な街に心を躍らせる女性
忙しさ故に家族を想う社会人
幸せを感じ合う男女
感じるかい、志飼クン?
〇ハチ公前
志飼(しがい)「先生・・・?」
先生「ここには夢が溢れている」
先生「けれど悲しいことに、 大抵の人は溢れる夢を掬い切れない」
先生「零れ落ちた夢は、その夢に寄り添う者だけに与えられた感傷なんだ」
先生「志飼クンはきっと、溢れる夢より多くの 零れ落ちた夢を掬っていたんだよ」
先生「誰にも救われず、悪意と失意だけを掬い続けたキミには、本当に普遍的な喜びで救われてほしいんだ」
〇殺風景な部屋
金が欲しくて研究者を目指したのではない。
ロマンに善悪は無いけれど、
私の思う正しさの延長上にしか、
私の望むロマンは生まれまい。
〇ハチ公前
先生「その為に私は、キミと同じ様になったんだ」
志飼(しがい)「何で・・・」
先生「思うように在りたかっただけだよ」
志飼(しがい)「ワケわからない、ですよ」
先生「普通は他人の考えなんて分からないものだよ」
先生「ましてや私も生物学上は乙女だ」
先生「τ波で乙女心は語れないさ」
志飼(しがい)「滅茶苦茶ですよ・・・」
先生「理論的な感情なんて馬鹿げているだろう?」
先生「・・・夢は見られそうかい?」
〇ハチ公前
〇ハチ公前
志飼(しがい)「やっぱり見られそうにありません」
志飼(しがい)「救いを求めて喜びを感じることって、きっと反復的な練習が必要なんだと思います」
志飼(しがい)「けれど、」
志飼(しがい)「希望は持てるのかも、しれません」
先生「夢が見られるまで気長に待とう」
先生「きっと最期はハチ公も会えたんだ。 ここには何だってありえるさ」
後半の解釈が難しくて2周しちゃいました 笑
「τ波によって思考が産まれる」という設定がとってもSFで良かったです
志飼くんがハチ公にキレだすくだりが好きなので、電波ゆんゆん版も見てみたかったです 笑
俳句甲子園を思い出しました。魂の叫びのバトル、パッション、壁にぶつけられたペンキは、受け取る人にそれぞれのメッセージとなるんでしょう。感謝。
とても丁寧に作り込まれていて、
「もしかして本当にこのシンドロームは
存在するのかな?」とつい検索してしまいました🤭笑
それほどまでに説得力のあるお話でした😌