小劇場にて

阿楽溟介

小劇場にて(脚本)

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阿楽溟介

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〇黒背景
  街灯の下、ベンチに座る二人の男女という構図である
  男は金の髪をなでて言った
男「ああ、君は素敵だ なんて美しい金の豊かな髪だ!」
女「いけないわ 私には心に決めた人がいるのよ」
女「ああだけど、あなたもとても素敵よ」
女「素敵だからこそ、私は困ってしまうの」
  男のほうはこれといった特徴のない顔立ちの間男である
  隣の美女には誰の目にも不釣り合いだろう
  何せ彼女のほうは、かつて在籍していた劇団では看板女優だったのだから
男「ああ、君と過ごす日々こそが、僕の人生のすべてなんだ」
女「私だってそうよ いいえ、そうなってしまったのだわ」
女「私は堕ちてしまったの 恋という悪魔に出会って・・・誓い合ったはずの愛をかなぐり捨てて!」
男「恋は悪魔じゃない、天使さ!」
男「いいかい、彼のことは忘れるんだ」
男「二人でいる時だけが愛の全てなのだから!」
男「二人の蜜月をたのしもう そう、温かなベッドの中で!」
女「ああ、またあなたの情熱で私を満たしてくれるというのね!」
  男は立ち上がると両手を広げ、天を仰いだ
男「そうさ! もう僕には君しか見えない!」
男「君にはこの空が澄みきった青空に見えるだろうが、僕には君の笑顔が一面に広がっているように見えるのさ!」
女「私だって、この瞳にはあなただけが映っているのよ!」
  背中から抱きつかれた男は満足そうに目をつぶった──

〇公園のベンチ
  ──数秒して男は目を開いた
  そして叫んだ
男「な、何やってんだあんた!」
女「ど、どうしたの?」
  ようやくこちらに気付いたらしい
  私は公園の植え込みから姿を現して言った
探偵「どうも ワタクシ、探偵をしている者です」
探偵「実はこの度、あなたの奥様に浮気調査を頼まれましてね」
探偵「こうして尾行しておったというわけです」
女「なんですって!? あなた・・・」
  ピシャリとするどい音を立てて、男の横面に平手が飛んだ
女「結婚していたなんて私、聞いていないわ!」
男「待ってくれ! 妻とはちゃんと、けじめをつけるつもりだった──本当だ!」
女「もう嫌! 顔も見たくないわ!」
女「もう何もかも全部終わりよ! 終わりなんだわ!」
  遠ざかるヒールの音
男「ああ、行ってしまった・・・」
探偵「しかし、ひとけがないとはいえ、わざわざこんな公園で白昼堂々とはいかがなものでしょうな」
探偵「青空の下での逢い引きというものは、存外に興奮するものなのでしょうか」
探偵「支離滅裂な台詞はどうあれ、情熱的な「お芝居」でした」
男「う、うるさい」
  劇場公演――激情公園
  そんな下らない駄洒落が浮かんで、私は首を振る
探偵「調べによると、あなたのほうはただのサラリーマン」
探偵「過去に演劇の経験はないでしょう 相手の趣味に調子を合わせた、そんなところでしょうか」
探偵「元舞台女優との逢瀬・・・あなたもまた、人気役者にでもなったおつもりだったのでしょうかな」
男「ぶ、侮辱するのか」
探偵「いえいえ 燃え上がるそのお気持ちは痛いほどに分かりますとも」
探偵「そしてその情熱と興奮そのままに、今日もホテルへと・・・予定が狂いましたな」
男「そ、そんなことは、決して──」
探偵「隠さなくてもよろしい 先日までの調査で十分、お二人の関係を裏付ける証拠は押さえておりますから」
  男は顔を真っ赤にして、こちらを指差す
男「と、とにかく、まずはそれを下げろ! いったい何のつもりだ」
  彼が気にしているのは、私がずっと彼に向け続けている携帯電話のことだろう
探偵「お気になさらず」
男「ふざけるな!」
男「動画を撮っているんだな? 今すぐ停止してデータを削除するんだ」
男「妻に知れたら僕の命が危ないんだ!」
探偵「命ですって? 何を大げさな そんな物騒な人間が世の中に何人もいるものですか」
男「冗談じゃなく、やばい女なんだよ」
男「今までに押さえた証拠とやらも、全部引き渡してくれ、金なら出す」
男「いくらだ? 全財産を投げ打ってでも工面するから」
探偵「魅力的なお話ですが、あいにく金を使う予定が立ちません」
探偵「それに何より、もう手遅れなのです。何しろ、これは生配信なのですから」
男「な、生配信だと?」
探偵「ご安心下さい プライベート設定にしております」
探偵「ご招待した特定人物だけが観劇できる、なんともちっぽけな「小劇場」というわけでして」
  その時、男がびくりと跳ねて、ズボンのポケットに手を当てた
男「ま、まさか・・・」
探偵「おやおや、着信があったようですな?」
探偵「唯一の観客──そう、あなたの奥様からのお電話でしょう」
  ビデオ通話では長時間のデータ保存は困難だが、動画配信サイトなら実質無制限──世の中便利になったものだ
探偵「この度の素敵な一幕に対する、ご感想をいただけるのかもしれませんな」
探偵「どうぞ、私に構わずお出になってください」
探偵「今のご様子も、奥様は私の事務所のパソコンで、リアルタイムに鑑賞中なのですから」
探偵「ほらほら、急がないと」
  パクパクと口を動かすと、彼はようやく電話に出た
  電話の向こうから金切り声があふれ出してくる
「何してくれてんのアンタ!」
男「ち、違うんだよ、お前・・・ これには深いワケが・・・」
  何を言っても、どうにもならないだろう
  これ以上、哀れな彼を映す必要もあるまい
探偵「今や誰もが小劇場を構える時代です」
探偵「演じる役は慎重に選ばれたほうがよろしいかと」
  私はその場を後にして車に乗り込んだ

〇おしゃれな住宅街
  携帯電話を操作してGPSアプリを起動し、車を走らせる
探偵「まったく・・・ 『恋する阿呆は死ぬほどばかをするもんだ』」
探偵「これにて幕引き」
  アクセルを踏み込むとやがて鈍い衝撃があり──
  車体の下へと、金の髪を広げた妻が消えた

コメント

  • まさしく演劇のような台詞回しでしたね。旦那さん。笑
    でも、便利な世の中になりましたよね。浮気現場も生中継とか。
    最後ちょっと怖かったです!

  • 演劇のような語り口調で、舞台の台詞回しがイメージされました。人生誰しもが役者かもしれませんが、演目と役柄によっては本作のような哀れな幕引きになってしまいますね。

  • まさに演劇の中で繰り広げられるお芝居のようでした。しかし、便利な世の中になり、悪いことをしようと思ったら逆に不便になったりもしましたね。ライブ配信されたらたまったもんじゃない。現代ならではの恐怖がよく表現されていると感じました。ゾゾー。

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