ハードボイルドガール

月暈シボ

エピソード19(脚本)

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〇学校の昇降口
  レイ達より一足早く本校舎に辿り着いた俺は昇降口で上履きに履き替える。
  さすがに、高等部の学生1000人近くを収容する建物だけあって昇降口はかなり広く、
  巨大なドミノのように立ち並ぶ下駄箱も相当の数である。
  もっとも、学年、クラス、出席番号の順に設置されているので、
  これらの情報を知っていれば目標の人物の下駄箱を特定するのは難しくない。
  下駄箱にはダイヤル式の鍵が備わっており、使用者は三ケタの任意の数字を予め登録し、それをパスワードとして使用する。
  とはいえ、毎朝の登下校や体育の度にロックをしていては、手間が掛かって面倒である。
  それに〝他人が履いた靴を盗むような者はいないだろう〟という思い込みから、
  今回の被害者に関わらず生徒の多くはロック機能を使っていなかったと思われる。
  レイ達はそんな常識が通じない犯人に靴を盗まれたのである。つまり犯人は非常識な人間であることは間違いない。
  だが、俺達は昨日の捜査で、当初推測した女の子の靴を欲しがる特殊性癖者が犯人である可能性は低いと判断している。
  靴のサイズが25㎝とG寮の女子生徒だけが狙われるというあまりにニッチな条件が、
  異常性の中に潜む法則性を浮かび上がらせているのだ。
  現在のところ犯人、もしくは犯人らの動機は不明だが、非常識ではあっても異常者ではないと断言出来た。
  そのようなことを考えながら、俺は念のために自分の下駄箱のロックをしっかり掛ける。
  それこそ男子の靴を盗む者などいないと思えるが、常識とはあってないような代物と既に証明されていた。
  鍵を掛けてしまうと自分に想いを寄せる女子が下駄箱にラブレターを忍ばすことが出来なくなるのではと、
  一瞬だけ極めて自意識過剰な妄想が俺の頭に過ぎるが、直ぐにレイのことを思い出して苦笑を浮かべる。
  既に自分にはそんなことよりも大きなイベントが起きていたのだから。

〇おしゃれな教室
  階段を上がり二年G組の教室に入った俺は、先に登校していた何人かのクラスメイト達の好奇の視線を浴びる。
  どうやら、俺とレイが付き合っているとういう噂は、既にクラス中に知れ渡っているようだ。
  もっとも、二学期から転入してきた平凡な男子が、
  一カ月ほどで学園トップクラスの美少女といつの間にか親しくなっていたのだから、気になるのも無理はないだろう。
  俺も逆に立場だったら〝あの転校生、上手くやりやがったな!〟とやっかんだはずである。
  なので、俺はクラスメイトを刺激しないよう何気ない様子を装いながら自分の椅子へ着席した。
長野トキオ「おい、涼しい顔しやがって!!」
  朝のホームルームまで軽い予習をしながら時間を潰していた俺だったが、長野に呼ばれたことで顔を上げる。
  時刻は八時五分であり、彼としては早目の登校だ。俺はパソコンを閉じると予習をそれまでとした。
「おはよう。長野に笹山(ささやま)」
長野トキオ「おはようって、爽やかさ青少年か! お前! 麻峰だけならまだしも、川島とまで仲良くなるなんて狡いぞ! 不公平だ!」
笹川ジュンヤ「そうだ! 食堂でちらっと見掛けたが、リア充っぷりを見せつけやがって!」
  俺は挨拶を伝えるが、長野とその後ろにいた共通の友人である笹川ジュンヤは彼の机を取り囲むと小声ながら非難を始める。
  どうやら、俺は二人に気付かなかったので入れ違いになったようだが、
  朝の食堂でレイ達と一緒にいたのを彼らに目撃されていたらしい。
「そんなこと言われても・・・。たぶん川島さんは俺には興味なくて、麻峰と一緒に朝食を摂りたかっただけだと思うぞ」
長野トキオ「その割にはお前の隣に座って楽しそうだったぞ!」
笹川ジュンヤ「そうそう、川島が男に向ってあんな笑顔したことなんてないぞ!」
  レイ達の名前を出すので俺も声を窄めながら釈明をするが、長野と笹川は受け入れない。
  その場面はたまたま生徒にとっては共通の敵である生活指導教師、本田の話題で盛り上がっただけなのだが、
  二人はそんな流れを知る由もない。美少女達に囲まれていた俺を羨ましがるだけだった。
「いや、本当にそれはたまたまだって。つか、普段の川島さんを俺はよく知らないし、むしろ二人はそこまで見ていたんだ?」
長野トキオ「それは・・・それこそ、たまたまだ!」
笹川ジュンヤ「そ、そうそう!」
  正攻法では聞き入れられないと判断した俺は、逆に長野と笹山へと揺さぶりを掛ける。
  狙いは成功したようで二人は急に焦り出す。
  その反応からするとこの二人は、どちらかというと麻峰よりも川島の方に興味を持っているようだ。
「なるほど、そういうことか・・・実はこれは内緒の話なんだが、」
「俺は麻峰から川島さんに男友達を紹介するように頼まれているんだ」
「何せ彼女、レ・・・男子がちょっと苦手みたいだからさ。慣れさせたいんだと思う」
  長野と笹山、この二人が興奮する理由を理解した俺は更に声を小さくすると、昨日の件を穏やかにして伝える。
長野トキオ「今更だが・・・俺はお前が転入したての頃はよく助けやったよな! その役目は俺に任せてくれ!」
笹川ジュンヤ「俺だって、理科室の場所を教えてやった仲だろう!」
「それは・・・どうしようかなぁ?」
長野トキオ「おい!」
笹川ジュンヤ「おい!」
「ふふふ、冗談だ。もっとも、変に焦ると川島さんの機嫌を損ねるかもしれないから、タイミングを見てお前達二人を紹介するよ!」
長野トキオ「なんだ。冗談かよ! わ、わかった。焦らずやってくれ!」
笹川ジュンヤ「・・・そうだな。焦る事はない。まずはお前が川島からの信頼されてからだな!」
  俺の提案に長野と笹山は態度を一転させる。
  俺からすれば、いずれこの二人に協力を要請するつもりでいたのだから渡りに船である。
  オタクの長野はともかく、笹山はそれなりにイケメンでサッカー部に所属するスポーツマンでもあるので、
  実はわりと女子の受けは良い。自信をもって紹介することが出来た。
  ・・・もっとも、川島が気に入るかは未知数である。

〇おしゃれな教室
  やがて予鈴が鳴って始業時間が近づくと、残っていた二年G組の生徒達が続々と教室内に入って来る。
  その中には、今しがた話題になったレイと川島の姿もあった。
  さりげなく視線を送った俺にレイは軽く頷きながら自分の席へと向かう。
  それは事件捜査については昼休みか放課後に改めて相談するというメッセージだと思われた。
  しかし、二人の無言のやり取りに気付いた川島は、まるで親の仇のように俺を睨みつけてくる。
  俺とレイからすれば秘密を共有する仲間への合図なのだが、
  それを知らない彼女からすると、深い仲になった男女の反応に映ったのだろう。
  川島とも目が合った俺は思わず愛想笑いを浮かべるが、彼女はそっぽを向いてしまう。
  今朝の雑談で少しは打ち解けたと思われた川島だったが、
  長野達を紹介するにはもう少し時間が掛かると思われた。

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