送る星空(脚本)
〇月夜
『待ってたよ。』
『君が来るのを待ってた──。』
主人公「・・・またこの夢」
どこか懐かしい場所。
どこか懐かしい匂い。
どこか懐かしい声。
だけど私の目に映るのは、朧な夜空。
主人公「ねぇ、待ってよ」
投げかけた声は、星に反射して溶けていく。
主人公「あなたは私をずっと待っていたの?」
主人公「あぁ、また勝手に言葉が出てくる」
自分から出た言葉なはずなのに、私はそれをどこか遠くから聞いている。
主人公「私はどうすればいいの・・・?」
芝居がかった自分の声に、じわじわと不快な気持ちが満ちていく。
主人公「・・・ねぇ、気づいているんでしょ?」
主人公「え・・・?」
主人公「気づいてるのに気づいていないフリをして何になるの?」
主人公「何の話? なんで私が、私と・・・」
私が私に問いかける。
私自身のはずなのに、どんな答えを求めてるのかわからない。
主人公「わからないよ・・・」
いつもここで目が醒める。
そして憂鬱な朝が始まってしまう。
でも今日は違った。
主人公「気づかない方が楽だったよね。 でも、この気持ちは私しか大切にできないものだから」
胸元を握りしめ俯いた私を見て、じわじわと怒りが湧き上がってくる。
主人公「この想いは不毛で無意味」
主人公「本当に? 本当にそう思ってるの?」
主人公「思ってるよ! 思ってるから、だから・・・」
じわりじわりと大きくなるこの胸の痛みに、ずっと気づいていた。だけど、認めたたら終わりだから。
主人公「目を逸らした先には、何もないよ」
主人公「あなたは私だから、よくわかるよ」
主人公「・・・私はわからない。このままでいいじゃない。今のままでいいじゃない」
主人公「本当はわかってるはず。 そして、前に進みたいからこの夢を見てる」
主人公「・・・・・・・・・・・・」
いつの間にか、足元には水が張っていた。
主人公「ねぇ、見てて」
もうひとりの私が、一歩踏み出す。
それに呼応して水紋が広がっていく。
広がり消えてまた現れる水紋に、“あの人”の笑顔を映し出される。
主人公「ここはあなたの大切な場所」
私の言葉に顔をあげると、そこには先程の変わらない星空広がっていた。でもそれは、もう知らない星空ではなかった。
主人公「あ・・・・・・」
懐かしい場所。
そうここは、“あの人”が教えてくれた秘密の場所。そこから見た景色。
主人公「届いているはず・・・いや、届くはず」
主人公「だって“あの人”はそういう人だったでしょ」
足元に小さな水紋が広がる。
あぁ、そうだ。
ここに広がるのは私の涙。
そしてこの星空は、最期に“あの人”と一緒に見た星空。
主人公「わからないんじゃない、わかりたくなかった。わかってしまったら、もう事実になってしまうから」
主人公「うん、うん」
主人公「これは夢なんて優しいものじゃない。 愚かな私の逃避そのもの」
主人公「事実から目を背けて、耳を塞いで、全てを拒否した人間が産み出した哀れな虚像」
主人公「もういいんだよ」
主人公「よくない!! 全然よくない!!!! “あの人”はそんなの望んでなんかいない!!」
思わず座り込んだ私の頭を、慈愛に満ちた笑顔をの私が優しく撫でる。
主人公「よく頑張ったね」
自分自身の手の温もりに癒されている。
そんな状況があまりにも滑稽で思わず笑ってしまう。
主人公「ほんと、何でこんな馬鹿なことしてるんだろ」
主人公「そろそろ出発する?」
主人公「うん、明日は大事な日だもんね」
主人公「ひとりで行ける?」
主人公「ひとりで行くよ。 “あの人”に伝えなきゃいけないことがあるから」
主人公「そうだね・・・ありがとう」
主人公「こちらこそごめんね。 ずっと無視して・・・目を瞑って・・・」
主人公「ううん。 私にはこの場所と時間が大切だったから」
主人公「そっか、そうだよね。 ・・・じゃあ、行くね」
主人公「うん、いこう──」
〇空
主人公「じゃあ、行ってきます」
“あの人”が好きだと言った花を抱えて、“あの人”の待つ場所へ向かう。
「遅いじゃん」って困ったように笑うあの人の笑顔が頭に浮かぶ。
主人公「ふふ、お土産はお花だけじゃないんだから」
私の言葉にあの人はどんな反応をするだろう、喜ぶだろうか困るだろうか
どちらだとしてもきっと──
主人公「「待ってたよ」って言ってくれるよね」
砂利道を歩いて、“あの人”の名前が書かれた冷たい石を見つめる
主人公「久しぶり。遅くなってごめんね」
主人公「あのね、私ずっとあなたのことが──」
優しく暖かい風が、私の髪を吹き上げる。
『君が来るのが待ってた──。』
いたずらな風に乗せて、“あの人”の優しい声が聞こえた気がした。
大切な人との別れというのは、主人公のように死別であっても、恋愛での辛い別れであっても、その相手が大切であればあるほど、覚えていたいような、でも思い出すだけで苦しくなってしまうから忘れてしまいたいような気持ちになりますね。そんな心の様子がとてもよく伝わってきました。
読んでいるうちに自分が向き合った幾つかの死の記憶が蘇りました。物質的に目の前から消えたとしても、想えば想うほどずっと魂は近くに存在すると信じています。彼女も乗り越えることができたみたいで嬉しいです。
人生には乗り越えないといけないことが多々あるかと思います。その瞬間は自分自身との戦いということですね。
主人公は前に進むことができてよかったです。