あの夏がまだ続いてる(脚本)
〇ファミリーレストランの店内
目の前で、真っ赤なイチゴがホイップの上を滑り落ちていく。
甘い甘いパフェ。
溶けかけのクリームと一緒に落下する寸前でスプーンに受け止められて、
それは甘い甘い女の子の口の中へ消えていく。
広瀬 巧「あのさー」
広瀬 巧「なんでお前っていっつも、半分残しておくの?」
広瀬 巧「どうせ最後にはなくなるのにさ」
広瀬 巧「そのイチゴパフェだって、最初に食べてから30分はおいてただろ?」
広瀬 巧「絶対一気に食ったほうがうまいと思うけどな」
広瀬 巧「もったいぶらないでさ」
川島 理子「私のパフェなんだからいーじゃん私の好きで」
広瀬 巧「でもさー・・・」
広瀬 巧「てかお前、この前ガッコ帰り」
広瀬 巧「たい焼きも腹から半分に割って片方ずつ食ってたよな」
広瀬 巧「あれは完全にありえねえ」
川島 理子「2個食べた気分になるのがいいんだよ」
広瀬 巧「あとあれ、例の映画一緒に観に行った時」
広瀬 巧「ポップコーンだよ。3種類セットの」
広瀬 巧「本編始まる前に食べきったかと思ったら」
広瀬 巧「各味1こずつだけ残してエンドロール中に大事そうに食ってやんの」
広瀬 巧「その数粒は一体いつ食べんだ?って」
広瀬 巧「俺映画中気になっちゃって集中切れたぜ」
川島 理子「だからぁ」
川島 理子「広瀬が気にすることないじゃん」
広瀬 巧「気になんだよ!」
広瀬 巧(そういえば)
広瀬 巧(こいつに初めて会った時も・・・)
(放課後、俺がパンクしたチャリ押してのろのろ歩いてたらあいつに話しかけられたんだよな)
(そしたらあいつ、自分のチャリに乗っていいとか言い出して・・・)
『かわりばんこで乗ろう』
『かわりばんこ?』
『うん。疲れ、半分』
『なあ、ゆっくりこぐの逆にキツいだろ。あんた早く行っていいよ。俺ダッシュするから』
『私、早く進める解放感は後にとっておきたいタイプだからいいの!』
(そう言って、俺の速度に合わせてくれたんだっけ)
(いつもそうだったな・・・)
(昼下がりの住宅街、重たいチャリ、気の抜けた会話、あいつの笑い声)
(今でも覚えてる)
おーい、聞いてんの?
おーい広瀬ー
川島 理子「・・・」
広瀬 巧「フッ」
川島 理子「何笑ってんの?」
広瀬 巧「いや、なんでも」
広瀬 巧「やっぱおかしいよお前の「とっておき癖」」
川島 理子「・・・楽しいことはずっととっておきたいから」
広瀬 巧「え?」
川島 理子「イチゴがなくなっちゃうの嫌だから」
川島 理子「どーせ食べちゃうとしても」
川島 理子「できるだけ長く残しておきたいの」
広瀬 巧「ふーん」
広瀬 巧「何が違うわけ?」
川島 理子「気持ちの問題」
広瀬 巧「もうすぐ夏休みも終わりかあ」
広瀬 巧「休み明け、クラス替えあるんだよな」
広瀬 巧「あ、そうだ」
広瀬 巧「お前に借りてたこの本返すよ。面白かった」
広瀬 巧「続き気になってたから一気に読んじゃった」
川島 理子「いいよ。まだ持ってて」
広瀬 巧「え、でも・・・」
川島 理子「いいから」
川島 理子「面白かったんなら、持ってて」
広瀬 巧「でも下巻だけ持ってたってしょーがねーじゃん」
川島 理子「いいから」
返したら、二人の思い出が終わってしまうから
楽しいことはずっととっておきたいから
おわり
人生とは物質ではなくその背景に流れる時間を味わうものだという哲学的な味わいのあるストーリーですね。物語を途中まで読んで残りを明日に読もうかと思ったけど読んじゃいました。理子の境地にはまだまだですね。
私も食べ物などを最後までとっておくタイプなので、理子さんの気持ちわかるなーと読んでました。そんな彼女の癖からお話が甘酸っぱい恋心に着陸って、イイですねー!
大好きな人と時間を共有したり、想いを共感することってお金では買えない幸せをもたらしてくれますよね。不器用だけど、その彼女の気持ちが彼に届く様がとてもよく描写されいると思います。