義姉さまのこと(脚本)
〇水の中
「ねえ、シオン。覚えてて」
内緒話をするように耳元で囁いて、
あなたは泡のように消えていった。
〇グレー
ゆっくりと瞼を開く。
ああ・・・今日も灰色の一日が始まる。
あなたが夢の住人となってから、もう一月経つのか・・・。
〇洋館の階段
アナイス・ディ・クローディア。
王国建国時から続く格式高いクローディア公爵家の一人娘であり、俺、シオン・ディ・クローディアの義姉だった人。
齢8歳で国王陛下と王妃殿下の第一子であらせられるレイシス殿下と婚約し、次代の王妃となる事が決定した。
クローディア公爵家にはアナイス義姉さましか子供はいなかった為、
後継者として親戚筋から俺が選ばれ養子に入った事で義理の姉弟となった。
公爵家に来た時、両親や兄弟が恋しくて毎日泣いていた俺に寄り添ってくれたのが義姉さま・・・あなただった。
緩く弧を描いた眉に、菫色の優しい瞳。
「シオンが元気になりますように」と、少し調子の外れた子守唄を歌いながら、そっと手を握ってくれる。
その時間が心地良くて、幸せで、あなたの手の温もりを感じながら眠るのが大好きだった。
〇貴族の部屋
アナイス「『私が一緒にいられない時は、この子があなたを守ってくれるわ』」
そう言って渡されたのは、少し不恰好なぬいぐるみ。
シオン「『えっと・・・豚さん?』」
アナイス「『失礼ね!これは猫よ!』」
シオン「『え・・・どう見ても』」
アナイス「『どう見ても、可愛い可愛い猫ちゃんでしょ〜!!』」
シオン「『・・・』」
アナイス「『なによ!まだ豚と呼ぶ気!?』」
シオン「『・・・ぷっ』」
シオン「『義姉さまの顔・・・おもしろ・・・ もう、ダメ』」
シオン「『あははははっ!!』」
アナイス「『やった!シオンが笑った!!』」
一緒に笑い合った事
一緒にいてくれた事
俺は、
ずっとずっと忘れない──
〇華やかな裏庭
シオン「『義姉さま!見て下さい! 俺が植えた所、芽が出てます!!』」
アナイス「『あら、本当だわ! やるわねシオン。 私も頑張らないと!!』」
レイシス「『何をそんなに頑張るんだい? アナイス』」
アナイス「『・・・れ、れ、れ、 レイシス殿下ああっ!?』」
シオン「『お久しぶりです、殿下』」
レイシス「『久しぶりだね、シオン』」
レイシス「『私の可愛い婚約者は、挨拶してくれないのかな?』」
アナイス「『いやその、えっとあの』」
シオン「『義姉さま深呼吸〜 吸って〜 吐いて〜』」
アナイス「『はひっ、ひっ、ふ〜』」
レイシス「『ぷっ!!くくくっ』」
シオン「『ぶはっ!』」
アナイス「『っっ! 殿下もシオンも! よくも笑ってくれたわね!?』」
レイシス「『逃げるぞ、シオン』」
シオン「『はい!お供します!』」
アナイス「『っ!!』」
アナイス「『待ちなさ〜い!2人とも!!』」
そうそう。
子供の頃、こうやってよく義姉さまを揶揄って遊んでたっけなあ。
〇教会の中
将来、2人が結婚して夫婦になって
殿下が義兄になって、
ずっと仲良くいられるなんて
馬鹿みたいに幸せな夢を見ていた。──
〇華やかな裏庭
アナイス「『ねぇ、シオン!レイシス殿下は素晴らしいお方なのよ!』」
あなたはいつも瞳を輝かせながら婚約者について語っていた。
アナイス「『ねぇ、シオン! 聞いてちょうだい! 本当に凄いんだから!!』」
それは学園に入学した後も変わらない。
・・・いや、むしろ増えた気がするな。
アナイス「『大臣様方とも堂々と討論なさるし、先日の災害で被災された方々の支援も活発に行われて、』」
アナイス「『しかも殿下自ら被災地に足を運ばれたそうなの!それにねっ・・・』」
シオン「『はいはい、ご馳走様です』」
アナイス「『ご馳走様? 何もご馳走してないわよね?』」
ああ、この人には通じないのか。
シオン「『本当に好きなんですね、殿下の事』」
アナイス「『っっっ!!!!』」
アナイス「『あ、あのねシオン、違うの! ・・・いや、違くはないけれど そうじゃなくて』」
シオン「『良いじゃないですか。 俺としては、将来の義姉夫婦が仲良さそうで安心してますよ』」
アナイス「『ふ、夫婦だなんて///』」
毎回義姉さまは無意識に惚気を炸裂させるので、俺は腹がいっぱいだ。
シオン「『惚気たっぷりご馳走様』」
アナイス「『っ!もう!!』」
〇ファンタジーの学園
アナイス「『・・・あっ』」
アナイス「『・・・』」
シオン「『声、かけなくて良かったんですか?』」
アナイス「『・・・いいの』」
シオン「『・・・忙しそうでしたもんね』」
アナイス「『ええ。だからいいの』」
アナイス「『・・・』」
レイシス「『・・・』」
アナイス「『殿下、こちらを見て微笑んで下さったわ』」
シオン「『良かったですね、義姉さま』」
アナイス「『ええ!』」
遠目に殿下の姿を見かけると、頬を染めて見つめる義姉さまも。
そんなあなたを見た殿下が愛おしそうに微笑むのも。
俺にとってはごくありふれた光景であり、幸せだったんだ。
〇大広間
レイシス「『・・・嘘だ・・・誰か・・・嘘だと言ってくれ・・・』」
レイシス「『アナイス・・・・・・アナイスっ・・・アナイス!!!』」
あの日聞いた殿下の叫びは、その隣で呆然と立ち尽くしていた俺の耳にずっと残っている。
〇華やかな裏庭
ロイド「『・・・ふーん? あなたが殿下の婚約者、ですか』」
ロイド「『先日、領民が捕らえて来た タヌキのようなお嬢さんだ』」
アナイス「『・・・なっ』」
アナイス「『なんですってぇぇぇ!?』」
レイシス「『ロイドっ!!』」
レイシス「『すまない、アナイス。 こんな事を言うやつじゃなかったんだが』」
ロイド「『殿下が謝る必要無いですよ』」
アナイス「『そ、そうですよ! 殿下が謝る事じゃ・・・というか、 あんたが言うな!!』」
ロイド「『おやおや・・・”あんた”とは。 クローディア公爵家の教育は大した事ありませんね』」
アナイス「『な、そんな事ないもの! 先生だって凄く厳しい方なんだからね!』」
ロイド「『なるほど・・・ では後程、我が家からその方に手紙を書きましょう』」
ロイド「『クローディア家のお嬢様が 侯爵家子息の事を”あんた”呼ばわりしてました・・・と』」
アナイス「『ぐ、ぐぬぬぬ・・・』」
シオン「『え、えっと・・・殿下、 あの方は・・・』」
レイシス「『あぁ、すまんなシオン』」
レイシス「『あの者は私の側近候補で、 ライクス侯爵家の者だ』」
レイシス「『未来の側近候補として、私の婚約者の顔は覚えておかないと・・・ なんて言うものだからな』」
レイシス「『まさかこんな事になるとは思っていなかったが・・・』」
シオン「『なるほど・・・わかりました』」
シオン「『側近候補なら、殿下の婚約者の義姉さまとの顔合わせも必要ですもんね』」
シオン「『まぁ・・・義姉さまとの相性は微妙みたいですけど』」
レイシス「『ふふ、そうでもなさそうだぞ』」
シオン「『・・・え?』」
アナイス「『だから謝ってるじゃないの! いい加減撤回しなさいよ陰険男!!』」
ロイド「『あ〜!今ので僕の心は傷つきました! なのでもう少し内容を分厚くしてお送りしましょう』」
ロイド「『恐らくクローディア家の親戚筋の・・・ エナ夫人宛に』」
アナイス「『な、お、おかしいわ・・・ 本当は最初から知ってたのね!?』」
アナイス「『私がエナ夫人に教わっている事!!』」
ロイド「『いえ、初耳です』」
アナイス「『っ!!はめられた!?』」
レイシス「『ね? あんなに楽しそうなロイド、私も初めて見たよ』」
シオン「『・・・いいんだ? あれでいいんだ・・・』」
レイシス「『侯爵家の子息で後継者。 オマケに次期国王と言われている王太子の側近候補だからね』」
レイシス「『まだ婚約者も決まっていないし、 女性関連で色々うんざりしているみたいだからね』」
レイシス「『ロイドがああやって話せるご令嬢は貴重なんだ』」
レイシス「『・・・まぁ、アナイスを渡すつもりは無いけどね』」
アナイス「『・・・ふふ、聞きまして? ライクス様』」
ロイド「『良かったですね、殿下のお心が広くて』」
アナイス「『ふふん!なんとでもおっしゃって。 今の私に怖いものなどありませんわ!』」
ロイド「『わかりました』」
ロイド「『覚悟しておいて下さいね』」
アナイス「『・・・えっ!?』」
あの後、本当にエナ夫人に手紙を送られて・・・
しばらく義姉さまの勉強時間が増えたっけなあ・・・
それからちょくちょく、ライクス様も殿下と一緒に来るようになって──
〇大教室
アナイス「『ねぇ、シオン聞いて!酷いんですのよ!ライクス様ってば!』」
学園入学後も、あなたはいつも彼に揶揄われてたっけ──
シオン「『で、今度は何があったんですか?』」
アナイス「『あと少し・・・そう!あと少しで間に合ったんですのよ! 食堂の限定メニューに!!』」
アナイス「『私がどれだけこの日を待ちわびていたか!! ご存知なはずだわ! だって先日お話したもの!!』」
うん・・・
言ったらダメだよね、ライクス様の性格だと
アナイス「『なのに・・・ウキウキしながら待つ私の目の前で、最後の限定メニューを注文されたのよ!?』」
うん。
きっと2人の関係性知ってる側からすれば
予想出来た展開だよ。
アナイス「『それで、悲しみに打ちひしがれている私に、あの方がなんておっしゃったかわかる!?』」
シオン「『うーん・・・なんだろ? ”淑女がみっともないですよ” とか?』」
アナイス「『それは前に言われたわ! ライクス様ってば・・・足遅そうですもんねって言ってお笑いになるのよ!?』」
アナイス「『あなたはどう思います!?シオン!!』」
シオン「『うーん・・・ それなら放課後、一緒に走る練習でもする?』」
アナイス「『素晴らしい提案だわシオン! 一緒に頑張りましょう!!』」
シオン(ええ〜!? 冗談だったのに・・・まぁいっか)
ロイド「『おやおや、何やら楽しそうなお話してますね』」
アナイス「『さっきの今でよく顔を出せましたわね!? 諸悪の根源!!』」
ロイド「『諸悪の根源とは酷いですね。 僕はただ食べたい物を食べただけなのに』」
シオン「『こんにちは、ライクス様。 ライクス様も放課後、一走りいかがですか?』」
アナイス「『シオン!? それは敵に塩を送る行為よ!?』」
シオン「『敵って・・・』」
ロイド「『こんにちは、シオン。 良いですね、最近走って無いから楽しそうです』」
ロイド「『殿下も誘ってみましょうか。 良い息抜きになると思いますし』」
アナイス「『あ、あぅ・・・』」
殿下に会いに行けば、決まってライクス様がいる。
ライクス様を誘えば、殿下も誘いやすくなる。
この時の義姉さまは、よく葛藤してたっけ。
でもさ、義姉さまは知らなかったろうな。
〇中庭
殿下と幸せそうに微笑み合うあなたを
彼が、
どんな瞳で見つめていたかなんて──
〇大広間
ロイド「『ねぇ・・・起きて下さいよ。いつもみたいに、酷いわって・・・』」
ロイド「『こんな事になるなら・・・諦めなければ良かった・・・』」
掠れた声でボソボソと呟きながら、大粒の涙を零しながら、彼は膝を折り力なく床に座り込んでいた。
〇ヨーロッパの街並み
アナイス「『ほらほら!早くー!』」
レイシス「『あはは、そんなに走ると危ないよ、 アナイス』」
ロイド「『はぁ・・・はぁ・・・ 僕は・・・頭脳派なので・・・ きつ・・・』」
シオン「『はぁ・・・体力ついて来たと・・・思ってたけど、まだまだかぁ・・・』」
アナイス「『ふふふふ! 2人とも情けないぞ〜』」
アナイス「『きゃっ!!』」
ガシッ
アナイス「『・・・あ、ありがとう』」
ジン「『・・・気をつけて』」
・・・
レイシス「『さすが、ジンだな』」
ロイド「『えぇ。 反射速度、身体能力共に優れてますね』」
シオン「『え?あの・・・ ここから義姉さまの所まで、一瞬でしたよね?』」
シオン「『結構距離あったのに・・・!』」
レイシス「『ジンだからな』」
ロイド「『そうですね、ジンですからね』」
シオン「『その一言で済んじゃうなんてどれだけ・・・』」
アナイス「『あっ!あれは何かしら』」
ジン「『危険です。 足元をよく見てください』」
アナイス「『まぁ!! こんなところに側溝が!?』」
ジン「『この辺りは生活排水の為の側溝が多いです。 特に建物の近くはご注意を』」
アナイス「『教えてくださりありがとうございます!』」
アナイス「『ソルアート様って物知りなのね!』」
ジン「『いえ、そんな・・・自分なんてまだまだで』」
ジン「『体力くらいしか取り柄がありませんし・・・』」
アナイス「『そういえば先程の私を助けていただいた動き! 凄かったですもんね!』」
アナイス「『私も殿下とシオンがピンチの時に、 サササッと! こう、サササッっと動きたいですわ!』」
レイシス「『アナイス・・・』」
ロイド「『良かったですね、殿下もシオンも』」
ロイド「『いざという時の盾が出来ましたよ』」
レイシス「『ロイド・・・そういう事を言うから 守ってもらえないんじゃないのか?』」
シオン「『義姉さまって純粋だから、 そう喧嘩腰だといつまで経っても仲良くなれませんよ?』」
ロイド「『べ、別にっ、仲良くしなくても問題ありませんし! 誰があんな・・・』」
レイシス「『ロイド、彼女を悪く言うことは私が許さないよ』」
シオン「『いい加減、素直になれば良いのに』」
ロイド「『うぅ・・・』」
あの後だったな。
義姉さまが肉体改造に励み始めて、
俺もそれに付き合わされて。
2人して筋肉痛と戦っていた時に、
衝撃的な事件があった。
〇草原の道
殿下が視察に向かう途中、襲撃に遭った──
護衛より賊の方が多かったと聞いている。
絶望に片足入ったような状態の中、
ソルアート様は援軍が来るまでずっと戦い続けたそうだ。
まだ子供と言われる年齢。
護衛騎士候補として側につくようになって半年で、だぞ?
疲れてるのに、怪我を負ったのに、
殿下を王宮に無事送り届けるまでずっと側についていたんだって。
その後、騎士団長である父親に引き継いだ後、眠るように気を失ったってのは有名な話だ──
〇大教室
アナイス「『ねぇ、シオン。ソルアート様は凄い方ね。私も殿下をお守り出来るくらい強くなりたいわ!』」
だからこそ、
堅物と揶揄される彼の事を、俺もあなたも尊敬していた。
アナイス「『あの方は職務に忠実であり、いついかなる時も殿下の盾であろうとなさっているわ』」
アナイス「『中々出来ることではないと思うの』」
アナイス「『それに研鑽も欠かさないし・・・私、師事させていただこうかしら!』」
シオン「『ええ!?』」
〇華やかな広場
あの時は焦ったなあ。
軽く聞き流してたら
アナイス「『よろしくお願いします! ソルアート様!』」
本当にお願いしに行くなんて・・・。
ジン「『その・・・本気ですか?』」
アナイス「『もちろんです!』」
ジン「『・・・そうですか、わかりました』」
シオン「『ところで・・・ なんで俺はここにいるの?』」
アナイス「『ソルアート様が、シオンも一緒なら良いって!』」
シオン「『っっ!!』」
シオン「『そ、そっか。 それなら仕方ないな』」
アナイス「『・・・嬉しそうね、シオン』」
シオン「『・・・は?・・・えっ!? べ、別にっ、そんな事ないし!』」
ジン「『まぁ、いきなり鍛錬しろなんて嫌に決まってますよね・・・』」
シオン「『・・・あ?い、いえ? そ、そんなことは』」
アナイス「『そうですわ。 だってこの子ったら、ソルアート様の事・・・』」
シオン「『わわっ!義姉さま! 何を言おうとしてるの!?』」
アナイス「『ソルアート様は、シオンの憧れだって事よ!』」
シオン「『言われた・・・! おのれ義姉さま! 義姉さまだって尊敬してるくせに!』」
アナイス「『ええそうよ! 尊敬するソルアート様に鍛えていただいて、 強くなって殿下をお守りするのよ!!』」
ジン「『・・・ふっ』」
アナイス「『っ!ソルアート様が』」
シオン「『笑った!?』」
あの後、鍛錬するけど
運動神経の限界を感じた義姉さまに、
ソルアート様が軽い護身術を教えてくれて
『これで私も殿下をお守り出来ます!』
なんて言って張り切って。
〇大広間
ジン「『・・・ダメじゃ・・・ないですか。ちゃんと・・・抵抗、しないと・・・』」
苦しげに呟いたその声は、大きな掌で顔を覆う彼の表情までは明かせなかった。
〇大広間
あの日の事は、よく覚えている。
長い長い夢を見ていたようだった。
〇大広間
意識がどんどんクリアになって。
〇血しぶき
瞳を開くと、血溜まりに倒れるあなたの姿が視界に映った。
何かの茶番の途中だろうか?
それとも、俺はまだ夢を見ているのだろうか?
〇大広間
周りを見回すと、その異様さに気づいた。
悲鳴を上げ逃げ惑う人々。
あなたに泣き縋るレイシス殿下。
床に座り込むライクス様。
血に濡れた剣を持つソルアート様。
俺の近くで真っ青な顔をしている、
金髪の女。
あの日、あなたは遥か遠くへと旅立ち、
もう二度と戻ってこなかった。
〇牢獄
ミシィ「『本当に殺すつもりなんてなかったの!! 本当よ!!』」
そんな戯言をほざいていたのは、
あの時俺の近くにいた見知らぬ金髪の女だった。
ミシィ「『ちょっと怖い目に遭わせて・・・皆から手を引いてもらおうとしただけよ・・・』」
悪びれもせずそんな世迷言をほざいている。
ミシィ「『そ、それにっ、実際に殺したのはジンじゃない!!私は何もしてないわ!!』」
ガンッ!!!!
ミシィ「『・・・じ、ジン』」
ジン「『・・・勝手に呼ぶな。虫唾が走る・・・っ!』」
ミシィ「『っっ!!』」
ロイド「『・・・あなたが禁忌を犯し、我々や周囲の心を意のままに操る呪法を使った』」
ロイド「『つまり、あなたが望んだからこそ彼女は殺された。・・・そうでしょう?』」
ミシィ「『そ、そんなつもりは無かったって言ってるでしょ!?』」
ロイド「『・・・話が通じない。 知能が無いのか?』」
ミシィ「『なんですって!?』」
ロイド「『アナイス様が殺された時、 ジンは深い洗脳状態にあった』」
ロイド「『・・・それこそ、あなたの言葉しか耳に入らない程に』」
ミシィ「『そ・・・れは・・・』」
ロイド「『貴様は何を命じた!? ジンに!! 彼女を殺して欲しいとねだったんじゃないのか!?』」
ミシィ「『うっ・・・』」
レイシス「『・・・ロイド、もう良い』」
ロイド「『何もよくない!!』」
レイシス「『言葉が乱れている。 少し落ち着け』」
ロイド「『・・・っ、くそ!!』」
ガンッ!!
ロイド「『・・・』」
ロイド「『・・・少し、頭を冷やして来ます』」
レイシス「『わかった。 シオン、ロイドについて行ってやれ』」
ロイド「『そこまでしなくても・・・』」
ロイド「『・・・いえ、一緒に行きましょう。 シオン』」
シオン
『・・・はい』
〇森の中
シオン
『・・・もうすっかり夜ですね』
ロイド「『・・・そうだな』」
シオン
『殿下達、大丈夫でしょうか?』
ロイド「『・・・僕はお前の方が心配だ』」
シオン
『・・・え?』
ロイド「『自分が今、どんな顔をしているかわかっているか?』」
シオン
『・・・いえ、まったく。
ただ・・・』
〇水たまり
シオン
『ただ・・・そうですね』
シオン
『・・・止まらないんです』
シオン
『自分が情けなくて・・・
悔しくて・・・悔しくて・・・』
シオン
『このまま涙で埋もれてしまえばいいのに』
シオン「『義姉さまじゃなくて!!』」
シオン「『俺が死ねば良かったのに!!』」
ロイド「『・・・ダメだ。 それは絶対に許さない』」
シオン「『なんでですか!? 俺、義姉さまにいっぱい助けられたのに、 救われたのに!!』」
シオン「『何一つ・・・返せなくて・・・ 俺・・・』」
ロイド「『・・・僕はな。 こう見えて人間嫌いだ』」
シオン「『グスッ・・・うっ・・・ し、知って・・・ます』」
ロイド「『そんな僕が心許していたのは、 誰だと思う?』」
シオン「『・・・殿下も、ソルアート様も、 義姉さまも・・・』」
ロイド「『よく考えてみろ』」
ロイド「『殿下の側近候補だから、一緒にいるのは当たり前だ』」
ロイド「『ジンも、護衛騎士候補だからな。 一緒にいるのは当たり前だ』」
ロイド「『アナイス様は殿下の婚約者だ。 必然的に共に過ごす事が増える』」
ロイド「『・・・お前だけなんだよ。 何のしがらみもない。 一緒にいる理由もいらない』」
ロイド「『僕が始めて殿下達以外で心を許したのは・・・お前だけだ』」
ロイド「『・・・殿下も、ジンも同じことを考えているだろうな』」
シオン「『なんですか・・・これ以上泣かせるつもりなんですか・・・ライクス様・・・』」
ロイド「『友人というものは、相手が傷ついていたら慰め、励ますものだろう?』」
ロイド「『・・・お互い、大切な人を亡くしたんだ。 1人で抱え込まなくて良い。 傷の舐め合いでもしようじゃないか』」
〇森の中
シオン「『舐め合いって・・・間違ってないけど、 おかしいですよ』」
ロイド「『ふむ・・・的確だと思ったんだがな』」
シオン「『・・・ありがとうございます。 ライクス様。 落ち着きました』」
ロイド「『ああ。 それと前々から気になっていたんだが』」
ロイド「『呼び方は”ロイド”で良い』」
シオン「『ロイド・・・さん?』」
ロイド「『爵位はそちらの方が上だが、 僕の方が先輩だ。 ああ・・・ロイド先輩でも良いぞ』」
シオン「『ロイドさんって呼びますね』」
ロイド「『なんだ、ノリが悪いぞ後輩』」
シオン「『・・・あの、 殿下とソルアート様は大丈夫でしょうか』」
ロイド「『・・・そうだな、そろそろ戻るか』」
シオン「『その、それも何ですけど 違うと言いますか』」
ロイド「『ああ・・・』」
ロイド「『正直、わからん。 まぁ後で、殿下と僕らで傷の舐め合いをすれば良いだろう』」
シオン「『舐め合いって・・・』」
ロイド「『ジンは・・・』」
ロイド「『・・・』」
シオン「『・・・ロイドさん?』」
ロイド「『・・・実直で真面目一辺倒。 模範となるような忠誠心。 正義感の塊』」
ロイド「『そんなやつが何を考えているかなんて・・・』」
ロイド「『・・・』」
シオン「『・・・』」
ロイド「『・・・良ければ、後でジンと話してやってくれ。 戻るぞ』」
シオン「『はい!』」
〇牢獄
ロイド「『殿下、ご心配おかけしました』」
レイシス「『・・・もう大丈夫か?』」
ロイド「『はい、この通り』」
レイシス「『シオンも、落ち着いたようだな』」
シオン「『はい・・・すみません、殿下とソルアート様にお任せしてしまって』」
レイシス「『問題ない』」
レイシス「『むしろ、外に出てくれて良かったよ』」
シオン「『え・・・?』」
ミシィ「『・・・やめて下さい、お願いします もう許して下さい・・・』」
ミシィ「『きゃあ!!』」
ジン「『・・・』」
レイシス「『驚いただろう? 先程はもっと酷かったんだ』」
ロイド「『あのジンが・・・無抵抗の女性を殴るなんて』」
シオン「『ソルアート様・・・』」
ミシィ「『ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・』」
ジン「『・・・殿下、ロイド、シオン』」
ジン「『・・・俺は、酷いやつなんです』」
ジン「『大切な友人をこの手で殺めてしまった』」
ジン「『もう、戻れないんです』」
ジン「『・・・俺はもう2度と、あなた達や彼女がいる所には戻れないんです』」
ジン「『・・・だからせめて、この業の深い女は道連れにさせて下さい』」
レイシス「『そんな事・・・私が許可すると思うか?』」
ジン「『・・・ではどうすれば良いんですか』」
ジン「『俺がこの女の命令を聞かなければ、 アナイス様は死なずに済んだかもしれない!!』」
ジン「『この女だけじゃないんです・・・ 業が深いのは、俺も同じだ』」
ジン「『あなたに仕える事が出来ない・・・ アナイス様に謝る事も出来ない・・・』」
ジン「『ロイドやシオンとも・・・ 家族とも、共にいる事は出来ない』」
ジン「『お願いします・・・ どうか俺に、この女を処断する許可を・・・』」
レイシス「『・・・くどい。 許可出来ないと言っているだろう』」
レイシス「『ジン、お前は騎士だ。 私の騎士だ!』」
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とても読み応えのある作品でした。四人の男性がそれぞれの形でアナイスに想いや信頼を募らせていく過程と、それが無残に打ち砕かれて以降の心の過程がつぶさに描かれていて感服しました。また、前半では後に起こる悲劇のシーンが所々インサートされる演出も印象的でした。ラストの謎の人物が意味深でしたが、2章からはシオンの婚約者が登場するとのこと、楽しみです。