読切(脚本)
〇土手
和泉 里江「『僕は才能という言葉が嫌いだ』」
放課後の帰り道。
夕暮れに淡く照らされる河川敷。
和泉 里江「『成功者が成功に至るまでの血が滲むような過程を"才能"なんてたった2文字で表すのは失礼だろう』」
自分が書いた小説原稿の台詞を読み上げたら、そのページを細かく千切って風に流す。
和泉里江、18歳。
私は応募した小説コンテストに落選し、現在絶賛傷心中だ。
和泉 里江「『才能の差なんてーー』」
武内 幸成「お、やっぱりここにいた!」
背後からの男の声に私は嘆息する。
和泉 里江「私のセンチメンタルな時間を邪魔しないでよ武内」
武内 幸成「お、さてはまたダメだったな」
こいつは同じクラスの武内。
たまに私の小説を読んでくれる暇人だ。
和泉 里江「また駄目だったわよ。 それで今は作品の供養してる」
武内 幸成「そっか」
和泉 里江「......ごめん武内。 いつもあんたに誤字チェックとかしてもらってるのに」
和泉 里江「私また、結果を出せなかった」
武内 幸成「気にすんな。 俺の方から手伝いたいって言った事なんだから」
和泉 里江「ねぇ」
武内 幸成「ん?」
和泉 里江「何が駄目だったのかな。私の作った話」
武内 幸成「......ストーリーに口を出されるの嫌いだろ?」
和泉 里江「いいから。言ってよ」
武内 幸成「敢えて言うなら、話のオチが嫌いだな」
和泉 里江「偉そうに」
武内 幸成「お前が言えって言ったんだろが」
和泉 里江「ふん」
武内 幸成「絵を描くのが大好きな少女が青春時代を精一杯駆け抜けるストーリー」
武内 幸成「なのに最後、少女は自身の凡才に絶望し大好きだった絵の道も憧れていた天才男子との恋も捨てて普通の人生を生きると決める」
武内 幸成「フィクションなのに夢がねーんだよ」
和泉 里江「現実的な話が書きたかったのよ」
武内 幸成「現実的ねぇ」
和泉 里江「現実的よ。私ももう小説書くの最後にしようと思ってたから」
武内 幸成「本気か?」
和泉 里江「これだけ応募して駄目だったんだもの。未練は無いわ」
武内 幸成「未練の無いやつがこんな所で黄昏てるかよ」
少し怒ったように呟いた武内が開いた右手をこちらに出す
和泉 里江「何よ」
武内 幸成「俺もその作品の好きなシーンを供養してやる。 216ページをよこせ」
言われるがまま原稿の1枚を渡すと、武内はこちらをじっと見つめながら言った
武内 幸成「『例え誰に見て貰えなくても、僕は君の作品を、君の頑張りを見てきた』」
武内 幸成「『これからも見ていたい。僕はーー』」
武内 幸成「俺は、君が好きだ」
和泉 里江「んなっ!?」
武内 幸成「俺は、お前が夢を捨てる現実なんて嫌だ」
そうか。
こんな現実もあるのか。
現実的な話が書きたかった。
だから大切なものを諦める内容にした。
けれど、
もっと諦めの悪い現実だって、きっとある。
残った原稿を全て破き、風に散らせて私は言う。
和泉 里江「今度は......もっと欲張りな主人公の話を書きたい」
和泉 里江「......絶対書くわ」
武内 幸成「うん、そっちのが絶対面白いよ」
和泉 里江「......偉そうに」
終わり
目指すものがある人は、こうして挫折を乗り越えたりしないといけない分、強いと思うので尊敬します。
作った作品を供養するのもとっても悔しかったり悲しかったり色んな思いがあるんだろうなあと思います。
夢を持つ人間であればあるほど現実を意識せざるをえないという皮肉が詰まったお話でした。武内君が現実にはありえないほどいい人すぎて、里江は才能よりも得難いものを既に得ているな、と羨ましくなりました。