終電を追いかける女

水上 毅

終電を追いかける女(脚本)

終電を追いかける女

水上 毅

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〇中華料理店
「・・・トップ?・・・」
「・・・ねえ、サキ」
サキ「え? ごめん、なに?」
ゆき「まだかける?」
  傾けられた深緑のボトルの下には、
  粉チーズまみれの私のナポリタンがあった。
サキ「わあ! ストップ!」
サキ「ゆきい・・・」
ゆき「だって言わなかったから、 ストップって・・・」
サキ「・・・まあいいよ、チーズ好きだし」
ゆき「怒った?」
サキ「怒ってない」
サキ(うん。チーズの味しかしない)
サキ(もうこれはナポリタンじゃない)
サキ(前世、ナポリタン)
ゆき「太るよ?」
サキ「うるさいよ」
  小学生時代からの早食い癖は健在で、
  ゆきがフォークを三回口に運ぶ時間で私は皿を空にした。
  コップの水を一気に飲み干して、
  ソファに深く沈み込む。
サキ「あ・・・」
ゆき「ん?」
サキ「飛んでる、そこ」
  彼女の真っ白なTシャツには、
  見事な日の丸が出来ている。
ゆき「あーこれ、ケチャップじゃない、かも」
サキ「え?」
  ゆきは赤い部分を指先でつまんで鼻に持っていく。
ゆき「朱肉?」
  なわけあるかい。
サキ「なんでもいいけどさ、すぐ洗いなよ?」
ゆき「うん・・・」
  丁寧にフォークを回すゆったりとした手付きは、私に眠気を誘う。
ゆき「あ!」
サキ「ん?」
  ゆきはスマホの画面を私に向ける。
  23時50分。
サキ(最終列車は10分後、か)
サキ「急ごう」
ゆき「うん!」
  30秒もかからないうちに私はすべての支度を終え、財布を取り出し、顔を上げた。
サキ「・・・おい」
  彼女はまだ食べていた。
サキ「帰る気ある?」
ゆき「ある!」
サキ「じゃあそれは?」
ゆき「フォーク!」
サキ「・・・」
ゆき「ナポリタン?」
サキ「いや、フォーク!  置いて!」
ゆき「まだ残ってるし・・・」
サキ「いいよ、私食べるよ」
ゆき「太るよ?」
サキ「じゃあ食べないよ!」
ゆき「怒った!」
サキ「怒ってない!」
  ゆきはようやく支度を始めた。
  私とゆきは大学生の頃、
  よく終電を逃して朝まで公園で飲み明かした。
  若い頃、と言っても3、4年前。
  20代の前半と後半とでは、体力に大きな差があることを彼女はまだ知らない。
  それゆえの呑気さ。そういうことだろう。
ゆき「今何時?」
サキ「じゅうに・・・」
サキ「あ!」
ゆき「うそ!」
サキ「うん」
ゆき「公園コース?」
サキ「うん・・・」
ゆき「やったー!」
サキ(呆れた)
サキ(ゆきに帰るつもりなんて最初からなかったんだろう)
  私はわざと大きなため息を吐いてみせる。
ゆき「・・・怒った?」
サキ「怒ってないよ」
サキ「・・・まあ、せっかくだしね」
ゆき「うん!」
  「怒った?」と何度も聞くゆき。
  怒っていても「怒ってないよ」
  と決まって返す私。
  100万回は繰り返した3秒間。
  なんの意味があるのだろうと、
  私は今でも考える。
ゆき「じゃあサキ場所取りね!」
サキ「え?」
ゆき「私コンビニ行ってくるね!」
サキ「あ、うん!」
  「成長」が「老い」に変わった日。
  みんなに訪れるエックスデイ。
  あの日の朝、
  私はどんな顔をしてたのだろうか。
  駆けて行く彼女の後ろ姿が眩しくて目を瞑る。
サキ「ハッピーバースデー、ゆき」

コメント

  • 2人の短い時間を切り取られたワンシーン、その中に様々な感情が織り成されているお話ですね。2人の性格や関係性が遣り取りから伝わってきます。

  • 二十代の前半と後半など過ぎてしまえばそんなに変わりなどないような気もしますが、彼女達にとっては青春の移り変わりを感じられる日だったのでしょうね。

  • ことさらに感情を説明することなく二人の言動だけで性格や関係性を見事に表現している文章力がすごいと思います。ラストの一言にはジーンとしてしまいました。ゆきとサキにはずっとこのままのスタンスでいてほしいですね。

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