読切(脚本)
〇開けた交差点
知人や友人の印象や雰囲気が、ある日突然ガラリと変わってしまう
そんな体験をした事はないだろうか
──もしかしたらそれは、霊の仕業かもしれない
〇渋谷の雑踏
この世には、何千、何万という『さまよう魂』がいる
それは、未練や執着などから死を受け入れられず、あの世へ行く事を拒否する者達である
そして彼らは、取り憑くための『依代』を探しながら、世を放浪している
──まるでヤドカリのように
〇一軒家
──そして
もしそんなヤドカリ達が、たまたま同じタイミングで、たまたま同じ一家の人間達に一斉に憑依してしまったら
──いったい、どうなってしまうのだろうか
〇空
〇女の子の一人部屋
美保「・・・お! おお!」
美保「やった、憑依成功!」
美保「体もうまく動くし、フィーリングもバッチリみたい」
美保「へっへっへー。 この身体のコには申し訳ないけど、しばらく貸してもらおーっと」
──今しゃべっている魂。
実は生まれた時から病弱で、14歳の時に亡くなっている
以来この世をさまよい続け、自分と同じくらいの歳の少女を見つけては憑依を繰り返しているようだ
美保「さて。 どこかに、このコのプロフィールが分かるものはないかな」
美保「彼氏とかいるかなー? へへ」
〇部屋の前
美保「あ、えと・・・」
美保(キレイな人)
美保(お姉さん・・・いや、お母さんかな?)
美保(──あ。 ていうかこのコ、母親の事なんて呼んでるんだろう)
美保(お母さん? ママ?)
若葉「おはよう、美保ちゃん」
若葉「どうしたの? なんだか元気ないみたいだけど」
美保「美保・・・ちゃん? わたしの名前?」
若葉「え゛っ!? 違ったかしら!?」
美保「え゛っ!? いやいやいや、違わないです!」
美保「わたしの名前は美保ちゃん! 了解です!」
美保(あっぶねー。 さっそく疑われるとこだった)
美保(美保ちゃんね。 了解了解)
若葉「なんともないなら良かった」
若葉「あ、そうそう。 もうすぐごはん出来るから、後で降りてきてね」
美保「はーい」
若葉(・・・びびび、びっくりしたー!)
若葉(名前間違えたかと思っちゃった)
──どうやらこの女性にも、現在違う魂が入り込んでいるらしい
宿っているのは、機械には強いが他の事はからっきしの元天才ハッカー
好奇心旺盛で、興味本位から数々なヤバい仕事に首を突っ込み、結果殺害されてしまったようだ
若葉「さて、と」
若葉(旦那さんの和人さん。 そして娘の美保ちゃん。覚えたわ)
若葉(あとは、孝史くん。 美保ちゃんより、ふたつ年上のお兄ちゃんね)
若葉(確認がてら、顔を見にいってみましょう)
〇部屋の扉
若葉「孝史くん、おはよう」
若葉「朝だよ、孝史くん」
若葉(──返事がない)
若葉「たか・・・」
???「うるっせぇー!」
孝史「なんなんだよおめえはよ! 部屋の外でピーピー騒ぎやがって!」
孝史「聞こえてんだよボケェ!」
若葉「ひ、ひぇっ・・・。 ごめんなさい・・・」
孝史「・・・」
孝史「わーっ! ごごご、ごめん!」
孝史「あれだよ! まだ起きたばっかりで寝ぼけていたんだ!」
若葉「そ、そそ、そうだったのね。 びっくりしちゃった」
若葉「でででも、男のコはそのくらい元気があった方がね!」
孝史「そ、そうだよな! ありがとう」
若葉「そ、それじゃあ、先に下に降りて待ってるね」
若葉「みんなで朝ごはんを食べましょう」
孝史「うん。 用意してすぐ行くね」
〇本棚のある部屋
孝史「・・・やっべ。 つい、いつもの口調が出ちった」
──どうやら現在、この青年にも別の魂が入り込んでしまっているようだ
宿っているのは、元ヤクザの下っ端。
腕は立つが喧嘩っ早く、16歳の時、抗争勢力のアジトに一人で殴り込み、無事死亡している
孝史(ちっ)
孝史(この家は金持ちっぽいし、俺の見た目はいかにも『優等生』って感じだし。 おとなしくしておかないとな)
孝史(へっ! こいつに憑依している間、贅沢な暮らしを楽しませてもらうとするか!)
〇黒
〜寄居虫協奏曲〜
〜ヤドカリ コンチェルト〜
〇おしゃれなリビングダイニング
若葉「かっ、和人さん・・・。 どうかしら、味は」
和人「ああ。 いつも通り、とても美味しいぞ」
若葉「ほ、本当? うれしい・・・」
美保(・・・マッズ! こんなマズい料理食べた事ない!)
美保(何をどうしたらこんな味になるの!?)
孝史(くそマズ・・・。 なんで誰も何も言わねえんだよ!?)
孝史(これがこの家の『普通』なのか!? それとも俺の舌がおかしくなっちまったのか!? オエッ)
若葉(みんな何も言わず、私の作ったごはんを美味しそうに食べてる。 こんな事初めて!)
若葉(私の腕前も上達したって事ね。 うれしい・・・)
孝史「げほっ・・・。 おい美保、ケチャップ取ってくれ」
美保「どうぞ。 そのあと、わたしにも貸してね」
和人「ふう。 ごちそうさま」
和人「さて。今日は日曜日だし、久しぶりに荷物の整理でもするかな」
和人「たまに断捨離しないと、物は溜まっていく一方だからね」
若葉「荷物・・・?」
若葉「・・・確かに。 改めて見ると、家中いろいろ飾ってあるのね」
和人「まあね」
和人「気になるものがあると、ついつい買ってきてしまうんだよな」
孝史(成金趣味ってやつか? 素人目に見ても、どれも高そうなものばかりだ)
美保(ふふん。 お店に持っていったら、ちょっとしたお小遣い稼ぎになりそうね)
若葉「・・・でも、少し物騒じゃないかしら?」
若葉「こんな高そうなものを堂々と飾って、もし泥棒にでも入られたら・・・」
和人「はは。大丈夫大丈夫。 ここは現代の日本だよ?」
和人「泥棒なんて、そうそう入ってくるもんじゃ・・・」
強盗「入ってくるもんなんだよなあ」
強盗「金目の物がある場所に強盗ありだぜ」
美保「きゃーっ!!」
孝史「美保!」
強盗「おっと、全員おとなしくしておけよ」
強盗「妙なマネをしたら、この娘の頭が飛ぶぜ」
和人「貴様・・・目的はなんだ!」
強盗「そんなもん、カネに決まってるだろ!」
強盗「この世の中は、実に不平等だ」
強盗「実用性も何もない高価なものを無意味に飾っているやつもいれば、明日の飯すらまともに買えない俺のようなやつもいる」
強盗「なあ、そう思うだろ? そう思うなら、今すぐカネをよこせ!」
和人「・・・」
和人「いいだろう」
和人「ここにある物、どれでも好きに持っていくといい」
和人「その代わり、用事が済んだら娘を放せ」
強盗「交渉成立だな」
強盗「じゃあ、さっそく・・・」
???「うぉーーっ!!」
強盗「ぐっ、ぐぇぇっ! 何しやがる!」
強盗「こちとら拳銃持ってんだぞ! 怖くねえのかよ!?」
孝史「けっ。 そんなおもちゃ、怖くもなんともねえよ」
孝史「てめえのチャカが偽物って事くらい、見りゃすぐ分かんだよバーカ」
強盗「いだだだだ!」
若葉「・・・おー、 あなたのスマホ、いろんなデータが入ってるのね」
若葉「やだ。 あなた、こんな趣味があるの?」
強盗「てめえ、何見てやがる! ていうか、どうやって!?」
強盗「パスワードと指紋認証、どうやって突破したんだよ!?」
若葉「ふふ。内緒♪」
強盗「ぐぬぬ・・・」
強盗「く、くそーっ!!」
〇おしゃれなリビングダイニング
和人「大丈夫だったか、美保」
美保「うん・・・。 みんな、ありがとう」
和人「・・・さて。 どうしたものかな」
強盗「ゆ、許してくれ・・・。 出来心だったんだよお」
強盗「見逃してくれ・・・!」
美保「最っ低!」
美保「これだけやっといて、許せるわけないでしょ!?」
強盗「む、むぐー・・・」
和人「・・・」
和人「・・・いや。 今日のところは許してやろうじゃないか」
強盗「ほ、本当か・・・?」
和人「ああ。警察にも届けない」
和人「その代わり、二度とこの家に近づくんじゃないぞ」
強盗「うぅ・・・、すまなかった・・・。 ありがとう・・・」
美保「お父さん本気!? 何考えてるの!?」
美保「わたしもみんなも、こんなに怖い思いをしたのに!」
美保「逃がすなんてありえないよ!」
和人「まあ、そう怒るな。 確かに嫌な思いはしたが、幸い誰も怪我はしていないし」
和人「それに、家族と過ごせるせっかくの貴重な休日を、警察の事情聴取でつぶされるのはごめんだよ」
美保(う、事情聴取か)
美保(いろいろ聞かれるとボロが出るかもだし、今はわたしもされたくないや)
和人「・・・あと。 あいつ、他人とは思えないしな」
美保「え? なんて?」
和人「あ、いや。 なんでもない」
和人「は、はは・・・」
──ちなみに現在、実はこの男にも別の魂が入り込んでいる
宿っているのは、とある詐欺師の魂。
口先だけでたくさんの人間を騙し、カネを巻き上げ、結果恨まれて殺されたようである
和人「さーて。荷物の整理だ。 あと、ガラス屋さんにも来てもらわないとなー!」
美保(・・・)
美保(にしても、憑依初日から、こんな事になるなんて)
(この家庭、この先、なんかとんでもない事が起こりそうな予感・・・)
もはや家族という集団ではなく、なにか異様な人間の集まりのようになってしまいましたね(笑)! 成仏できない人達の魂をなにか良い方法で癒やしてあげたいですね。
さまよう魂が憑代に入って生活する様を寄居虫と表現するところに作者さんのセンスを感じます。それぞれの前世の職業や特技がそれとなく役に立つ場面も見どころですね。ところで、憑代にされた側の魂はどこにあるんだろう。それがまた別の人に取り憑いてたら収集つかなくなっちゃいますよね。