始まりの色を探して(脚本)
〇大きな箪笥のある和室
真柴 かけと「あぁー、駄目だ。筆が、進まない」
真柴 かけと「ただでさえ画家なんて職業は、世間のあたりが強いのに」
真柴 かけと「その上作品を発表しなかったら、ますます肩身が狭くなっちまう」
真柴 かけと「これじゃあ、引きこもりと何ら変わらないじゃないか」
初心に、帰るのだ・・・・・・
真柴 かけと「何だ、頭の中に声が響いてきたぞ」
スランプの時に、無理に書いても仕方ないよ。
たまには、田舎にでも帰ってみたら?
何か、良い刺激に出会えるかも。
真柴 かけと「俺の中の、帰巣本能が語り掛けてくる」
真柴 かけと「ここは、仕方ない。素直に、本能に従うとするか」
そんな脳内茶番を繰り広げた後、俺は荷物をまとめて駅に向かうことにしたのだった。
〇走る列車
俺が、画家を志して上京したのは今から八年前。
当然反対されたが、あらゆる声を押し切って無理矢理飛び出した。
実家に連絡も取らず、ずっとなりふり構わず夢を追いかけてきた。
突然だったけど。それでも、帰省を伝えた時の母の声はとても嬉しそうで。
感謝の気持ちしか、無かった。
田舎のことは、あまり覚えていない。
不自然な程に、すっぽりと抜け落ちた記憶の数々。
どれも大切な記憶のはずだったのに、俺はきっと忘れることを選んだんだ。
小さく疼く、胸の痛みが教えてくれる。
画家としての原点が、きっとそこにある。
俺は、そんな確信を抱いていた。
〇平屋の一戸建て
母「よく来たねー、かけちゃん。元気しとったと」
久しぶりに見た両親の姿は、とても年老いて見えた。
しばらく来ない内に、街の雰囲気も随分変わっていて。
自分だけが、時間の流れから取り残されたような疎外感を感じていた。
真柴 かけと「あれ、ばっちゃは? まだ、寝ているの」
母「何、言っているんだい? ばっちゃは、もう死んじまったよ」
真柴 かけと「えっ」
母「電話が通じないから、勝手に葬式も済ませちまった」
父「かけちゃんは、ばっちゃと仲ようしとったけんの」
父「ばっちゃも、かけちゃんに会いたいって最後の瞬間まで言っとったわ」
真柴 かけと「そうなんだ、ごめん・・・・・・」
母「それは、ええけん。かけちゃんが来ると思って、ご馳走作っておいたから食べてみぃや」
真柴 かけと「うん、そうするよ。ありがとう、母さん」
〇実家の居間
実家に戻って最初に書いたスケッチは、ばっちゃの居る風景だった。
もちろん、想像で描いた風景だ。ばっちゃは、もう居ないのだから。
俺は、失った想い出を取り戻したいと強く願っていた。
あの日見た景色を、このスケッチブックに全て描き残したい。
そうして原点を辿れば、止まってしまった筆も再び動き出すような予感を感じていた。
スランプのせいかスケッチの出来栄えは微妙だが、気軽に描ける分キャンバスと睨めっこしているよりはましだった。
真柴 かけと「昼過ぎには、少し街を歩いてみようかと思うんだけど良いかな」
母「あら、そうなん? そいなら、祭りの会場も見に行ったらどう」
真柴 かけと「え、お祭りがやっているの」
母「何や、知らんと来たんけ。祭りに合わせて来たんかと、思ったわ」
母「まだ早いけん、色々見て回った後に最後に行ってみるとええよ」
真柴 かけと「母さんは、行かないのかい」
父「だーめだめ、母さん先日も腰を痛めて大変だったけーに」
父「祭りなんか行った日にゃ、それこそ大変なことになるわ」
母「そういうことじゃけん、一人で楽しんできー。かけちゃん」
〇大きな木のある校舎
〇スーパーマーケット
〇お祭り会場
母さんと別れてから、街を周ってはスケッチを描き溜めていった。
母校が廃校になっていたり、商店街が寂れてしまっていたり色々驚くことがあったけど。
そんな景色も、いざ筆を動かしてみると想い出の光景が甦ってくる。
だけど、まだ何か足りない。そんな、気がしていた。
真柴 かけと「とりあえず、祭りのスケッチを描いてみるか」
そこで、気づく。スケッチをする度に、何処かに誘われていくようなそんな感覚。
自然に、足が向かっていた。そこに、足りないものを求めるように。
過去の、自分の足跡を辿っていく。
何段にもなる階段を上り、目の前に現れたのは寂れた神社だった。
〇神社の本殿
そこに、彼女は居た。
どうして、忘れてしまっていたんだろう。何よりも、大切なことだったはずなのに。
飯田 乃絵子「かけと君と、また会えますように」
それは、祈りだった。何もかも変わってしまったはずの景色の中で、ずっと変わらなかったもの。
真柴 かけと「乃絵子・・・・・・」
飯田 乃絵子「えっ・・・・・・嘘、でしょ・・・・・・」
俺は、思い出していた。画家としての、原点を。
彼女が、笑ってくれるから。ただ、それだけのために絵を描き続けていた。
それなのに、いつしか手段が目的にすり替わって。
誰よりも、上手く絵を描く。そんなことに、固執してしまった。
二人で、この神社で祈ったことを思い出す。
上京する前に、いつかこの神社で再会すると約束したんだ。
飯田 乃絵子「随分、待たせてくれたじゃない」
真柴 かけと「すまない、俺は・・・・・・」
飯田 乃絵子「良いから、一緒にお祭りを見て回りましょう」
人間は皆、生きることに精いっぱいで。
だからこそ、忘れてしまうことがあるんだ。
本当に、大切な・・・・・・忘れたくない、想いを。
この作品は、心に響くヒューマンドラマだ。主人公の真柴かけという画家志望の青年が、スランプに陥っていた時に古の教えに従い田舎に帰り、思い出を辿りながら原点を求め、自分自身と向き合っていく姿が描かれている。その中で、大切な人との再会を通じて、忘れてしまっていた想いを思い出し、新たな気づきを得る。このストーリーは、誰しもが経験する悩みや迷い、そして再起に共感を覚えることができる。また、作品中に登場する風景や人物たちの描写は、非常にリアルであり、読み手を深く感動させる。この作品は、原点を見つめ直し、自分自身と向き合うことの大切さを教えてくれる。
一番大切で忘れられないはずの記憶がすっぽりと抜け落ちていたなんて、不思議。現在の自分があまりにも不甲斐ないので彼女に合わせる顔がなく、無意識に防衛本能で記憶に蓋をしてしまったんだろうか。冒頭の頭の中の声は、故郷で彼を待つ彼女の願いや故郷に置き忘れた初心からの呼びかけだったのかもですね。