総一郎さん

市丸あや

総一郎さん1(脚本)

総一郎さん

市丸あや

今すぐ読む

総一郎さん
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇花模様2
  ・・・両親が亡くなったのは、10歳の頃だった。
  豪雨で氾濫した河に飲み込まれ、空っぽの車を残し、瀬戸海の彼方へ消えた両親。
  遺体はついぞ見つからず、空の棺をぼんやり見ながら、親族の手配で粛々と葬儀がなされ、彼らが話題にしたのは、私の身のふり。
  皆可哀想と言いながらも、誰もが引き取りを拒み、かと言って施設では世間体が悪いと言う見栄から、私は親族筋を転々とした。
  誰にも愛されない、必要とされてない、この世にいる意味すら分からなくなっていて、二十歳で初めて、市販薬を大量に呷った。
  けど、当時の引き取り手の親族に見つかり、この娘は頭がおかしいと言われ、奨学金で通っていた大学を辞めさせられ、ここへ来た
  ・・・精神科。
  
  閉鎖病棟。
  何もかもどうでもよくて、自暴自棄だったからこそ、貴方の優しさが、心に沁みたのでしょうね。
  私が初めて恋して、処女を捧げた、最初の「あなた」
  総一郎(そういちろう)さん。
  
  お元気ですか?
  もう、誰も泣かせて・・・いませんか?

〇田舎の病院の病室
笠原絢音「えっ?!」
更科宮子「だから、今日から新しい先生になるけえね! 今の先生と違って、若いイケメンじゃけえ、楽しみにしときんさい!」
  ・・・それは、絢音が閉鎖病棟に入院して間も無くの夏だった。
  それまで彼女を診ていた精神科医が、年齢を理由に退職したため、新たな医師がやってくると言うのだ。
  昔から人見知りする絢音にとって、担当医の変更はストレスだし乗り気ではなかったが、退職理由が年齢ならどうにもならない。
  ニコニコ笑う担当看護師「更科宮子」の背中を見送りながら、絢音は小さくため息をつく。
笠原絢音「いつまでここに、おらんといけんのかな。 じゃけど退院しても、行くとこもないし・・・」
  キュッと、シーツを握りしめて、絢音は涙を流す。
笠原絢音「お父さん、お母さん。 なんで帰ってきてくれんの?」
  死別から約10年経っていたが、未だに両親の死が受け止められず、寂しくて寂しくて、この頃の絢音は、毎日泣き暮らしていた。

〇病院の診察室
更科宮子「・・・はい! じゃあ先生来るまで、ここでリラックスして待っとりんさいね!」
笠原絢音「は、はい・・・」
  それから暫くして、新任の医師との初めての診察に、絢音は臨んだ。
  宮子からはリラックスと言われたが、初対面、しかも異性と言う事で身を固くして椅子に座っていると・・・
笠原絢音「あ・・・」
大八木総一郎「はじめまして。 笠原さん」

〇花模様2
笠原大輔「──ただいま、絢音」

〇病院の診察室
笠原絢音「お、とう・・・さん・・・?」
大八木総一郎「ん?」
笠原絢音「あ、いえ・・・」
  ──髪型や色こそ違ったが、目の前の若い医師は、亡き父に良く似ていて、診察が始まっても、絢音はぼんやりと彼の顔を見ていた。
大八木総一郎「まだ、緊張してる?」
笠原絢音「えっ!?」
大八木総一郎「いや、何を聞いても上の空だから・・・ まあ、初回だから仕方ないよね。 ──そうだな。入院生活はどう?ゆっくり休めてる?」
笠原絢音「あ、えっと・・・ し、集団生活が慣れないです。 入院・・・しかも精神科なんて、初めてだから・・・」
大八木総一郎「そっか。 そうだよね、自由に出入りもできないし、入浴時間も決められてるし・・・女の子にはそう感じるかな?・・・けど、」
  何か咎められるのかと身を固くしていると、総一郎は優しく彼女に笑いかける。
大八木総一郎「ここは治療は勿論、大切な君と君の命を守るとこなんだ。 しっかり休んで、先ずは解放病棟に行けるよう、一緒に頑張ろうね」

〇花模様2
笠原大輔「──絢音、僕の大切な絢音。 何があっても、守るからね」

〇花模様2
  ──聞こえた父の声は、幻聴だったかもしれない。
  けれど、総一郎の優しい言葉を聞いた瞬間、絢音の心は、確かに強く、揺れ動いた。

〇田舎の病院の休憩室
更科宮子「へっ?! 大八木先生に、カノジョ?!」
笠原絢音「う、うん! みやちゃん、何か聞いとらん?」
  ──別の日。
  あの時の総一郎の笑顔が忘れなくて、それから週一回の彼の診察を、いつも指折り数えて待ち侘びていた絢音。
  けど、段々想いが募り、「患者」と「医師」の関係がもどかしくなり、思わず宮子に、彼の恋人の有無を聞いてみた。
  自分でも馬鹿だとは思ってる。
  相手は「精神科の医師」として、「仕事」で優しく接してくれているのだ。
  決して、女性「笠原絢音」に優しくしているわけではない。
  頭では理解できていても、気持ちは承服できなくて、宮子からはっきり恋人がいると聞けば諦めがつくと思っていたら・・・
更科宮子「うーん・・・ スタッフのプライベート話すのは御法度じゃけど、まあ、でも・・・うーん・・・」
笠原絢音「お願い! みやちゃんには絶対迷惑かけんし、誰に聞いたって聞かれても答えんけん! だから・・・」
更科宮子「うーん・・・ 約束じゃからね? まあ、私も噂からじゃから、正確かどうかは分からんけど、今はおらんと思うよ?彼女」
笠原絢音「えっ・・・・・・ い、いない・・・の?」
更科宮子「う、うん。 多分、じゃけど・・・ 指輪もしとらんし・・・」
笠原絢音「そっか・・・ いないんだ・・・」
更科宮子「あ、絢音ちゃん! 悪いことはいわんけん!憧れるだけにしとき! それより今は・・・」
笠原絢音「わかっとるよ! お薬飲んでしっかり寝て作業療法真面目にする! 大八木先生との、約束じゃもん!」
更科宮子「そ、それなら良いけど・・・ 呉々も気をつけんさいよ!!? 先生は先生じゃからね!!?」
笠原絢音「分かってる!」
  ──そうして去って行く絢音の足取りがあからさまに軽やかなので、宮子は早くも、言ってしまったことを後悔する。
更科宮子「──ここの皆、脛に傷持ちじゃから、優しくされたら舞い上がるのは当たり前じゃけど、それは決して、恋じゃないんよ?絢音ちゃん」
  ──本当はそう忠告したかったが、絢音の笑顔を見ると言えなくて、精々総一郎が大人の対応をしてくれるよう、宮子は神に願った

〇病院の診察室
笠原絢音「ふふっ! これ渡したら、先生どんな顔するだろ♪」
  ──程なくして、診察日である1週間に一度の、絢音にとって運命の日がやってきた。
  患者用の丸椅子に座る絢音は、手の中──この1週間で精一杯の気持ちを込めて書き綴った手紙を見て笑う。
  これを読んで、総一郎がYESと言ってくれれば、自分はもう、誰にも必要とされてない、孤独な身の上ではなくなる。
  総一郎に愛されて、そして、いつか結婚して、幸せになれる。
  失った家族と言う居場所を、また手に入れられる。
  最早絢音は、総一郎に「患者」ではなく「女」として見てほしいと、願い求めていた。

このエピソードを読むには
会員登録/ログインが必要です!
会員登録する(無料)

すでに登録済みの方はログイン

次のエピソード:総一郎さん2

コメント

  • 絢音にはこんな壮絶な過去があったんですね。両親を亡くした後に精神科に入院なんて。現在の藤次さんとの生活を知っているから少し余裕のある気持ちで読めますが、今後の展開も何やら波乱含みで彼女のことが心配です。

成分キーワード

ページTOPへ