ハチ公前で待っていた

阿楽溟介

ハチ公前で待っていた(脚本)

ハチ公前で待っていた

阿楽溟介

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〇渋谷駅前
  たくさんの人、人、人・・・
僕(東京に出てくるのなんて何年ぶりだろう、じいちゃんが死んで以来かな)
僕(・・・っていうか、部屋を出るのも久しぶりだ)

〇ハチ公前
僕(どうせならハチ公の顔の見える所で待とう)
  ハチ公前着いた
  ――5分経っても既読にならない
  いそいそと歩く人や、僕と同じように腰掛けている人
僕(たぶん、この中で僕が一番不安なんだろうな)
僕(・・・失敗だった、かな)

〇電脳空間
  ネットゲームで知り合った彼とは、頻繁にチャットする仲になった
  やけに趣味が合うと思ったら同い年だと分かって、文字の会話は弾んだ
  なんだ、地方って言うけど東京近いんじゃん
  へー、親戚が渋谷にね
  って、渋谷俺の地元!
  嫌な予感はした
  顔も本当の名前も知らない彼は、当然のように僕を遊びに誘った
  迷ったけど、僕はその誘いに乗った
  もしかしたらこれをきっかけに、引きこもりを終わりにできるんじゃないかと──
  自分を変えられるんじゃないかと、期待して──

〇ハチ公前
  ──周囲の顔は次々と入れ替わっていく
  ふとハチ公を見る
  片方の耳の垂れた、たしか秋田犬だったかな
  ハチ公は、ご主人様と会えなくて、さみしいと思わなかったろうか
???「待った?」
???「全然、今来たとこ」
  さみしいと思うのは、一人でいる時じゃない
  周りが一人じゃない時だ
  みんなが楽しそうにしていると、僕の一人が浮き彫りになる
  それがさみしい
僕(・・・来ないな 僕のスマホの赤いストラップが目印になるって言ってたけど)
  周囲を見渡して、なるほどたしかに目立つと思う
  向こうからだけ、見える目印
  既読にならないメッセージ
  ストラップを握りしめた
僕(ハハ・・・こっちから見つける方法、決めておかなきゃ)
僕(バカだな、僕は)
  同年代の人がきょろきょろしていると、ついそちらを見てしまう
  来ないと思いながら、どうして僕は待っているんだろう
  またハチ公を見る
  僕は、あの右耳の垂れた犬のようにはなれない
???「おい――おいってば!」
  視線を戻すと目の前に誰か立っていた
???「目印、隠してんなよ」
  僕は手元を見て、慌ててストラップから手を放した
僕「・・・ってことは、君が「黒い漆黒の羽」!?」
???「バッ・・・」
黒い漆黒の羽「バカ、こんなトコでハンドル叫ぶ奴があるか!」
僕「ご、ごめん」
  隣にいたメガネ男は、スマホに目を落としたまま「重言」とぽつり
  僕らはそそくさと、その場を後にした

〇モヤイ像
  黒い漆黒の羽は伊集院カナタと名乗った
  モグラスコップこと僕も名乗った
カナタ「顔と名前、合ってねーなー」
僕「それはお互い様だよ」
  渋谷は久しぶりだと言うと、カナタは「なら案内しよう」と、僕を連れ回した

〇渋谷フクラス

〇渋谷ヒカリエ

〇渋谷マークシティ

〇セルリアンタワー東急ホテル

〇公園通り
  渋谷の景色は昔と随分変わっていて、そのくせ、なつかしかった
  歩き疲れたし、喋り疲れた
  だけど・・・心地よかった

〇ハチ公前
  帰り道、ハチ公前に差し掛かった時だった
カナタ「・・・あのさ」
僕「なに?」
カナタ「お前、ここで結構待ったろ?」
僕「そりゃまあ、少し」
  目印が見えにくかったから、探すのに苦労しただろう
カナタ「そ、それなんだけど・・・」
  あの時僕はぼんやりと、右耳の垂れたハチ公を眺めて──
僕「──って、あれ? 逆だ」
カナタ「逆?」
僕「いや、右耳が垂れてると思ってたんだけど、左だった」
カナタ「あ、ああ、ハチ公の耳な そう、垂れてるのは左だけど・・・」
カナタ「そっか・・・逆だったんだな!」
僕「逆っていうか、見間違いだね」
カナタ「それ、よくあるんだよ」
僕「よくある?」
カナタ「待ち合わせしててさ、相手が全然来ないっていう話」
カナタ「で、片方が電話してみるのな そうすると、「もうとっくに来てる」って返ってくる」
カナタ「で、「本当に来てんのか?」って聞くと──」
カナタ「「あ、耳が逆だ!」って」
僕「何それ、怖い話?」
カナタ「都市伝説さ」
カナタ「垂れてる耳が反対だって気付くまで、相手に会えねーんだ」
カナタ「耳が反対に見えてるのって一人だけだからさ、お前が気付かないとダメだったんだぜ」
僕「そ、そんなこと言われても、正解の耳がどっちかなんて──」
僕「あれ、でもそっちから声掛けたよね」
カナタ「そりゃあ、実はもう一個、相手を見つける方法があるんだよ」
カナタ「ハチ公の周りを3回グルグル歩くだけなんだけどな!」
僕「・・・歩いたんだ」
カナタ「歩いたさ、目立つから恥ずかしかったんだぜ!」
カナタ「この都市伝説、渋谷に住んでる奴はみんな知ってるんだぜ」
  カナタは明るくて、面白くて──
  僕らは笑って別れた

〇幻想空間
  電車の窓の向こうを、ぽつり、ぽつりと、街の明かりが流れていく
  もう東京は、はるか遠い
  長い一日が終わる
  夢から覚めたような感じがする
  ・・・ハチ公の都市伝説なんて、嘘だろう
  あの時カナタは何かを言おうとしていた
  きっと、カナタはずっと早くから、僕を見つけていたんだろう
  そして、声を掛けようか迷っていた
  そのことを伝えようとしてできなくて、僕の見間違いに話を合わせて、嘘をついた
  ・・・だけど僕だって、引きこもりってことを隠し続けたわけだから、嘘をついたようなもんだ
  そう、僕たちは嘘をついた
  今日そのものが、嘘みたいなものだろう
  人はそう簡単に変われない
  カナタは黒い漆黒の羽に戻るし、僕はモグラスコップに戻る
  何も変わりやしない
  そうさ
  何も変わりやしない
  ふいに景色がにじみ、ポケットが震えた
  今度はそっちに行くからな!
  ストラップを握りしめた
  ぽつり、ぽつりと
  どれだけの明かりが流れただろう
  案内するよと、僕は返した

コメント

  • ネットで知り合った方と会うことは
    昨今ではあまり珍しくはなくなりましたが、
    その関係性が続くというのはとても素敵なことだと思いました✨
    彼もぽつりぽつりと変わっていくんだろうなと
    思わせる終わり方が素敵です✨

  • 最後の“僕”の返信で、これから二人の友情が育まれていくのかなぁと、あたたかい気持ちになれました。
    都市伝説と嘘と友情と勇気と、色々な要素が詰まっていて面白かったです!

  • 「嘘も方便」という言葉は昔からはありますが,都市伝説と友情と強ち嘘ではない嘘をうまくかけたこの作品は,なんだか,心がほっこりとさせられました。

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