読切(脚本)
〇明るいリビング
ふ~ん、ふふふ〜♪
ご機嫌に音程を外した鼻歌がリビングに 響き渡る
テレビ横の本棚は昆虫図鑑で埋め尽くされ
近くの床にはカブトムシのぬいぐるみが数点、片付けられず落ちている
ソファーには赤いランドセルと戦隊モノの青いリュックが2つ寄り添っている
〇おしゃれなキッチン
木坂トト子「卵焼きは羽の部分にっと♪」
木坂乙女「うふぁーあ・・・おはよう」
木坂トト子「おはよう、乙女」
木坂乙女「・・・何作っているの?」
木坂乙女「あ!かわいい!」
木坂乙女「キャラ弁当・・ 叶乙が好きな昆虫の形」
木坂トト子「ほら、今日は特別な日だから」
木坂乙女「あっ!」
木坂乙女「ふふふっ 叶乙のね、誕生日!」
木坂トト子「そ!」
木坂トト子「だからね、 今日は最後の特別な仕上げをするの」
木坂トト子「乙女も見ちゃ駄目よ 秘密のアレンジだから」
木坂乙女「え〜。ケチぃ〜」
木坂乙女「しょうがないから顔洗ってきてあげる」
木坂トト子「はい、いってらっしゃい!」
トト子は乙女を見送った後
スキップしてリビングのテーブルに向かう
そこに置いてある大きなケースに
手を伸ばした
〇幼稚園の教室
木坂乙女「叶乙!」
木坂叶乙「なーに?乙女ちゃん」
木坂乙女「今日のお弁当、”特別”なんだって」
木坂叶乙「え!」
木坂叶乙「本当!?楽しみ!!」
木坂乙女「開けてみて!」
木坂叶乙「うん!」
木坂叶乙「えっ・・ 何これ・・・」
木坂乙女「カブト・・ム・シ・・?」
私の母は弟の叶乙の誕生日プレゼントを
お弁当のご飯の代わりに──
『カブトムシ』を
ぱんぱんに詰めたのだった・・
木坂叶乙「足がウゴウゴしてる・・ い・生きてる・・!!」
母は弟が笑顔になると思ったのだろう──
木坂乙女「いっぱい入ってる・・・」
木坂乙女「これが・・・」
木坂乙女「”秘密のアレンジ”!?」
しかし、弟は自分がお弁当の中のカブトムシの如く絶望した顔で固まった後・・
木坂叶乙「き・気持ち悪いよ〜!!!!」
ギャン泣きしたのを私は覚えている
木坂乙女「お母さん・・・・」
そういう訳で・・
私の母は不器用で、愛が空回る人だった
〇街中の道路
木坂乙女「はぁー、手先がしもやけになりそう」
吐いた息が白く広がる
私は店先の階段に座りながら
〇空
冬のすっきりとした空に
『鉱物全集』と書かれた小さな本を
両手で掲げた
キラキラとと題名の文字が輝く
木坂乙女「・・・よし!」
〇街中の道路
木坂乙女(絶対に絶対に先輩を見逃さないぞ!!)
木坂乙女(今日は絶対にこれを渡すんだから)
両手に持った鉱物全集と中身の入った可愛い柄の風呂敷包みをぎゅっと持ち直す
そんな乙女のトンチキな姿に行き交う人達は目を止める
木坂乙女「あ!咲良先輩!」
木坂乙女(っとその前に髪を直して・・)
木坂乙女「よし・・」
大きく深呼吸しながら
両足の踵を上げ反動をつけて
乙女は駆けて行った
〇川に架かる橋
大学へ向かう生徒がぱらぱらと行き交う
どん!!
乙女が咲良に激突する
吉永咲良「わぁ!!」
咲良は衝撃で前のめりに倒れる
木坂乙女「あ、あの!」
吉永咲良「な、何!?」
木坂乙女「この本!貴方の落とし物です!」
乙女は小さな鉱物の本を差し出す
吉永咲良「え?あ、はい・・」
吉永咲良「あ!これ昨日落とした・・」
木坂乙女「それと!」
木坂乙女「これよかったら・・食べてください!」
乙女は咲良に風呂敷包みを渡す
木坂乙女「おにぎり!作ったので!」
吉永咲良「ど、どうも・・?」
木坂乙女「なので・・」
木坂乙女「お、」
木坂乙女「お友達になってください!」
吉永咲良「えっ!?」
乙女は息を切らし、うるうると目を煌めかせながら告げる
吉永咲良「あ、え、えーと・・」
吉永咲良「は・・い?」
〇大学の広場
講義を終えた生徒が昼食の移動でざわざわと行き来している
佐々木浩「これは事件だ」
食堂前のテラス席のテーブルに咲良の鉱物全集を広げ
『ビスマス鉱石』のページを指さす
佐々木浩「このビスマス鉱石を参考に作ったと 渡されたおにぎり・・・」
佐々木浩「確実に毒が入っている!」
吉永咲良「いや、それはないと思うけど・・」
佐々木浩「いーや!」
佐々木浩「怪しい!」
佐々木浩「見知らぬ恋に焦がれた女の頭の中程 信用できないものはない!」
佐々木浩「しかも、サンタ・・・」
佐々木浩「クリスマスプレゼントに『これを食べて私のものだけに』とあの世行きだ」
吉永咲良「バイト先によくきてくれる子だよ」
佐々木浩「花屋の王子に恋をした娘ってか」
佐々木浩「顔を知っている程度で信用してはならない!」
佐々木浩「うらやましい・・・」
松平一郎「まぁ、可愛いのか?」
松平がラーメンを啜る
吉永咲良「可愛いね・・」
松平一郎「ならいいだろ」
佐々木浩「確かにな」
佐々木浩「・・ではない!」
松平一郎「一応中身見てから食べろよ」
吉永咲良「そうだな・・・」
咲良が頷きおにぎりを割る
ブ〜ーーーーーーン
吉永咲良「えっ・・・」
すると中から緑色の光沢が飛び放った
吉永咲良「カナ・・ブン・・・!?」
〇大学の広場
ブ〜ーーーーーン
木坂乙女「わぁ!」
何かが乙女の鼻にくっついた
木坂乙女「な、何!?」
木坂乙女「あ、あれ。この子は・・」
木坂乙女「シロテンハナムグリくん!」
木坂乙女「でも、この子は先輩にあげたはず・・・」
ふと目の前を見ると呆然とした表情をした3人組と目があった
木坂乙女「先輩・・・」
吉永咲良「や、やぁ・・・」
松平一郎「あ、あれ・・ 1年のりんご姫だ!」
知っている・・あの表情は14年前の6歳の時にもみた顔だった
木坂乙女(あの時の弟の顔そっくり・・)
木坂乙女「こ、この子」
木坂乙女「カナブンに似てるけどシロテンハナムグリってう虫なんです・・・」
木坂乙女「あはは・・・」
アあ、そうか。 需要な事を 忘れていた
木坂乙女「私はあのお母さんの娘だった」
私の愛も母と同じく
空回っていたのか──
木坂乙女「メ、メリークリスマス!・・」
吉永咲良「メリークリスマス・・・」
佐々木浩「な、あれはサンタじゃなくてブラックサンタだっただろ・・・」
松平一郎「見た目は、真っ赤かだけどな」
その時、木枯らしが過ぎ去った
ブ〜ーーーーーーーン
木坂乙女「シロテンハナムグリくん!!」
吉永咲良「ふぐっつ!?」
あろうことか、シロテンハナムグリくんは勢いよく飛び立ち
先輩の口の中に突っ込んでいった
佐々木浩「咲良!」
松平一郎「あはははっ!」
松平一郎「かの有名なりんご姫は面白すぎる!」
松平一郎「よかったな、咲良 アンハッピークリスマス♪」
吉永咲良「んー!!!!」
これにて、私の恋は木枯らしと共に
舞い去るのでした──
吉永咲良「んんんんー!」
昆虫弁当ってすごいですね。
なんだかあまり想像したくない物のような…しかも生きたまま!
この親子は昆虫になにか特別な思い入れがあったんでしょうか。
幼い弟が昆虫弁当に卒倒していたのを、実は読者の目線とは違う角度で受け止めていた!のでしょうね。きっと、彼女のお母さんのように悪気は全くなく、そういう血筋だったっていうことで。・・・でも、生きてるのは!
昆虫弁当、、、想像しがたいですね(笑)どんな感じで詰め込まれているんでしょうか、お弁当の内容とは裏腹に女の子の発言が可愛くてよかったです。