第6話 葉桜と魔笛(脚本)
〇美しい草原
三年前
凜が葉桜の下で遊び回り、
奈々子が近くで本を読んでいる。
北澤奈々子「ちょっと凛! あんまりはしゃぎすぎてると転ぶよ」
北澤凛「平気平気!」
北澤奈々子「まったく・・・」
北澤凛「桜もきれいだけど、私は葉桜も好き。 桜はすぐに散っちゃうけど、 葉桜は長く楽しめるでしょ?」
北澤奈々子「なによ、突然」
北澤凛「私、いつか恋人が出来たら、 こんなところでキスしたいな」
北澤奈々子「な、何ませたこと言ってんの」
北澤凛「へへへ。お姉ちゃんより、 私のほうが先に男の子とキスしそうだなぁ」
〇黒
北澤奈々子「小さくて、イタズラっ子で、誰よりもかわいかった私の妹・・・その妹の命が、今、燃え尽きようとしていた」
〇新緑
第六話「葉桜と魔笛」
〇病室
人工呼吸器の音が響く。
凛は静かに目を閉じて寝ている。
医師「お父様は・・・?」
北澤奈々子「さっき連絡しました」
医師「そうですか・・・間に合うといいのですが」
北澤奈々子「先生、それは──」
哀しそうに首を振る医師。
すると、凛が目を覚まして、
自ら人工呼吸器を外してしまう。
北澤奈々子「凛! やめなさい!」
医師「凛ちゃん、今は──」
北澤凛「あの、お姉ちゃんと二人きりに、 してもらえませんか?」
医師「・・・わかりました」
凛は奈々子に手を伸ばす。
その手を握りしめる奈々子。
北澤凛「お姉ちゃんの手・・・あったいかね」
北澤奈々子「凛・・・」
北澤凛「お姉ちゃんが彼氏だったら良かったのに」
北澤凛「そしたらこんな風に、 毎日手を握ってもらえたのにな」
北澤奈々子「私で良ければ・・・毎日手を握るよ」
北澤凛「でも、逞しくて、大きくて、 カッコイイ男の人のほうがいいもん」
北澤奈々子「贅沢なやつ」
北澤凛「へへへ。贅沢かぁ・・・」
空いている窓から、
葉桜の葉が一枚病室に入って来る。
窓の外には青々とした葉桜が生い茂っている。
北澤凛「・・・昔。あんな葉桜の下で、 お姉ちゃんと話したよね」
北澤凛「私のほうが、 先に男の子とキスしそうだって」
北澤奈々子「そんなことあったっけ?」
北澤凛「うん。でも結局、 お姉ちゃんのほうが先になりそうだね」
北澤奈々子「私はそんなの興味ない」
北澤凛「お姉ちゃん・・・笑わないでね。 私、自分で自分にメールなんか書いてたけど、それでもすごく励まされてたの」
北澤奈々子「笑わないわよ・・・笑うわけないじゃない」
北澤凛「あーあ。私・・・死にたくないな。 ちゃんと、本当の、本物の恋したかった」
北澤凛「この髪を、この手を、 男の人に撫でてもらいたかった。 ぎゅって抱きしめてもらいたかった・・・」
そう言って、涙をこぼす凛。
奈々子はきつく凛の手を握りしめる。
〇黒
北澤奈々子「どうしてだろう・・・神様は、どうしてこんな残酷な仕打ちをするんだろう」
北澤奈々子「凜は何一つ悪い事をしていないのに。ただ恋に憧れるだけの、普通の女の子なのに」
北澤奈々子「もし・・・もしこの世に神様がいるのなら・・・どうかこの健気な妹を不幸にしたまま死なせないで」
〇病室
北澤凛「お姉ちゃん・・・ 今までずっと・・・ありがとう」
そう言って、凛はゆっくりと目を閉じる。
北澤奈々子「ダメ・・・ダメだよ、凛!」
奈々子が凛の身体を揺さぶった――
次の瞬間。
窓の外、
葉桜の奥から口笛が聴こえてくる。
北澤奈々子「・・・口笛?」
ゆっくりと目を開ける凛。
北澤凛「これ・・・この曲は――【葉桜の頃に】」
ハッとして、
弾かれたように部屋の時計を見る奈々子。
壁の時計はちょうど18時を指している。
全てが信じられなかった。
18時に口笛を吹くのは、私が考えたことなのに。
誰も知るはずがなかったのに。
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