僕と、17歳の母

chisa

読切(脚本)

僕と、17歳の母

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〇空
  ”僕の歳が母が生きた時間をこす年の夏”
  ”僕は17歳の母と出会った”

〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
片山隼人「おはよう。母さん」
  僕は両の手のひらを合わせ即席の小さな
  母の仏壇に挨拶をした。
  これは朝の習慣の1つ。
  いつも変わらないこの行為、
  僕の先に母の写真が飾られている。
片山隼人「僕も明日で31歳です・・・」
  今日までが僕の最後の30歳。
  そして当時の母が死んだ歳。
片山隼人「明日・・・、僕は母さんの歳を越します」
  夏のむさ苦しく暑い部屋の中、目覚めたばかりであまり働かない頭で、
  いつもより数分長く僕は母を見つめた。

〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
片山隼人「急げや、急げ!遅刻は厳禁だぁ♪」
  パンを焼きテレビをつけながら
  会社へ出勤の準備をする。
  テレビではいつもすましたキャスターが
  変わらず原稿を呼んでいる。
片山隼人「っん・・・!?」
  ”匂い”がした。
  一瞬で頭はその匂いを理解していた。
片山隼人「・・・懐かしい。実家の匂い」
  その”匂い”に釣られてそちらを振り向く。
片山隼人「・・・えっ!?」
  黒髪が僕の前で揺れた。
  そこには何回も叔母が僕に見せたアルバムに映った顔があった。
片山隼人「・・・母さん!?」
  17歳の母だった──。

〇オフィスのフロア
片山隼人(仕事に全く集中出来ないな・・・)
  僕の母は僕を30歳という当時では高年齢の時に出産し、その出産で命を尽きた。
  父はいなく、僕は母の祖父母に引き取られ育てられた。
  自分の両親がいない劣等感や寂しさに思春期の僕は戦っては一人で悩んでと
片山隼人(そのことに振り回される時期もあったな〜)
片山隼人(もうこの歳になって、そんなことで悩むことはあまりないけど・・・)
片山隼人(それに母の死で僕の生を否定することはしたくないしね・・・)
  僕は仕事の資料に目を向けた。
片山隼人(アルバムの写真の母はいつだって変わない)
片山隼人「僕には変わらず、ただいつもそこに事実があるだけなんだよな・・・」
  一方的なこの思いは何かに混じることはなくただ僕の中にあった。

〇休憩スペース
片山隼人「ふぅ・・・」
立花さん「片山さん、休憩ですか?」
片山隼人「うん、ちょっと集中が切れちゃってね」
立花さん「ふふ、そーなんですか。休憩って必要ですよね。私は今からお茶出しなんです」
片山隼人「そっか。毎日大変だね」
立花さん「まぁ、これが仕事ですからね!」
片山隼人「じゃあ、僕もそろそろ戻ろうかな」
立花さん「私に気を遣わなくても・・・。 ですが、片山さんも頑張ってくだいね」
  そこで、ふと彼女は視線を下げた。
立花さん「そういえば、ずっと思ってたんですけど、それ、直したほうがいいですよ」
  彼女の指先は僕の靴を指していた。
立花さん「かかとに踏み癖の後ついてますよ。そういうとこ結構見られてるもんですから」
片山隼人「そっか・・・。 気をつけるね」
片山隼人(そーいえば・・・。 同じような跡をどこかで見たような・・・)

〇玄関内
片山隼人「・・・あっ。ここにあった」
  僕の靴の踵の跡と同じような跡が母のローファーにもしっかりとついている。
片山美咲「おかえりなさい」
片山隼人「あ、う、うん。 ただい、ま?」
片山隼人「ごめんっ。驚いて。おかえりって久しぶりに聞いたから・・・」
片山美咲「・・・・・・」
片山美咲「・・・あのね。ずっとこの部屋で考えてたんだけど・・・」
片山美咲「なんで私がここにいるのかやっぱりわからなかった・・・」
  母は少しためらうように、そう告げた。
片山隼人「・・・そっか」
片山隼人「お腹減ったでしょ」
片山隼人「もう夕飯の時間だし、一緒に食べようと思ってお弁当買ってきたんだ」
片山美咲「・・・・・・」
片山美咲「普通さ、一緒に作るとかじゃないの? せっかく会えたなら・・・」
片山隼人「え、そうなの・・・!?」
片山美咲「・・・・お味噌汁」
片山隼人「え!?」
片山美咲「お味噌汁くらいなら作れるよ」
片山隼人「あぁ、うん、お味噌汁ね」
片山隼人「・・・一緒に作る?」

〇アパートの台所
  トントントントン
  僕の横では母が包丁でほうれん草を切っている。
片山隼人「ねえ、自分の未来とかについては聞かないの・・・?」
片山美咲「聞かないよーにすることにした」
片山隼人「・・・そっか」
  和丸い鍋のお湯の中、茶色が混じって溶けていく。
片山隼人「料理とかするの?」
片山美咲「学校の家庭科とかでしかしないかな」
  暑苦しい部屋をさらに鍋の熱気で
  温度を上げる中
  母とこうして横並びに料理する事に変な気はしたが、別段嫌な気はしなかった。
片山美咲「・・・ふふ。誰かと一緒にお味噌汁作るの初めてかも」
片山隼人「・・・そっか」

〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
  そーして、僕の前には一杯の味噌汁がいる。
片山美咲「いただきます」
片山隼人「・・・いただきます」
  味噌汁に僕が映り込む。それをを箸でかき回す。
  ほうれん草や味噌が色々混じったそれは、
  僕のよく知っている味噌汁だった。
  僕はそれをゆっくりと飲んだ。
片山隼人「・・・懐かしい」
片山美咲「懐かしい?」
片山隼人「うん。ばあちゃんがよく作ってくれた味だなって・・・」
片山隼人「学生の頃、毎朝よく作ってくれたんだ」
片山美咲「そっか・・・。君の味・・・」
片山隼人「ばあちゃんのってか・・・。そっか・・・。これは母さんも一緒か」
片山美咲「なんか不思議だね。同じ味を懐かしむって」
片山美咲「美味しい・・・?」
片山隼人「美味しい・・・。 美味しいよ」
片山美咲「うん。・・・ありがとう」

〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
片山美咲「あのさ・・・」
  彼女は夕食の後、僕に慎重な面持ちで言葉を投げかけてきた。
片山美咲「考えてみてさ、あなたのこと愛してるとかはわかんないけど」
片山美咲「確かに言えるとしたら・・・」
片山美咲「”私がいるからあなたはここにいる”」
片山美咲「それだけは確かで、言える」
片山隼人「・・・・・・」
  彼女のこの目を僕は忘れることは出来ないだろう。
  一瞬、ほんの一瞬の瞬間だけ僕は彼女と
  一緒になった。
片山隼人「・・・・・・・・・はあ」
  何かを言ってあげなければならないと頭でわかってはいたが、
  反射的にその吐息だけしかもらせなかった。
片山美咲「やっぱり貴方が私の子供って言われても・・・」
片山美咲「考えたことなかったからよくわからない」
片山隼人「当たり前だ」
片山隼人「その歳で自分の子供の事を考える人はそういないだろう・・・」
片山美咲「そっちは、子供は?」
片山隼人「僕も考えたことなかったな・・・」
片山美咲「一緒じゃん」
片山美咲「私と、同じだね」
片山隼人「そうなのかもしれない・・・」
片山隼人「僕もまだ高校生の・・・」
片山隼人「あの時の気持ちのままなのかもしれない・・・」
  まだあの夏の青春の中に閉じこもって、僕はあそこで何かを求めているのかもしれない。

〇農村
  ミーンミンミンミン
  蝉がせわしなく命を泣き叫ぶ
  空には飛行機雲が一直線に線を描いている。
田中くん「隼人!いくぞー!」
  友達が僕を真夏の下で呼んでいた。
片山隼人(高校生)「おーう!」
  僕は頭に汗をかきながら手を振った。
  ねえ!
  唐突に僕にその言葉が落ちた。
  僕はその声のほうへふりかえる。
  黒髪をなびかせて、そこにいる。
  彼女に振り返る。
田中くん「おーい!隼人!先行ってるぞ!」
  友達の声が遠くで流れる。
片山美咲「手 。繋ごう」
  僕は僕に向かって伸びている、その曲線を見た。
  日光の反射によって、浮き出た存在へと僕も自分の腕を伸ばす。

〇田園風景
  午後、1番太陽が暑い昼盛り。
  自分を感じる暑さに刺されながら僕達2人は田んぼ道を手を繋ぎ歩いている。
  僕達の他に誰もいない。
片山隼人(高校生)「そーいえば、ばあちゃんが死んだのは高校生の夏だったんだ」
  僕の手をしっかりと握り少し前を歩く彼女に話しかけた。
片山美咲「・・・・・・・・・」
  まっすぐ、進む僕達を今の時間がはっきりと映し出す。
  太陽に雲がかかり、彼女のスカートを風が膨らませては通り過ぎなびかせた。
  すると、セーラー服のスカートが白いロングスカートに変わっていった。
  その白いロングスカートをはためかせて
  青色のシャツをきた母親が
  白地のTシャツをきた小さな僕の手をしっかりと握り歩いていく。
  繋がれた母の長く細い腕の先。
  一面に青空が広がる。
片山隼人(子供)「・・・母さん」
片山美咲(30歳)「ん?なあに?」
片山隼人(子供)「・・・・・・あのね」
片山隼人(子供)「・・・・・・」
  この暑い青も日光も白も真下にある影も僕たちをはっきりと際立たせている。
片山隼人(子供)「・・・ありがとう」
片山美咲(30歳)「・・・はい。こちらこそ」
  まっすぐに。まっすぐに。
  僕と母の影が夏に溶けていく。

〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
  はっと僕は喉の渇きを覚えて目を覚ました。
  時計を見ると、針は12時をとっくに越している。
  夜の薄青い光が1人の僕と静かな部屋の中を照らす。
片山隼人「誰もいない・・・」
片山隼人「・・・ふっ」
片山隼人「まだ片づけしてないのに・・・」
  僕はカレンダーの無機質な枠の中の1つの数字を見つめた。
片山隼人「・・・さようなら。母さん」
  今日僕は31歳になった。

コメント

  • 私も父が亡くなった40歳という年齢に達する前後、自分のそれまでの人生と照らし合わせて、父はどういう気持ちだったのかなあとか色々と考えたことを思い出しました。親子の縁というものがとても優しく表現されたストーリーですね。

  • 切ないお話なんですが、なぜか心が温まる感じがしました。
    お母さんと本来作るはずだった思い出を、今作るためにお母さんは現れたのかな?と。

  • なんだか切ないけど、心温まるお話でした。
    ほんの少しだけだけど、お母さんと過ごせて、お母さんとの思い出ができてよかったなあと思います。

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