シェルターの中(脚本)
〇通学路
いつの日かも分からない、日常の一コマ。
確かに、耳に残っている言葉の数々。どんな些細な言葉でも、聞き逃さまいと耳を傾けた。
羽生田みゆき「私、賢二君のことを信じているから」
信じるって、何を? 一体、僕の何を知っていると言うんだ。
〇ゆるやかな坂道
羽生田みゆき「賢二君がそんなことする訳なんか、無い」
信じるに、値する人間じゃない。クズで、根性無しで、頭も悪くて。君は、本当の僕を知らない。
〇住宅街の公園
羽生田みゆき「私、ずっと前から賢二君のことを・・・・・・」
〇地下の避難所
沢良木 賢二「違う! それは、『僕』じゃない」
沢良木 賢二「くぅっ、痛ってぇ・・・・・・頭、ぶつけた」
このシェルターに篭り始めて、早一週間。
初めの内は恐怖に打ち震えるばかりだった精神状態も、次第に落ち着き始めていた。
今では、現状を正確に把握できるまでに回復している。
沢良木 賢二「そうだ。僕は全てを見捨てて、一人シェルターに逃げ込んだんだ」
沢良木 賢二「サイレンが鳴って、街にミサイルの雨が降り注いで・・・・・・」
沢良木 賢二「見たことか。こんな男を、信じたばっかりに」
真っ先に浮かんだのは、みゆきの姿だった。
直前に、会う約束をしていたんだ。警報が鳴り、反故になってしまったが。
あの時、彼女は約束の場所に居たのだろうか。
沢良木 賢二「別に、恋人の仲だった訳でも無い。ただの、他人じゃないか」
沢良木 賢二「どうなっていたって、構わない。そうだろう」
どれだけ心を嘘で取り繕っても、真実は変わらない。
あれから一度も外に出ていないのが、彼女のことを気にしている証拠だ。
もしかしたら彼女が何処かで生きていて、瓦礫に埋もれて動けない状態になっているかもしれない。
もしくは、死んでいるかもしれない。
沢良木 賢二「恐れて、いるのか」
沢良木 賢二「彼女が、死んでいるかもしれない。その、答え合わせをすることが・・・・・・」
真面目な、彼女のことだ。集合時間の一時間前には、既に到着していたことだろう。
沢良木 賢二「まだ、間に合うかも・・・・・・」
遅すぎる、決断だった。
砂埃と共に、太陽の日差しが強く目に刺さる。
その光に向かって、ゆっくりと一歩を踏み出した。
〇開けた交差点
沢良木 賢二「嘘・・・・・・だろ」
そこには、いつも通りの街並みが広がっていた。
そう、ミサイルが降り注いだ形跡なんて一つも無い。いつも通りの、街が。
沢良木 賢二「そんな、はずは無い。だって、確かに僕は・・・・・・」
ふらつく足で、ひたすらに進む。
足が向かった先は、言うまでも無い。
〇池のほとり
羽生田みゆき「賢二君、来てくれたんだ」
沢良木 賢二「みゆき、無事だったのか」
羽生田みゆき「無事って、何のこと? まさか私が、足を踏み外して湖に落ちちゃうとでも思っていたの」
沢良木 賢二「ま、まあ見かけによらずドジなとこあるもんな・・・・・・って、そうじゃなくて」
沢良木 賢二「ミサイルが落ちてきただろう? 丁度、一週間前に」
羽生田みゆき「何のことかな。この街は、ずっと平和そのものだけど」
沢良木 賢二「そんなはずは無い。確かに、この目で見たんだ」
羽生田みゆき「そういう話も良いけどさ。せっかく遊びに来たんだから、この辺見て回ろうよ」
沢良木 賢二「あ、ああ」
みゆきに押し切られて、僕は湖の周りを歩き始める。
何もかも、変わらない。あの日の、ままだ。
羽生田みゆき「ねぇ、ほら見て! あそこ、鯉が泳いでる」
沢良木 賢二「え、ああ・・・・・・どれどれ」
〇手
湖の底から、無数の腕が伸びていた。
これまで見ていた光景が、幻想であったことに気づく。
それらはぴくりとも動かず、水面に突き出されている。
火傷で黒く爛れた皮膚は、ある事実を予感させた。
ミサイルの雨は、確かにこの街に降り注いでいたんだ。
だったら、あの中にみゆきは居るのだろうか。
もしいるなら、僕のことを滅茶苦茶に罵ってほしい。貶して欲しい。
それが、他ならぬ自身のためであることは理解していた。
それでも、救いが欲しかった。
〇黒背景
そこで、思考を止めた。
同時に、騒々しい音が周囲から響き始める。
絶え間なく響く銃撃音と、人間の放つ怒声と悲鳴。
目を瞑り、これから訪れるであろう死の瞬間を待つ。
最後まで、人任せの屑野郎。許しを請うことも、僕には許されるはずも無かった。
今まで出会った全ての人間に、謝りたい。
生まれてきて、ごめんなさいと。
果たせなかった約束に苛まれ続けるよりも死を選んだ賢二。人間はたった一人で生き延びても、それは生きていることにはならないと分かりました。良心の呵責から自分を守るシェルターを心の中には作ることができなかった男の悲劇ですね。