〇シックなバー
　　『大切な話がある』と職場の私の机にメモを残した人物に会うため、私は指定された店にやって来た。
須本アツシ「やあ月野さん、隣どうぞ」
月野ハルカ（スッポンだったのか、最悪）
　　須本アツシ。しつこい性格で女子社員たちからスッポンとあだ名されている。
月野ハルカ（まあいいわ。容赦なくＮＯを突きつけてやるから）
須本アツシ「ビールでいい？」
月野ハルカ「いいえ。ビールは飲みません！」
須本アツシ「相変わらずハッキリ言うね。その物怖じしない性格、いいね～」
月野ハルカ（あんたに言われても嬉しくない）
須本アツシ「こうして偶然出会えたのは何かの縁だよな」
月野ハルカ（あんたが呼び出したんだろ！）
須本アツシ「ねえ、俺と付き合・・・」
月野ハルカ（告白ならＮＯよ！）
須本アツシ「付き合う気なんてないよね？」
月野ハルカ（え？）
須本アツシ「君は俺のこと嫌いだよね？」
月野ハルカ（こいつ、私がＹＥＳと言えないことをわかって言葉を選んでいる！）
須本アツシ「俺、君のことをよ～くわかっているんだよ」
須本アツシ「俺の事嫌いだろ？　俺と付き合いたくないだろ？」
月野ハルカ「えっと、その・・・」
月野ハルカ（ダメだ。肯定的な言葉が出ない）
須本アツシ「返事が無いってことは」
月野ハルカ（逃げる？　いやダメ。逃げたら勝手に彼女認定されてしまうわ）
月野ハルカ（何とか断らなきゃ）
月野ハルカ「あの、その・・・」
月野ハルカ（ダメだ。やっぱりＹＥＳが言えない）
冬木涼介「お取込み中のところ失礼するよ」
須本アツシ「何だ冬木じゃないか。いつからいたんだよ」
冬木涼介「お前が彼女を口説いている時からだよ」
須本アツシ「ったく、邪魔するなよ」
冬木涼介「それはこちらのセリフだ。先約は俺だぞ」
月野ハルカ「もしかしてあのメモって？」
冬木涼介「さっさと須本に返事しろ。何なら俺が手伝ってやる」
月野ハルカ「手伝う？」
冬木涼介「月野、お前は須本が好きなのか？」
月野ハルカ「えっ」
月野ハルカ「いいえ」
冬木涼介「須本と付き合う気があるのか？」
月野ハルカ「いいえ！」
冬木涼介「須本、そういうことだ。諦めろ」
須本アツシ「諦めるも何も偶然ここで会ったからちょっとからかっただけさ」
　　須本は逃げるように店を出て行った。
冬木涼介「さてと」
月野ハルカ「話って何ですか？」
冬木涼介「注文くらいさせてくれよ。月野はワインは飲まないよな」
月野ハルカ「いいえ」
冬木涼介「マスター、グラスワイン２つ」
月野ハルカ「それで話って何ですか？」
冬木涼介「無い」
月野ハルカ「無い？」
冬木涼介「もう済んだ。『須本には気を付けろ』って言うつもりだった」
冬木涼介「まさかこの店にその須本がいるとは思わなかったが」
月野ハルカ「もしかして私のことを心配して？」
冬木涼介「何とか追っ払えたからいいけど、その体質どうにかならないのか？」
月野ハルカ「なりませんよ・・・」
月野ハルカ「私のこと、よくわかってますね」
冬木涼介「お、俺はお前の指導役だから」
月野ハルカ「ふ～ん」
冬木涼介「しかし困ったもんだな」
月野ハルカ「困りません」
冬木涼介「困るだろ？」
月野ハルカ「困りません。私の代わりにＹＥＳと言ってくれる人がそばにいればいいだけです」
冬木涼介「えっ」
月野ハルカ「どうします？　早い者勝ちですよ」
冬木涼介「俺がなればいいのか？」
月野ハルカ「もう！」
冬木涼介「そ、そうだった」
冬木涼介「俺じゃダメだよな？」
月野ハルカ「いいえ！」
　　『ＹＥＳと言えない女』
　　
　　　　　　　　　　　　　　　おわり