目指せクイーン位決定戦の巻(脚本)
〇屋敷の大広間
2024年1月7日
競技かるた第68期クイーン位決定戦
今日、新たなクイーンが決まる
カレン「近江神宮の華やかな朱色の楼門をくぐる度 私はまた いにしえの歌人の心に想いを馳せる」
カレン「愛を乞う歌、子を慈しむ歌、自然を愛でる歌 人の世の儚さを嘆く歌──」
カレン「千年の時を超えて なお 今を生きる私達に訴えかけてくる」
カレン「闘いの場ではあるけれど、そんな心を 忘れないことが百人一首の神髄なのだ」
カレン「この空間、ピンと張りつめた冬の空気 そして湧き上がる静かな熱気──」
カレン「私を迎えるのは3期連続でクイーンの座を 守っている三ツ木夢乃六段」
カレン「最高の舞台にふさわしい貫禄の女王だ」
カレン「だが、その威風をはらう存在に気圧されることなく平常心で臨む─」
カレン「そう心に言い聞かせていると 私の師匠が姿を現した」
カレン「かるた競技界にその人ありと言われる 小園先生だ」
師匠「華蓮、調子はどうだい 今日は大事な一戦だよ」
カレン「はい、未熟ながら精一杯 力を尽くしたいと思います」
師匠「いい、一字決まり7種はもちろん 二字決まり、三字決まりなど」
師匠「読み手の呼吸で勝負の機微は動いていく─」
師匠「こちらの隙を見せず、自分のリズムで 競技を組み立てるんだ─」
カレン「はい!必ず最後まで気を抜かずやり遂げます」
カレン「一字決まりの「むすめふさほせ」では一音目が出た瞬間、電光の速さで札が飛ばされ」
カレン「六字決まりでは囲い手の攻防となる──」
カレン「かるたは87センチの陣地の中で」
カレン「戦略、記憶力、瞬発力、胆力が試される 女の意地を賭けた戦争──」
カレン「私の課題はどんな展開になろうとも」
カレン「動ずることなく己れを信じ 自分の力を発揮すること」
カレン「私はそれぞれ三段に並べられた 50枚の札の配置をチラッと眺めた」
カレン「得意な札、こだわりの札などが戦術に沿って配置されている」
カレン「一流ともなればこの配置を制限時間の 15分以内に」
カレン「自分の目に焼き付け 正確に記憶することができる」
カレン「いよいよ三ッ木クイーンと挑戦者の水上六段が向かい合った」
「水上六段は火の出る様な視線で 三ツ木クイーンはうっすらと半目で 並べた札を見つめている」
カレン「私は小さく息を吸い、クイーン位決定戦の 序歌を詠んだ」
カレン「♪難波津に咲くや この花 冬ごもり 今を春べと咲くや この花」
カレン「クイーン戦の読み手を任されるとは まさに青天の霹靂だった──」
カレン「ベテランの読み手の先生方が皆、急病や 家庭の事情で辞退が相次ぎ」
カレン「まだ経験の浅い私に この大役が回ってきたのだ」
カレン「この決定戦を読み手の私の失敗で 台無しにするわけにはいかない」
カレン「いまを春べと 咲くやこの花──」
カレン「私は決意も新たに序歌の下の句を読んだ」
終わり
冒頭から、クイーン位戦の挑戦者たる空気感を纏い、意気込み十分なカレンさんが……あれっ?
あまり身近でないジャンルのお話なので、場面などを想像するのに意識が向いてしまいましたね。お見事です
ミスリードの意外性もさることながら、普段は目立たない読手という存在をフィーチャーした設定が新鮮でした。読手も有段者だし、クイーン戦は普通は専任が務める大役だからカレンにとっても大舞台であることは間違いないですね。「星に願う女」と同様、爽やかな後味が残る「騙された」でした。