読切(脚本)
〇会見場
ご自身を一言で表すなら、何でしょう。
マイクを握る女はさして悩むことなく、キックですね、と答えた。
『蹴る女』
複数の人から、何ともつかない声が漏れた。
期待通りではなかった、という気体が空中を覆う。
女「少し自分のことを話してもいいですか?」
女は微笑む。
女「私には二人の兄がいて、その二人ともがサッカーをしていたんです」
女「小学校に入る前から一緒にボールを蹴っていたものですから、」
女「地域の少年サッカークラブに入るころには、自分でいうのもなんですが頭一つ抜けていて、」
女「すぐに試合に出られるようになりました」
なるほど、と呟く声が聞こえる。
なるほど、キックか。
女「将来はプロでやっていけると両親にも、今思えばお世辞でしょうが、」
女「そう言われて真に受けた私は、海外チームに入ることを見据えて外国語を勉強し始めたんです」
女「英語と、スペイン語を」
強いチームはどこ?と聞いて、そりゃイギリスかスペインのチームだな、と答えた父を思い出す。
父は純粋に強いチームを言っただけなのだろうが、その時の私は自分がいるべき場所を想像していた。
女「でも、高校生になると兄に勝てなくなって、それでプロの選手になることは諦めました」
女「人生で唯一の諦めはこれですね」
少し照れくさそうに笑う。
女「その次は、バイクです」
女「これは兄の影響ではなく自分の趣味ですね」
女「大学生だった当時のバイト先の店長が動かないバイクを譲ってくれるというので、独学でレストアしたんです」
女「その古いバイクはエンジンをかけるときにキックスターターを使うんですよ」
女「それがカッコよくて」
女「機械いじりが好きになったきっかけですね」
細身の女性ながら、大型バイクを趣味にする店長を思い出す。
どうせ乗るならデカいほうがいいと笑う店長とは、今でも仲がいい。
女「そして就職のときですね」
女「有難いことに大手の企業から内定を貰っていたんですが、自分のやりたいことを考えたとき、本当にこの会社でいいのか迷って、」
女「結局内定の話を蹴って外資系メーカーに就職しました」
女「少なくとも、何も考えずに就職していたら今の自分はありませんでしたね」
私の人生は、キックが多いんですよと笑い、マイクを置く。
「なるほど、では、そのキックが上手な日本人最年少の女性宇宙飛行士に質問がある方はいらっしゃいますか?」
司会の男性が客席を見回し、一人の少年を指名する。
「おねえさんは宇宙に行ったら、何を蹴るの?」
吹き出しそうになるのを堪える。
女「そうね、どうせ蹴るなら丸いほうがいいから、月でも蹴ろうかな」
いったい何の記者会見だろうと不思議に思いながら読み進めていたら、最後に見事なゴールシュートを決められた気分です。読了感がスカッとする素敵なお話でした。
サッカー選手を目指した時は外国語を勉強したり
バイクに乗るとなったら大きいバイクを乗ろうとしたり
この女性は自分の目標のためには努力を惜しまない方なのだなあと思いました。
自分はそういうタイプじゃないので尊敬します。