〇雪に覆われた田舎駅
　　学校の帰り道に、俺は昔からずっと変わらない、その風景をぼんやりと見続けていた。
　　雪の積もった帰り道・・・・・・俺は、今でも鮮明に残る思い出に手を伸ばす。
　　それは、俺に包み込まれるような暖かさをくれる。
　　だが最後には、体の横を通る風の冷たさが残るのだ。
恭（俺）「・・・何してんだろうな、俺」
　　もう、何年も前の思い出なのに。
　　君はもう、ここには戻ってこないのに。
　　明日には、気温が高くなるそうだ。
　　　そしたら雪が降り積もるこの景色も、次第に見れなくなる。
　　この数年間、陽の光は心に張り付いた寂しさを一緒に溶かしてはくれなかった。
　　きっと今年も、同じなのだろう。
　　俺はまた、あの冬に置いていかれるのだ。

〇雪に覆われた田舎駅
遥「きょーくん！」
　　後ろから駆けてきた彼女が、俺に話しかける。
恭（俺）「なんだよ」
遥「えへへ、呼んだだけー」
　　彼女の名前は小原 遥。
　　遥は小学生からの付き合いの、幼馴染だった。
　　小学生になったばかりの頃は、遥は俺より背が高かった。しかし、中学生になった途端に俺は彼女の身長を追い越したのだ。
　　遥は、俺に身長を抜かれたことに対して悔しがると思いきや、むしろ喜びを見せた。
　　どうしてなのか理由を聞いても、「ひみつ！」の一点張りだ。
遥「あ〜あ、ほんと寒い！」
遥「きょーくん、ポケット貸して！」
　　遥は寒がりな癖に、常に薄着をしていた。
　　だから一緒に帰るとき、いつも俺のポケットに手を入れてくるのだ。
恭（俺）「またか！そんな寒いなら厚着して来いよ！」
遥「やだ」
　　そう言って、彼女は既に俺の手が入っているポケットに手を捻じ込む。
　　もうポケットの中がはち切れそうなほどパンパンで、ポケットに入れた手がかなり窮屈だ。
　　彼女の雪のように冷たい手が、俺の手に触れる。
恭（俺）「うわっ、つめてぇ！」
遥「私はあったかいよー！」
恭（俺）「お前なぁ・・・・・・」
　　幸せそうに笑う遥。
　　俺は彼女に冷たい態度を取っているが、本当は全く悪い気はしていない。
　　彼女はそれを分かった上で、こんなことをしているんだ。
　　ポケットの中で触れる氷のように冷たかった手は、時間が経つにつれて、雪解けのように暖かくなっていった。

〇雪に覆われた田舎駅
　　俺は、遥のことが好きだった。
　　彼女との帰り道は、俺の幸せだったんだ。
　　そして、遥も俺と同じ気持ちなのだと思っていた。
　　人生で一番冷たい雪が降った、あの冬までは。
遥「きょーくん。私、話さなきゃならないことがあって」
恭（俺）「なんだよ、改まって」
　　俺は、なんでもない風に取り繕うので必死だった。
　　もしかしたら、告白かもしれない。
　　そんな期待に、胸が高鳴っていた。
遥「わ、私・・・」
　　彼女が軽く息を吸う。そして、彼女は言葉を発した。
遥「明日、ここからいなくなるの」
　　・・・
　　明日？
　　ここから、いなくなる？
　　聞きたいことは山ほどあるのに、言葉が出なかった。
　　こんなに近くにいるのに、こんなに静かなのに、彼女の心の声が全く聞こえない。
遥「お父さんの仕事の都合でさ、連れていかれるんだよね。まぁまぁ遠くに」
遥「今まで言えなくて、ごめん。私・・・こういうの、慣れてなくてさ」
恭（俺）「そんな理由で？」
　　遥を傷つけるつもりはなかった。
　　でも、俺は我慢ならなかった。
　　彼女が遠くへ行ってしまうという衝撃や驚きのままに、彼女を責め立てた。
恭（俺）「そんな理由で、いつも一緒にいた俺に、何も言わなかったのか・・・!?」
遥「・・・ごめん」
恭（俺）「お前にとって俺は、そんなにどうでもいい存在だったのかよ!?」
　　遥は下を向いて黙り込んだ。
　　そしてすぐに俺の目を見て、言った。
遥「でも、さ」
遥「何も心配することないよ」
遥「きっとここから私がいなくたって、きっと何も変わらないんだから！」
恭（俺）「・・・・・・ッ！」
　　胸が、ズキリと痛んだ。
　　今までの遥との思い出が、色褪せていく。
恭（俺）「・・・そうかよ」
　　俺は遥に背を向けて走り出した。
　　頭の中で、彼女に言われた言葉が何度もリピートされる。
　　一人きりの静かな帰り道に、自分の嗚咽が響いた──

〇雪に覆われた田舎駅
　　あの時の彼女の表情は、今でもはっきりと思い出せない。
　　そのくらい、俺は動揺していたんだ。
　　次の日に、遥は雪解けと共に俺の前から消えた。
　　学校で朝礼の時に、担任の先生は遥が転校したことをクラス中に伝えた。
　　クラス中がざわついたのを見ると、彼女は先生や俺以外に、転校することを誰にも言っていなかったようだ。
　　俺と遥のいたクラスはしばらく、遥の話で持ちきりだった。
　　だんだん時が経つにつれて、遥の話題が出ることは無くなっていった。
　　それでも、俺はただ一人遥かのことを片時も忘れることができなかった。
「きょーくん」
　　思い出の中の彼女が、俺に話しかけた。
　　俺は、まだそれに背を向けることができない。

〇雪に覆われた田舎駅
　　今年も、雪は陽に溶けていく。
　　それでもポケットの中は、いつまでも冷たいままだった。