第5話 偽りの恋(脚本)
〇黒
北澤奈々子「私は妹に言われるままに、 メールを読み上げた」
北澤奈々子「この時の私は、まだ知る由もなかったのだ」
北澤奈々子「凛が私に秘密にしていた、 もう一つのことを」
〇新緑
第五話「偽りの恋」
〇病室
メール「色々あって、前のメルアドが使えなくなったから、今日はこのアドレスから送ってる」
メール「まず、今日まで僕がメールをしなかったわけは、自信のなさからなんだ」
メール「僕は学生だし、医者でもないし、 君の苦痛を和らげてあげることはできない」
メール「あの日、 あのショッピングモールに出かけた日、 僕は君から君の病気について聞かされた」
メール「僕は今でも、あの時、すぐに声をかけられなかったことを後悔している」
メール「本当は君に、 寄り添う言葉をかけるべきだったのに」
メール「そして、僕は逃げた。逃げながら、その時にはもう、君と別れようと心に決めていた」
奈々子はメールを読むのを止め、
凛の横顔を見つめる。
凛は全く顔色を変えていない。
北澤凛「続けて。お姉ちゃん」
北澤奈々子「・・・うん」
メール「でも・・・僕は間違っていた。 君の前で、完璧な人間になろうって意地を張っていたんだ」
メール「僕たちはさびしく、無力なのだから。 せめて言葉だけでもまっすぐに、君に届けたい。僕は・・・君を愛している」
メール「前に、君が好きだと言ってくれた『葉桜の頃に』っていう口笛があっただろう?」
メール「あれを毎晩6時、病院の屋上で吹こうと思っている。君の病室にも届くように」
メール「小さなことでもいい。何か一つでも、 君のためにできることをしたい」
メール「そういう行動を、神様がどこかで見ていてくれるんじゃないかなって、そう思ったんだ」
メール「凜ちゃん、いつかまたデートをしようね。明日もメールするから。M・Tより」
〇病室
メールを読み終える奈々子。
凛は顔色を変えないで微笑んでいる。
北澤凛「どう思う?」
北澤奈々子「ど、どう思うって──」
北澤凛「私ね、このM・Tって人を知らないの」
北澤奈々子(知らないわけがない。私は何十通にも及ぶメールのやり取りを見た)
北澤奈々子(二人が初めて病院の屋上で出会ったこと。M・Tにはこの病院で入院している母が いること)
北澤奈々子(大学生で小説を書いていること。 凛がその小説を読んだこと──)
北澤凛「この人、いったい誰なんだろう?」
北澤奈々子「と、とぼけないで。この人はあなたが──」
北澤凛「このメール、お姉ちゃんが書いたのね?」
北澤奈々子「! そ、それは──」
〇黒
北澤奈々子「恥ずかしかった。穴があったらそこに飛び込みたいくらい・・・!」
北澤奈々子「そう、このメールは私が書いたのだ」
北澤奈々子「どこを探してもM・Tなどという人物は見つからず、このまま死んでいく妹が不憫で仕方なかった」
北澤奈々子「これからは私が毎日メールを書いて、毎晩6時には病院の屋上に行くつもりだった」
北澤奈々子「そしてM・Tの振りをして口笛を吹くつもりだった。妹の命が尽きる日まで」
〇病室
北澤凛「お姉ちゃん、私のメール読んだでしょ? だから私のために・・・」
北澤奈々子「ごめん・・・! ごめんね、凛。 必死に探したの、M・Tという人を。 でもどこにも見つからなかった」
奈々子がそう言うと、
凛は哀しそうに微笑んだ。
北澤凛「あの人はね、どこにもいないよ」
北澤奈々子「どういうこと・・・?」
北澤凛「この世に存在しないってこと。だって私が考えた、空想上の男性なんだから」
北澤奈々子「存在、しない・・・?」
北澤凛「そう。どこにもいない」
北澤奈々子「じゃあ、あのメールはいったい・・・」
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