読切(脚本)
〇フェンスに囲われた屋上
昨日、幼馴染が死んだ。
幼馴染は僕の目の前で、トラックに轢かれた。それはほんの一瞬の出来事であった。
主人公「・・・うぅ」
僕はされるがままに、悲しみの渦に飲み込まれていた。
・・・もし仮に、アイツを救うことができるのなら、どんな力だって借りたい。
──なんて、な。
するとおもむろに、スマホに通知が入った。
スマホの通知を確認することさえもしんどく思ったが、僕はぼんやりとスマホを覗き込んだ。
その通知は、知らない相手からのメールによるものだった。
〇渋谷駅前
メールを受け取った僕は、渋谷にやってきていた。
主人公「──まったく、僕はなにをやっているんだか」
これから自分がやろうとしていることに阿保らしさを感じつつも、それを止める気はなかった。
この止まることを知らない悲しみの感情から逃れるためにも、なにかを集中することで気持ちを紛らわせたかったんだと思う。
僕が受け取ったメールの内容。
それは『望みを書いた紙きれを片手に、目を瞑りながら渋谷のスクランブル交差点を渡りきると、望みが叶う』というものだった。
鼻で笑いとばせてしまえるほどに馬鹿げた話ではあったが、今の僕はそんな話を間に受けてしまうほどに、憔悴していた。
〇渋谷のスクランブル交差点
僕はそのメールで送られてきた文章に従って、スクランブル交差点の前に立った。
僕の片手に握られている紙切れに書いてある願い事は『今日の数学の時間に行われた小テストが満点でありますように』だった。
別に数学の小テストの結果なんて本当はどうでもよくて、これはちょっとした実験つもりだ。
どういうことかと言えば、今日の僕の数学の小テストの解答用紙は白紙だったのである。
幼馴染が死んでしまって問題を解く気力が湧かなかったというのもあるが、シンプルに勉強不足でなにも分からなかった。
そう、非科学的な力が働かなければ、この願いは達成出来ないのだ。
それを確かめようというわけだ。
そして──信号が青になる。
僕は目を瞑りながら、スクランブル交差点を渡り始めた。
主人公「っ!!」
自分がまっすぐ歩けているのか、向かってくる人とぶつからないか、様々な不安が押し寄せてくる。
けれど、ここで怯むわけにはいかない。
もしこれが事実だとしたら・・・
いいや、まずはこの実験に集中しよう。この実験が成功しなければ、いくらそんなことを妄想したって無駄に終わってしまう。
僕は一心不乱に歩き続けた。
懸命に歩みを進めた。
そして──僕はスクランブル交差点を渡りきった。
主人公「!?」
すると僕の手から、ずっと握っていたはずの願いを書いた紙切れが消えていたのだった。
〇フェンスに囲われた屋上
次の日。
僕の数学の小テストは満点だった。
白紙であったはずの僕の解答用紙には、完璧な回答が僕の筆跡で書かれていて、そこにははなまるが添えられていた。
僕は驚きを隠せずにいたが、同時に喜びも隠しきれなかった。
それは数学の小テストが満点だったからではない。
そう、これで幼馴染を救うことができると判明したからだ。
どうしようもない、陽の当たらなかった現実に、一筋の光が差し込んだ気分になった。
しかし、僕は冷静に考える。
これは一体全体、どういうことだろうか。答案用紙には僕の筆跡で解答が書かれているが、僕にはそれを書いた記憶がない。
超常現象が起こったと考えるのは簡単であるが、果たしてその解釈に甘えてしまっていいのだろうか。
今のところ、目立った代償があるわけでもないし、あまりにそれは都合が良すぎはしないだろうか。
いいや、そんなことはどうだっていい。
今はそれよりも大事なことがある。仮に大きなリスクをはらんでいると分かっても、もう僕は誰にも止められはしない。
僕はなりふり構わず、学校を抜け出してまた渋谷へと向かった。
〇渋谷駅前
昨日とはなにも変わらない渋谷。
目立った変化はないはずであるのに、まるで違う街のように見える。
きっとそれは、幼馴染を救うことができると、判明したからであろう。
〇渋谷のスクランブル交差点
主人公「・・・よし」
僕は昨日と同じように、スクランブル交差点の前までやってきた。
僕の片手には『幼馴染がトラックに轢かれなかったことになりますように』と書かれた紙きれが握られている。
この僕の行動は、なにかを冒涜する行為なのかもしれない。
人の生死をそんな簡単に塗り替えてはいけないような気がするのだ。
けれど、もう僕は止まらない。
生きている幼馴染にもう一度会いたい。
笑っている幼馴染ともう一度笑いたい。
ただそれだけだ。
信号が青になり、僕はまた目を瞑って歩き出した。
不思議と昨日より、歩くペースが早いように思う。
そうだ。これを渡りきれば、きっと幼馴染に会えるのだ。僕は早く会いたいんだ。
ただ焦ってはいけない。まだなにが起こるか分からない。
はやる気持ちを抑えつつも、着実に一歩ずつ前に進んでいく。
ついに、僕はスクランブル交差点を渡りきった。
〇黒
目を開けて、広がった光景は暗闇だった。
瞬間、一つのシーンがまるで動画のように、僕の目の前に映し出される。
それは僕がトラックに轢かれて、幼馴染が傍で泣いているシーンだった。
こわい、淡々とこわい、そっちに行っちゃだめなのに、吸い込まれる、自分の思い通りにならない、だから人間なんでしょうか、問いかけが広がるお話に感謝。
大きな望みへの代償としては人の命くらいのものが必要なんですね…。
でも、たしかにからくりがありそうな話だなぁと思いました。
もしこれが別の願い方で命を救っても、主人公は犠牲になるのでは?と。
すごく厚みのあるお話だと思いました。
主人公の心情や葛藤がとても真摯に描かれていて引き込まれてしまいました。メールの送り主は誰だったのか、ラストは何故、など読み手に考えさせる「余韻」も含め満足です。