読切(脚本)
〇繁華街の大通り
梶井えり(あー・・・)
梶井えり(今日のライブ最悪だったな)
梶井えり(もっと歌いたいんだけど、私のパート少ないし、音外すし)
梶井えり(努力してるつもりだけど)
梶井えり(思い通りにならないな)
梶井えり(あ、あのタクシーにしよう)
〇タクシーの後部座席
運転手「どちらまで?」
梶井えり「えっと・・・」
梶井えり(あー、気づかれたかな めんどくさ)
梶井えり「金八町まで」
運転手「は、はい・・・」
梶井えり(絶対気づいてるな 話しかけてこなきゃいいけど)
運転手「・・・・・・」
梶井えり(静かだ。 気の利く運転手かな)
運転手「あ、あの・・・」
梶井えり(うわー)
運転手「か、梶井えりさん、ですよね? クワガタ49の・・・」
運転手「すいません。 大ファンで、ずっと昔から・・・」
梶井えり「・・・」
梶井えり「よく似てるって言われます」
運転手「あ、ああ、そうでしたか。 いやーそうですよね」
運転手「今日はクリスマスイブで クリスマスライブですもんね」
運転手「打ち上げでこんな所にいないですよね」
梶井えり(いるけどね)
運転手「いや、明日もライブだから、 今日打ち上げはないですよね」
運転手「私は何を言ってるんでしょうか・・・ ははは、ハハ!」
梶井えり(うるさいなあ)
運転手「でも大人気ですよね、クワガタ49」
運転手「チケットも全然とれなくて」
運転手「そのうち、ドームとかでライブやるんでしょうね」
梶井えり(その時は私がセンターで、歌いまくるから)
運転手「凄いですよね~」
運転手「その、お客様は〜」
梶井えり(なんだよ、めんどくさいな)
梶井えり「すいません、アイドルの事あまり詳しくないので」
運転手「あ、ああそうですか、ハハ、ハハハ」
梶井えり(寝たふりしよ)
梶井えり(静かになったな)
梶井えり(明日のライブ、もっと上手く歌わないと・・・)
梶井えり(どうすればもっと上手く・・・)
運転手「・・・ウッ、・・・ウッ」
梶井えり(なんの音?)
〇タクシーの後部座席
運転手「うう・・・」
梶井えり(なんで泣いてんの?)
梶井えり「あの、大丈夫ですか?」
運転手「いえ、声まで似ているから、感動してしまって」
運転手「梶井えりさんの歌声が好きで、ずっとファンなんです」
梶井えり(歌、か)
運転手「この人は本当に歌が好きなんだなってわかるんですよ、気持ちいい歌い方で」
梶井えり(確かに好きだけど 本当は歌手になりたかった)
梶井えり(なれなかったからアイドルやってる 歌えるから)
運転手「彼女は仕事に誇りを持ってますね 私も同じで」
梶井えり(はあ?)
梶井えり(寝よ)
〇黒
運転手「昔はF1レーサーになりたかったんです」
運転手「でも、なれなかった。 車の運転好きだから、今の仕事を選びました」
運転手「当時は落ち込みましたけどね、 でも梶井さんの歌声に励まされました」
運転手「一度でいいから、ライブを生で見たいんですけどね」
運転手「なかなか、チケットが取れなくて」
運転手「まあ、人生思い通りにはいかないですね」
梶井えり(・・・)
〇タクシーの後部座席
梶井えり「あのー、握手会とかも行った事ないんですか」
運転手「とんでもない、私なんかが行っても迷惑なだけですよ」
梶井えり(バカだな)
梶井えり(それじゃ何も手に入らない)
運転手「まあ、明日のチケット取れなかったんで1日空きました」
梶井えり「チケット取るまえから休みにしたんですか?」
運転手「覚悟が足りないと思って」
運転手「先に休みを取ってみたんですが、 ダメでした」
梶井えり(頭が悪すぎる)
運転手「まあ、それだけ人気があるって事なんでいいですよ」
運転手「毎日、もっと売れて欲しいと思ってるんで」
梶井えり(この人は何も手に入れられない)
梶井えり(真面目で、一生懸命なんだろうけど)
梶井えり(夢も叶わないし)
梶井えり(握手会我慢するほど好きなアイドルに人違いって嘘つかれてるし)
梶井えり(チケット1枚買う事もできない)
運転手「明日は一日中クワガタの曲聞いてます」
梶井えり(一緒懸命努力をしても、謙虚でひたむきでも)
梶井えり(何をやっても思い通りになんてならない)
運転手「雪が降ってきましたね」
梶井えり(そんなの・・・)
梶井えり(そんなの・・・)
梶井えり(ムカつくよね)
運転手「明日はいいクリスマスですよ」
梶井えり「ごめんなさい」
梶井えり「チケット取りづらくて」
運転手「え!? いや、ど、どうしてお客様が謝るんですか?」
梶井えり「あ、そこ曲がってください」
運転手「と、遠回りになりますよ」
梶井えり「いいです」
〇大きい交差点
梶井えり「ここで一回止めてもらえますか」
梶井えり「10分くらい待ってて下さい」
運転手「は、はい」
梶井えり(電話、出るかな)
「あ、マネージャー、すいません遅くに。 まだ事務所にいますか?」
「すぐ近くにいるんですけど、あの、」
「明日のチケット1枚どうにかなりませんか?」
「どうしても、渡したい人がいて、 いや、彼氏とかじゃないです」
「え? 大丈夫? ・・・よかった。ありがとうございます」
「すぐ取りに行きますね」
「え、なんでって・・・それは、 なんて言うか」
「クリスマスだから」
えりちゃんの感情やその移ろいが心にダイレクトに響きます。偶然が生んだ素敵な物語、キレイなラストで読後感もとても良いですね。
冷え切っていた彼女の心を、温めてくれたのがファンの存在でしたね。
アイドルって大変だとは思いますが、ファンの応援ってやっぱり嬉しいと思うんですよ。
クリスマスの時期にぴったりの人の心を温めてくれるお話でした。人の心を動かすのって、やはり情熱ですね。立場の違う二人がそれを共感できたところがとてもよかったです。