雲水と銀狐

らぴ♪

雲水と銀狐(脚本)

雲水と銀狐

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雲水と銀狐
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〇けもの道
  ここはとある森の中
  
  深い深い森の中
  
  鬱蒼(うっそう)とした木々の間から
  
  古い山寺がのぞく
  人里離れたこの寺に向かって
  
  何者かが近づいてゆく
  
  月明かりに照らされて
  
  その姿が浮かび上がる

〇けもの道
  月明かりに照らされて
  
  その姿が浮かび上がる
  
  漆黒の長い髪の女
  時折闇に溶けるその髪を揺らしながら
  
  獣道を音もなく歩いていく

〇銀閣寺
  寺まで辿り着いた女は
  
  漆黒に浮かぶ白い月を見上げる
銀狐(やっとこの時がきたか・・・)
  するりと寺の門を通り過ぎ
  
  真っ直ぐに寺の庭へ歩いていく
  
  庭に面した部屋の襖(ふすま)を
  
  トンっと開け放つ

〇古風な和室
銀狐「久しいなぁ、くそ坊主・・・」
  反応はない
銀狐「お主(ぬし)、もしや聞こえておらぬのか?」
  ・・・
  女の視線の先には、粗末な布団があった
  
  反応のない布団に近づく女
銀狐「本当(ほん)に聞こえておらぬのか? そろそろかと思っておったが 耳までも・・・」
  そう言って覗(のぞ)き込んだ先には
  
  坊主の顔があった
  
  薄い月明かりのせいか
  
  いくぶん青白い坊主の顔があった
  女が坊主の枕元に、静かに腰をおろす
  
  坊主の体がビクッと動く
  
  女が、坊主の頬にそっと触れる
  坊主は、ハッと目を見開くとその手を握った
銀狐「わかるか?お主の命をもらいに来たぞ」
  物騒な言葉を吐く女だが
  
  その口から出る音はことのほか柔らかい
  坊主の眼(まなこ)は
  
  女を捉(とら)えることはなく
  
  空(くう)を泳ぐ
銀狐「すまぬ・・・。その眼(まなこ)で我を見ることは、出来ぬのだったな」
雲水「・・・っ」
  女の声は聞こえていないはずだが
  
  反応するように
  
  坊主はふるふると首をふった
銀狐「怯えているのか?見えぬというのは、どれほど恐ろしいことか・・・」
  女はそう呟くとすっくと立ち上がる
  
  その瞬間女の体が淡く光った
  
  光が消えると
  そこには1匹の狐が佇(たたず)んでいた
銀狐「これならば、恐ろしくなかろう?」
  狐から発するそれは、先ほどの女のもの
銀狐「どうじゃ?わかるか?」
  そう言って、狐はふうわりと
  
  坊主の首に尾を絡める
  
  坊主は驚いてそれをぎゅっと掴んだ
  
  が
  それが何かを知ると
  
  力を緩め両の手で抱きしめた
銀狐「わかるか?そうか、覚えておるか」
  そう言って狐は
  
  坊主の傍(かたわ)らに横たわる
  
  月の光に照らされたその姿は美しかった
  漆黒で艶のある面(おも)てには
  
  濡れたような切長の眼(まなこ)が光る
  毛並みは鼠色(ねずみいろ)で
  
  月の光を浴びて銀色に輝いている
  坊主はその銀の尾に顔をうずめて
  
  涙を流した
銀狐「お主、泣いておるのか・・・」
雲水「っ・・・」
  坊主の口から嗚咽(おえつ)が漏(も)れる
  
  坊主は泣きながら、銀の尾を
  
  ゆっくりと撫でる
銀狐「お主の光を奪ったのは我だというのに・・・」
銀狐「お主(ぬし)も歳をとったのう。 まさかこんなに長く生きるとは・・・。 なぁ、雲水(うんすい)」
  雲水と名を呼ばれても
  
  坊主は顔をうずめたまま泣いている
銀狐「お主には、恨み言のひとつでも言ってやろうと思うておったのに。 まあいい。 ・・いや 聞こえぬのならそれでもよい・・か」
  ふぁさっと銀の尾を揺らして
  
  狐は坊主の顔を撫でる
  懐かしい感覚が失せたことで
  
  慌てたように坊主の手がそれを探して
  
  あたりを彷徨(さまよ)う
  追いかける坊主の手を
  
  ひらりとかわして立ち上がった狐は
  
  つとっと坊主の胸の上に前足を置いた
  覆い被さるにように
  
  坊主の顔を覗(のぞ)き込む

〇古風な和室
銀狐「どれだけこの日を待ち望んだかっ」
  唸るように低い声を放ち
  
  狐はくわっとその口を開けた
  
  大きく開いた真っ赤な口には
  
  ぬらぬらと光る青白い牙が見える
  闇を彷徨っていた坊主の手が、狐を捕まえる
  
  坊主は、少し苦しげな息遣いで
  
  狐の体にしがみつく
  狐はそのまま、坊主の喉笛に鼻先を近づける
  
  生暖かい息が
  
  自分の首にかかるのを感じた坊主は
  
  眼(まなこ)を閉じた
  涙を流しながら柔らかい銀の毛並みを撫でる
  今にも喉笛を噛みちぎられそうなのだが
  
  坊主は微笑んでいた
  まるで愛おしいかのように優しく
  
  けれど
  
  力強くゆっくりとゆっくりと
  
  狐を撫で続ける
  狐が小さく震えたかのように見えた
  
  その刹那
  青白い月に照らされたその部屋に
  
  真っ赤な牡丹(ぼたん)が咲いた
  幾重にも飛び散った牡丹は
  
  狐の銀色の毛さえも赤く染めた
  
  坊主の命をうばいにきた狐
  
  念願が叶った狐

〇テクスチャ3
  狐が、すでに動かぬ骸(むくろ)となった
  
  坊主の上に倒れ込む
  っ・・・。
  ふるふると狐の体が小刻みに震えていく
銀狐「なぜ何も言わぬのかっ! 最後まで我の名を呼ばぬのかっ!」
銀狐「口まで聞けぬわけではなかったであろうっ!」
銀狐「お主の元を去ったのは お主が仏の道を違えることはできぬと申したからじゃっ・・・」
銀狐「お主が我を こんな風にしたのであろう・・・?」
  なおも狐は物言わぬ骸に話しかける
銀狐「あのまま捨て置けば 我など数年で寿命を迎えたというのに・・・」
銀狐「こんな思いなどせず 朽ち果てることができたのに・・・。 お主が祠を作り、居場所を与えてくれた」
銀狐「だが、その所為(せい)で 我は神となった・・・」

〇岩穴の出口
銀狐「お主が我と人間の絆を結んだのだ。 お主の所為で人間は我に祈った。 我に願った」
銀狐「故に、その信仰心がただの狐の我を 神にしたのではないかっ!」
  狐は、はらはらと涙した。

〇テクスチャ3
銀狐「我は、ただの狐でいたかった。 そうすればその寿命は お主の膝の上で迎えられたであろうに」
銀狐「神になどなりとうなかったのじゃ! ただただお主の側にいられれば よかったのじゃ・・・」
銀狐「お主と言葉を交わせた時は 嬉しゅうて嬉しゅうて しかたがなかった・・・」
  狐は、伏せていた顔を
  
  すっと上げて何かを懐かしむように
  
  月を見つめる
  青白い月が
  
  少しずつ陰(かげ)ってゆく

〇モヤモヤ
銀狐「でも、お主は仏門は捨てられぬという。 人と獣は交われぬという」
銀狐「仏が憎い・・ 坊主が憎い・・ この身が憎いっ・・・」
銀狐「お主を傷つけるつもりなど なかった・・・」
  狐は、骸の閉ざされた眼(まなこ)に
  
  鼻を押し当てる
  
  狐の鼻に、錆びたような鉄の匂いが
  
  微(かす)かにまとわりつく
  狐はぺろりと濡れた鼻を舐めた
  
  銀色の毛が
  
  ぶわぁっと逆立つ

〇血しぶき
銀狐「ぐっ・・ぁっ・・ 雲水・・・お主を一人では逝かせぬっ」

〇テクスチャ3
  狐の全身に
  
  引き裂かれるような痛みが走る
銀狐「雲水っ・・ 知って・・いるか?神は不死身なのじゃ」
銀狐「しかし、神には唯一滅ぶと言われる 犯してはならない「禁忌」がある・・・」
銀狐「命あるものを守り生かすものが 神ならっ・・・ それを否定する行為・・・」
銀狐「はぁ・・はぁ・・・ 「殺生(せっしょう)」じゃ・・・・」
  神が滅びる唯一の方法は
  
  禁忌を犯すことだと狐はいう
  
  すでに息も絶え絶えな狐は
  
  それでも言葉をつむぐ

〇テクスチャ
銀狐「お主の・・・ いないっこの世など・・・ どうして生きていけようかっ」
銀狐「ならば いっそそなたの命を奪うことでっ・・・ この身など滅びればよいのじゃっ・・・!」
銀狐「っく・・ はぁっ・・・ やっと・・・」
銀狐「やっと・・・ お主とっ・・・ いっしょ・・に・・・」

〇幻想空間
銀狐「眠・・れる・・のぅ・・・・」

〇古風な和室
  はたり・・・と銀の尾が垂れる
  あたりは静寂の闇に包まれた
  
  
  どのくらい時が経ったのだろうか
  
  すぅっと差し込んだ白い月が部屋を照らす
  そこには
  
  ただただ笑みを浮かべた骸と
  
  それを包み込むように銀の狐が
  
  横たわっていた

コメント

  • 雲水さんが元気な時でなく、命がなくなりかけている時を選んだということに、狐の愛情の深さを感じました。憎みたかったけどどうしても憎めなかったほどの報われない思い、切ないですね。せめてお空の上で結ばれますように。

  • 静謐で厳粛な雰囲気に包まれた舞台の上で、愛すれど報われなかった相手と己の運命を呪い絶命していく銀狐の一人語りが切ないですね。神様は自殺できないとよく言われますが、特定の人間を愛することも許されないですものね。月明かりが照らす無残な光景とは裏腹に不思議なカタルシスも感じさせるラストの余韻も素敵でした。

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