初心LOVE(脚本)
〇花模様
・・・恋なんて、自分には関係ないモンやと、今までは思うてた。
誰かを愛する事、誰かに愛される事。
そんなん、正直分からんかった。
同期の楢山が、二十歳で結婚したと聞いた時は、アホやと嗤った。
長い人生、1人の女に縛られて生きて行くなんて、真っ平やった。
どうせワシなんて、生きてようが死んでようが、誰も気にしてないやろし、ワシかて他人のあれこれに、興味なんてない。
一人酒がつまらんなら、適当に下のもん捕まえて、奢ってやればええ。
身体がムラムラするなら、金払って、商売女と後腐れないワンナイト。
愛も恋も、ワシには必要ない。
適当に生きて、適当に死ぬ。
それで、良かったんや。
君に、出会うまでは・・・
〇けばけばしい部屋
綾香「今日も素敵やったわぁ・・・ 藤次はん」
棗藤次「こっちこそ、相変わらずええ仕事してくれておおきに。 ほら、チップ。 好きなモン買い」
綾香「いややわぁ、ウチそんなつもりで言うたんやおへんえ? それにこないな大金、お女将(おかあ)はんに叱られてまうわ」
棗藤次「ははっ! ホンマ、とことん演技に徹してくれるな。 逆に気持ちええわ。 金なんていくらあっても困らんやろ? 持っとけ!」
綾香「せ、せやけどホンマに・・・」
棗藤次「あ。 時間や。 延長はまた今度な。 ほな」
綾香「と、藤次はん・・・」
〇街中の階段
・・・後腐れない関係。
吐き出した欲望。
金に困らん公務員の検察入れたんも、仕事の鬼で挙句過労でくたばった父親の七光のおかげ。
そこだけは感謝して、月命日には花を手向に行く。
病弱でずっと入院しとる母親には、もう何十年も、会うてない。
姉ちゃんから、お母ちゃん会いたがってるえと聞くけど、手料理すら食べさせてくれへんかった女に、なんでええ顔せにゃならんねん
世の中須く、ギブアンドテイク。
求めたいなら、相応のもんを出す。
それが、40手前で生まれ故郷に戻ってきたワシが開いた、悟り・・・
棗藤次「・・・そろそろ綾香とも潮時やな。 次は祇園にでも行くか? せやけどあの辺て、色々しきたりがなぁ〜」
そうぼやきながら、コンビニ弁当片手に家に帰ってた時やった。
棗藤次「あ! せや。 図書館で借りてた洋書、返却期限今日や」
時計を見ると7:30。
たしか、区の図書館は20時閉館。
めんどくさい思うたけど、借りたモンは返すはポリシーやし、ワシは渋々、図書館に向かった。
〇綺麗な図書館
棗藤次「すんまへん。 借りてた本、返しにきたんですけど・・・」
笠原絢音「あ、はいっ!! ・・・きゃあっ!!!」
棗藤次「はっ?!! えっ!!?」
──図書館入って、掲示板で作業してた職員に声掛けたら、その職員はワシの声に驚いたんか、脚立から足を踏み外す。
慌てて抱き留めた瞬間、フワリと、商売女はからは絶対嗅げない、淡く品の良い白梅の香りが、鼻を掠める。
棗藤次「・・・っ!!」
笠原絢音「ああすみません! 私ったらいつもこうで・・・ ご返却ですよね?」
棗藤次「・・・・・・・・・・・・」
笠原絢音「あ、あの・・・」
棗藤次「あ! わあ! す、すんません! ワシ、あの、これ・・・」
匂いに夢中で身体を抱きしめたままやったから、戸惑いを露わにする職員から離れて、ワシは鞄から本を出す。
笠原絢音「・・・あ! これ、私が選んだ本です。 こんな難しい本読めるなんて、凄いですね」
棗藤次「あ、や、その・・・ 英語好きやし、なんかテーマも興味深いもんやったし・・・」
笠原絢音「わあ! 嬉しい! この作家さんマイナーなんですけど凄く素敵な文章書かれてるから、私・・・好きなんです」
棗藤次「あ、そ、そうなんや・・・」
笠原絢音「はい! 京都の大きな本屋さんになら置いてありますから、是非、他の作品も読んでみてくださいね!」
棗藤次「あ、ああ・・・ そうするわ。 ほな、ワシ・・・」
笠原絢音「あ! ごめんなさい! 私ったら引き止めて! 助けてくれてありがとうございます! 是非また、遊びに来て下さいね!?」
棗藤次「あ、ああ・・・」
・・・そうして脚立と本を持って去って行く職員の女が貼り付けていた掲示物を、ワシは見る。
棗藤次「なんや、子供向けの読み聞かせ会の知らせか。 主催は・・・かさはら、あやね? さっきの女か?」
子供向けやし、主催のかさはらあやねがあの女かどうかも分からんし。
けど・・・
棗藤次「土曜日、どうせ暇やし、大人も参加してええみたいやし・・・ちょお、参加してみよか、な」
なんとなくやけど、あの女職員に、また会いたくて、ワシは手帳に読み聞かせ会の時間を書き込み、その場を後にした・・・
・・・今にしてみれば、これが全ての、始まりやったんやろうな。
〇個別オフィス
棗藤次「・・・・・・・・・」
〇綺麗な図書館
笠原絢音「(是非また、遊びに来て下さいね!)」
〇個別オフィス
京極佐保子「・・・じ!検事!!」
棗藤次「あっ!! す、すまん! ちょう呆けとった! な、なんや?」
京極佐保子「なんやじゃありません!! さっきの聴取、甘すぎます!! 仕事なんですから、もっとしっかり取り調べて下さい!!」
棗藤次「あ、ああ・・・ すまん・・・」
京極佐保子「・・・は?」
棗藤次「な、なんね」
京極佐保子「い、いえ。 いつもなら、「そない怒りなや〜。可愛い顔だいなしやで〜」って茶化してくるのに・・・ 熱でもあるんですか?」
棗藤次「あ、やっ、 し、失礼なやっちゃな! わしかてたまには素直に謝るわ!! ほ、ホラ!次!! 呼んで!!」
京極佐保子「は、はぁ・・・」
・・・なんや。
なんや。
あんな、どこにでもおるような女が、なんでこんなに、気になるんや・・・
分からん
分からん
こんなん、初めてや・・・
〇けばけばしい部屋
綾香「藤次はん。 また来てくれて、ウチ嬉しいわぁ・・・」
棗藤次「あ、あぁ・・・」
──心に張り付いた靄を晴らすために来たけど、頭に浮かぶのは、あの職員の女の笑顔・・・
〇綺麗な図書館
笠原絢音「(是非また、遊びに来て下さいね!)」
〇けばけばしい部屋
綾香「・・・藤次はん。 可愛い・・・ ウチ、今日も頑張るえ・・・」
棗藤次「あ・・・その・・・」
なんや・・・
なんなんや・・・
分からん
分からん
けど・・・
もう・・・
〇綺麗な図書館
笠原絢音「(是非また、遊びに来て下さいね!)」
〇けばけばしい部屋
棗藤次「ごめん!!!!!」
綾香「と、藤次はん?!!!」
棗藤次「ごめん!! ごめん!! せやけど、もうワシ、アンタを抱けん!! ごめんっっ!!!」
綾香「・・・それってひょっとして、誰か好きな人、出来はったん?」
棗藤次「えっ?」
好きな・・・人・・・?
呆然とするワシに、綾香はふっくり笑いかける。
綾香「なんか、ウチ嬉しわ。 ようやく、ホントの藤次はん見られたみたいで・・・」
棗藤次「な、なあ 知っとるなら教えてくれ! この気持ちはなんや!? この、会いとうて会いとうて もう一度笑いかけて欲しい気持ち」
詰め寄るワシに、綾香は優しく囁きかける。
綾香「藤次はん。 それはきっと、 ううん。 絶対、 「恋」やわ・・・」
棗藤次「こ、恋・・・ こんなに、苦しいのが?! こんなに、切ないんが?!」
綾香「そうや? 楽しいだけが、恋やおへん。 酸いも甘いも、みんなみぃんな・・・恋や」
棗藤次「あ・・・」
綾香「言われるのは嫌やから、先言うな? あと、これも。 今までおおきに。 お幸せに。 ・・・さよなら」
棗藤次「あ、綾香・・・」
差し出された、今まで渡してたチップの山を握りしめて、もう来たらあかんえと釘まで刺されて、ワシは店を後にした・・・
〇綺麗な図書館
棗藤次「い、勢いで来てみたけど、おるかな?」
──土曜日。
ワシにとって、運命の日になった日。
ドキドキと胸を打つこの気持ちを恋と言われて、ワシは正直、どんな顔して、あの女職員に会えばええか、分からんかった。
恥ずかしい話、今まで女の方から擦り寄って来て始まる関係しか知らんくて、自分から行動起こすなんて、初めてで・・・
苦し紛れに、あの女職員が好きや言うてた作家の本手土産に来てみたけど、やっぱり、引き返すべきか?
恋なんて・・・ワシには
笠原絢音「あ! こないだのサラリーマンさん!! こんにちは!!」
棗藤次「あっ・・・」
ウソやろ・・・
会えた・・・
嬉しそうに、笑いながら駆け寄ってくる女職員。
背も胸も小さいし、顔かて普通。
そこら辺におる、普通の女。
相手にしたかて、なんの得もない。
せやったら、なんでこんなに、四六時中気になって、気になって、
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私も藤次さんみたいに結婚なんて出来ないんだろうなあと思って諦めていた時主人との出会いがありました。私も神様っているんだろうなあと思っているくちです。2人の馴れ初め、本当に素敵です!
「一人が一番気楽で、自分は恋愛や結婚とは無縁の人生なんだ」と思っている人に限って、運命的な出会いで全てが一変することもあるのが人生ですよね。藤次さんと絢音は本当に出会うべくして出会った二人なんですね。