【第十一話】執刃のサティリシア(脚本)
〇兵舎
マニラ「終わったのね。さあ、こちらへ」
マニラが木の床を外すと、そこには地下への階段が続いていた。
〇牢獄
僕たちは、人形から発せられる腐臭で息が詰まり自然と無言になっていた。
牢獄には、一つの椅子だけが置かれている。特殊な形の椅子だ、一体何だろう。
サティリシア「電気椅子よ」
ハル「電気椅子だって」
そう言いながら、サティリシアが人形に拘束具を嵌めていく。
ハル「自然に腐り落ちるのを、待つんじゃなかったのかよ」
サティリシア「電気を与えて、気絶させるだけよ」
サティリシア「人形が、いつ暴れ出すかも分からない。こうするのが、一番良いのよ」
サティリシア「マニラ、準備が出来たわ」
マニラ「奥様、少しだけ我慢してください」
サティリシア「さあ、皆離れて」
牢獄の扉が、閉められる。それと同時に、椅子に電流が流れ始めたようだ。
人形「ッツアァギィイイイイァアアア!!」
声にもならない、声が響き渡る。
ハル「くっ・・・・・・」
部屋に、焼け焦げた匂いと腐臭が混じり合ったような匂いが充満する。
地下室から、人が減っていく。
僕はというと、むしろ人形の姿に釘付けになっていた。
それは、一瞬の出来事だったのだろう。
でも僕には、それが永遠に続くかのような長い時間に思えた。
やがて、人形が声を発しなくなった。気絶したのだろうか
サティリシア「君と、私だけだな」
ハル「あ、サティリシア」
サティリシアの声で、我に返る。呆然と、してしまっていたようだ。
サティリシア「さあ、上に戻ろう」
階段を上りかけて、異変に気付く。
上階から、争うような声が聞こえてきたのだ。
ハル「まさか・・・・・・」
〇兵舎
慌てて駆け上がると、そこにはシュナイトとフミルが居た。
フミルは、ミルメリスとヤンガスの二人を相手に交戦している。
マニラ「サティリシア」
シュナイトが、ぎょろりとこちらに血走った眼を向ける。
その表情には普段の冷静な雰囲気は微塵も感じられず、ただ怒りと狂気だけが渦巻いていた。
シュナイト侯爵「貴様らぁあああっ!! よくも、よくもよくもよくもぉおおおっ!!」
マニラ「お、お兄様・・・・・・」
シュナイト侯爵「聞こえたぞ、ルシアの悲鳴が! この下種共が」
シュナイトが剣を抜き、猛るように突進してくる。
その動きは、まるで獣の様に荒々しく鋭かった。
ハル「サティリシアは、下がってて」
一歩、前に出る。
僕の手に、ナイフは無い。だが、シュナイトの剣を屈みこむことで躱し、そのまま顎に拳を叩き込む。
倒れるはずだ・・・・・・手ごたえは、あった。
だが、シュナイトは不敵な笑みを浮かべる。
はなから防御するつもりは無い、そんな様子だ。
シュナイト侯爵「お前か、お前がやったのか!?」
ハル「ぐぅ・・・・・・」
シュナイト侯爵「ルシアの命を愚弄した罪、その身で味合わせてやる」
凄まじい力で、身体ごと蹴り飛ばされる。
その隙を見逃されるはずも無く、即座に追撃が襲ってくる。
だが致命的と思われたその一撃は、アリシアの剣によって弾かれた。
アリシア「貴方が、それを言えますか」
シュナイト侯爵「貴様、邪魔をするな」
アリシア「刃向かう貴族たちを殺し、その家族の怒りも憎しみも悲しみも踏みにじった」
アリシア「そんな奴が、今更何を言うんですか」
シュナイト侯爵「黙れ」
シュナイトが、強引に剣を振り抜く。
アリシアはそれをギリギリで受け流したが、体勢を崩してしまう。
ハル「危ない」
咄嗟の反応が、遅れた。シュナイトの刃は、既にアリシアの眼前まで迫っていた。
ハル「アリシアっ」
だが、その刃がアリシアに届くことは無かった。
サティリシアが、まるでゴミでも払うかのようにその攻撃を払ったからだ。
その手には、見慣れぬ長剣が握られていた。
サティリシア「ノスタルカの血を、甘く見るなよ。シュナイト」
シュナイト侯爵「その剣の紋章は・・・・・・くっ・・・・・・」
シュナイトが初めて後ろに退き、防御の構えを取る。
それ程までに、サティリシアの放つ殺気は恐ろしく鋭いものだった。
サティリシア「この剣の紋章を、未だに覚えているか・・・・・・」
シュナイト侯爵「知るか、そんなもの」
サティリシア「忘れたなら、教えてやる。これは、王家の紋章だ」
サティリシアが、ゆっくりと剣を構える。
サティリシア「我が名は、ノスタルカ・サティリシア!! この国の、正統なる継承者だ」
シュナイトが、小さく舌打ちする。そして、忌々し気に吐き捨てた。
シュナイト侯爵「今更、私に刃を向けるか・・・・・・だが、もう遅い」
シュナイト侯爵「忘れたか、お前には下僕の烙印を刻み鎖で繋いでいることを」
シュナイト侯爵「お前は、私に逆らえない。そうだろう」
シュナイト侯爵「跪け、惨めに命乞いをしろ」
シュナイト侯爵「さあ、早く」
シュナイトは、勝ち誇ったように高笑いを上げる。
だが、サティリシアは身動き一つせずにシュナイトのことを見つめている。
シュナイト侯爵「・・・・・・どういうことだ」
シュナイト侯爵「何故だ・・・・・・どうして、動かん」
シュナイトが、焦りを見せ始める。
その様子を見て、サティリシアは口を開き舌を出す。
その舌の上には、あの日僕に使った下僕の烙印が乗っていた。
シュナイト侯爵「それは、一体・・・・・・」
サティリシア「お前が父上を脅し、私を人質に取ろうとした時に父上から託された物だ」
サティリシア「知らなかっただろう? 下僕の烙印は、上書きできるんだ」
サティリシア「この、王家の紋章でな」
シュナイト侯爵「き、貴様ぁあああああっ」
シュナイトは、激昂し斬りかかる。
だが、先ほどまでの動きが嘘の様に鈍い。
サティリシアはその一撃を難なく避け、逆にその懐に飛び込むと剣を振るう。
シュナイト侯爵「ぐぅううっ」
サティリシア「どうした、随分と反応が鈍いな」
シュナイト侯爵「く、くそ」
動揺しているのか、シュナイトは机を倒し道を塞ぐ。
そして、入り口から逃げ出そうと駆け出した。
アルフォンス「おっと、これは失礼」
だが、その道を塞ぐ男の影があった。
彼は、おどけた様子で笑う。
アルフォンス「邪魔、しちゃったかな」
シュナイト侯爵「アルフォンス、やはり生きていたか」
アルフォンスはその場に片膝をつき、頭を垂れる。
アルフォンス「殿下、お久しぶりです」
サティリシア「アルフォンス、息災だったようだな」
アルフォンス「はい、殿下もご壮健の様で何よりです」
アルフォンス「まあ、私は何度か殺されかけましたけどね」
アルフォンスは、アリシアの方を向いてウィンクする。
サティリシア「それで、首尾の方はどうだ」
アルフォンス「ええ、囲んでいますよ。この辺り一帯、全部」
シュナイト侯爵「くっ・・・・・・」
アルフォンス「さあ、逃げても無駄だぜ。シュナイト侯爵ちゃんよ」
アルフォンス「王政を揺るがした罪、しっかりその身で償って貰おうじゃないの」
シュナイトは、力尽きた様にその場に膝をつく。
もう、彼からは戦意を感じられない。
アルフォンス「捕縛しろ」
アルフォンスの後ろから、自警団が飛び込んでくる。
シュナイトは縄を掛けられ、床に組み伏された。
同時に、側に呆然と佇んでいたフミルも捕縛される。
シュナイト侯爵「・・・・・・アルフォンス」
アルフォンス「ん、何」
シュナイト侯爵「最後に、妻・・・・・・ルシアに会わせてくれないか」
アルフォンス「僕の口からは、何とも言えないな。殿下、どうします」
サティリシアは、考える素振りを見せる。
当然だ。あのシュナイトの性格を考えたら、どんな罠が待ち受けているか分からない。
だが、サティリシアは静かに頷く。
サティリシア「良いだろう」
サティリシア「だが、縄はかけたままだ」
〇牢獄
シュナイトが、地下の階段をよろめきながら降りていく。
シュナイト侯爵「ルシアの声だ・・・・・・聞こえるぞ」
シュナイト侯爵「ルシア・・・・・・」
シュナイトは、牢の前に静かに佇んでいる。
その時、ふとルシアの顔が上がりシュナイトのことを見つめる。
人形「キェエエエェアァアアアア」
ルシアが、突然暴れ出す。シュナイトの訪問に、気づいたのだろうか。
次々と、椅子の拘束具が破壊されていく。
サティリシアは、動かない。
そして、最後の拘束具が破壊された時。
ルシアの腕が、シュナイトの頬に向かう。
シュナイト侯爵「ルシア、私だよ」
そして、頬に触れる。
シュナイト侯爵「君を、愛していた・・・・・・」
シュナイト侯爵「今までも、そしてこれからも・・・・・・」
シュナイト侯爵「ルシアっ!!」
シュナイトの腕がルシアに触れようとした瞬間、その身体は砂の様に崩れていってしまった。
シュナイト侯爵「もう、限界だったんだな」
シュナイト侯爵「ルシア・・・・・・」
シュナイトはルシアの姿が消えて尚、最後に触れた彼女の感覚を確かめるように・・・・・・
静かにその場に立ち尽くし、目を閉じていた。
〇立派な洋館
それから、シュナイトは自警団によって連れて行かれた。
シュナイトの処遇は、サティリシアの父親・・・・・・国王の判断に、委ねられるらしい。
つまり、彼がこれからどうなるか・・・・・・それは、まだ分からない。
アリシア「フミル、こっちよ」
フミル「姉さん、自分ばっかり荷物を持たないで・・・・・・ずるいよ」
アリシア「あら、良いじゃない・・・・・・貴方も、お姉ちゃんの役に立てて、嬉しいでしょ」
フミル「うぅ・・・・・・」
〇英国風の部屋
フミルとアリシアは、シュナイトの仕事を手伝っていたということで取り調べを受けたけどお咎めなしということだ。
アルフォンスさんが融通を利かせてくれたらしい。元々二人に拒否権は無かったのだし、これで良かったのだと思う。
あれから僕たちは、シュナイトの邸宅に戻りのんびり暮らしている。
元々この邸宅自体とある貴族から奪い取ったものらしく、引き取り手も居ないということで譲り受けることになった。
サティリシア「ハル―、肩凝ったから揉んで」
ハル「もう、サティリシアは人使いが荒いよ」
何故か、サティリシアは未だにこの邸宅から離れようとしない。
この国は、シュナイトの暴政から解放されたばかりだ。
サティリシアにはやるべきことが沢山あるはずなのに、いつもここでのんびりとしている。
彼女が言うには、父上が何とかしてくれる・・・・・・とのことだ。
実際国王の政治のお陰で、この国は良い方向に向かっていると思う。
貧民街や下層上層の区別は撤廃され、誰もが平等に暮らせる社会へと変わりつつある。
サティリシア「ねえ、今日何処かに遊びに行きましょうよ」
マニラ「あ、それなら私も行くー」
ハル「ちょっと、マニラさんいつの間に・・・・・・」
マニラ「何よ、人をお化けみたいに」
邸宅に、笑い声が響く。
過去の悲劇を、忘れた訳じゃない。
だけど、今は今で楽しい日々を過ごしている。
サティリシア「ハル―、おんぶして」
こういう日常が、一番良い。それが、いつかは終わってしまうものだったとしても。
笑顔で過ごした日々は、これから起こる苦難の中でも変わらず輝いてくれると思うから。