退屈な天国(脚本)
〇養護施設の庭
穏やかに水が流れ、優しい風が吹いていた。佳苗はため息をつく。天国って、なんて退屈な所のだろう──いっそ川に・・・
館山「佳苗さんの好きなホラー映画の上映が始まるよ。観ないのかい?」
佳苗「館山さん、ありがとう。行くか迷ってたの。たぶん、もう全部観てしまったから」
館山「そんなに何度も観たのかい」
佳苗「定期上映会は欠かさずね」
館山「(俺を見てもビビらなかった人は佳苗さんくらいだ) 地獄巡りに参加してみては?」
佳苗「本物の恐怖はだめよ。人が苦しむのを見たいわけじゃないの」
館山「それはすまない。生前からホラー映画が好きだったのかい」
佳苗「ええ。でも、夫が悪趣味だって見せて貰えなかったの」
館山「新作、上映されると良いね」
世那「暗い顔して、川にダイブなんてしないでよ? どこに辿り着くか分からないんだって」
佳苗「いくら退屈だからって迷惑かける事はしないわよ。それより世那さん、また勝手に白衣着ちゃって怒られるわよ」
世那「だって、着ていると落ち着くんだもの」
佳苗「初恋の人がお医者さんだったかしら」
世那「うん。私の担当のお医者さん。最期まで私を励ましてくれてた。離れたくなくて幽霊の姿で先生にまとわりついていたくらい」
佳苗「それは初耳ね!」
世那「もう。生き生きしちゃってさ」
佳苗「あらっ。ごめんなさい。つい・・・」
世那「いいよ。私ね、ただ好きで側にいたいだけだったの。でも、ある日先生が私のカルテ見て泣いててさ」
佳苗「まあ・・・」
世那「それ見たら、先生に近寄ってくる女を呪う気持ちも薄れて、成仏しようと思ったの」
佳苗「の、呪ったの!?」
世那「部屋の隅っこに立ったり、鏡に映ったりしたくらいよ」
佳苗「可愛い悪戯じゃない」
世那「そんな風に言ってくれるの佳苗さんだけよ」
佳苗「私がねホラー映画が好きなのってね、感情をむき出しにした事ないからなの。夫が慎ましい妻が好きだったから」
世那「何それ! 許さない (呪ってみる?)」
佳苗「私も悪いのよ。最初に良い人ぶったから」
世那「あるある。私も先生の前では頑張り屋さんだったもん。あっ。ねえ、意外とこういうのあるかもよ?」
佳苗「何のこと?」
世那「いくら天国にいる人でもさ、ちょっとくらい怖い体験をしてるんじゃない?」
佳苗「ああっ、なるほど! 確かに館山さんなんて、色んな事情がありそうね でも、聞いて良いのかしら」
世那「館山さんと仲良いのに、理由を聞いてないんだ。あの姿が一番ホラーだと思うんだけど」
佳苗「覆面レスラーだと思ってたの」
世那「佳苗さんのおかげで私は退屈だと思った事ないよ・・・」
佳苗「ありがとう」
佳苗は館山を追いかけていた。久々に胸が高鳴る。
川へのダイブは、また今度にしよう。自然と駆け足になった。
誰もが「平穏無事」をイメージする天国での、ちょっぴり刺激的な会話のやり取りにニヤリとしてしまいました。穏やかな空気感と、3人の少し尖ったキャラクターの対比がイイですね!
ホラー映画好きなのに佐清のマスクを覆面レスラーだと思う佳苗さん。人の恋愛話を聞いて死んでるのに生き生きする佳苗さん。普通の人に見える変な人でいい味出してますね。