夢寐にも忘れない

びわ子

京 よし子ノ記憶(脚本)

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〇平屋の一戸建て
  立て付けの悪くなった引き戸を
  無理矢理開けると
  服の間をするりと冷たい風が入ってきた
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ううっ!寒い!!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)(雲が太陽を遮って急に寒くなってきたな)
  人間の世界に来て随分となるが
  いまだに寒さには慣れていない
  ポストに入ってる
  新聞紙を取り、急いで家に入る

〇古民家の居間
  ペタペタにへたった
  お気に入りの座布団に座り
  コーヒーが落ちるのを待ちながら
  新聞紙を広げた時だった
  また折角の朝の楽しみを奪うあの人が来た
「入るわよー!!」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「中にいるなら返事ぐらいしなさいよ!」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「そして扉を直しなさい!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「いつも返事をしなくても入ってくるだろ!?」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「そして扉は来た時からこうでしたよ」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「そうだったわね、ハハハ!」
  彼女の名は公野 瀬羽(キミノ セワ)
  この地区の、民生委員であり大家だ
  私がこの星の人間では
  無いことを知りながら
  立場場、住民の愚痴が言えないが
  異世界人なら問題ないと
  『話し相手になる』の条件に、
   この住居を貸してくれたのだ
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「で、今日は何用ですか?」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「今日はね──、 よし子さんの記憶を 呼び覚まして欲しいの」
  さほど大きくもない公野さんの後ろには
  車椅子に座るお婆さんが隠れていた
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「!?」

〇黒背景
  この家には記憶を呼び覚ましてもらいたい人が訪ねてくる
  その原因はほぼ、
  このお節介、
  公野 瀬羽(キミノ セワ)のせいだ
公野 瀬羽(キミノ セワ)「物忘れが酷いみたいで困ってるの、 助けてあげてよ!?得意でしょ!!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「得意だからって簡単にできると 思わないで下さいよ!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ジャイアニズム丸出しの性格ですね」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ほんとデリカシーがないんだから・・・」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「琵琶さん──」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「そういう事を人前でいうのが 一番デリカシーがないのよ!?」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「私達は理不尽さを許容できる間柄でしょ」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「気に入らないなら出て行っていましょうか」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「──!!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「わかりましたよ!やります!やりますよ!」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「わかればよろしい!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)(くぅ──!!、背に腹はかえられぬか・・・)

〇古民家の居間
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ふぅー、」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「あらためまして琵琶太郎です」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「京よし子といいます」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)(歳の頃なら70〜80代、服装は綺麗にしているが表情は寂しそうに見える)
琵琶 太郎(ビワ タロウ)(さてさて・・・)
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「よし子さん記憶について 2点お話があります」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「先ず呼び水となる写真が必要です」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「そしてその写真は 無くなりますが宜しいですか?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「はい、1枚持ってきました」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ほう、用意がいいですね」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「瀬羽さんに言われまして」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「ニコッ」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「記憶が入ってる箱には容量があります」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「『昔の記憶を蘇らせる』という事は」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「箱にある『現在の記憶』と『昔の記憶』を交換することが必要になります」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「?」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「つまり不必要な記憶を消して容量を空けて」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「そこに『思い出したい記憶』に 置き換えるわけですが」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「その部分は了承してくださいね」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「はい・・・」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「すいません電話が・・・」
  よし子は手をプルプル振るわせながら
  鞄から写真を1枚取り出した
京 よし子(キョウ ヨシコ)「私怖いんです──」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「今は調子が良いんですが・・・」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「普段から付き合いのある 友人などの顔がわからなくなり」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「息子を『知らない』と 言ったりすることもあったみたいです」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「一般的に認知症の症状の進行につれて 、記憶障害も進行していきます」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「最後の確認です」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「この写真の方は?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「私の愛する息子、則次」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「私が女手一つで育てた、たった1人の家族」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「あの子だけは・・・」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「あの子だけは忘れたくない!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「わかりました」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「では、はじめます」

〇時計
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「目を瞑っていてください」
  琵琶は、そういうと写真を丸め
  口の中に入れ”飲み込んだ”
  そしてよし子の額に
  人差し指をそっとあてた──
京 よし子(キョウ ヨシコ)「ああ、額が温かい・・・」

〇田舎の病院の病室
  これは則次が
  産まれた時の記憶?
京 よし子(キョウ ヨシコ)「可愛い・・・」
看護師「検温終わりました、 また後ほど伺いますねー」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「ツンツン・・・」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「ふふふっ!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「オギャー、オギャー!!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「お腹が空いたのかな?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「はーい、よしよし」
京 則次(キョウ ノリツグ)「ニコッ」

〇幼稚園の教室
  これは幼稚園の時に
  感動したあの日
先生「則次くーん、お母さんお迎えきたよー!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「せんせー、さよならー」
先生「はい、さようならー」

〇アパートのダイニング
京 則次(キョウ ノリツグ)「いちばーん!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「今日も楽しかったみたいね」
京 則次(キョウ ノリツグ)「うん!!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「かーちー、これあげる!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「えー、嬉しいー、何かな ー?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「!!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「いつも、ありがとー!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「ギュッ」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「うん、こっちこそありがとう」

〇グラウンドのトラック
  運動会や授業参観に行った
  小学校時代
京 則次(キョウ ノリツグ)「ハァ、ハァ!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「頑張ったね!ほんの少しの差だった!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「相手が速すぎた! 次は絶対1着になる!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「今日から帰ったら練習するからね!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「うんうん!その意気だよ!」

〇教室
先生「日本一大きい琵琶湖の面積 わかる人いるかな?」
京 則次(キョウ ノリツグ)「はい!」
先生「はい、じゃあ則次くん答えて!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)(がんばれ則次!)
京 則次(キョウ ノリツグ)「670.4 km²です!」
先生「すごい!よく知ってたねー!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「へへっ!まぁね!」

〇野球のグラウンド
  部活に打ち込んでいた
  中学校時代
京 則次(キョウ ノリツグ)「足りねぇー」

〇アパートのダイニング
京 則次(キョウ ノリツグ)「かーさん!飲物全然足りない! 水筒2本にしてよ!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「えー!必要!?」
京 則次(キョウ ノリツグ)「足りないから友達から1本もらったし!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「わかったわよ」
京 則次(キョウ ノリツグ)「ご飯の量も増やしてよ!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)(育ち盛りってすごい!!)

〇簡素な一人部屋
  初めて彼女を連れてきた
  高校生時代
京 則次(キョウ ノリツグ)「って、言ってて笑ったわ」
「入るわよー」
明日野 公恵(アスノ キミエ)「こんにちは」
京 則次(キョウ ノリツグ)「ちょっと母さん!これ何!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「え!気を使いすぎたかな!?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「で、明日野さんは則次の 何処が気に入ったの?」
京 則次(キョウ ノリツグ)「ちょっとー!もー、でていけよ!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「はいはい!ではごゆっくり!」

〇大学の広場
  金髪になった
  大学生時代
京 則次(キョウ ノリツグ)「どう?俺かっこいいだろ!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「はいはい、どんな格好しても いいから道だけは外さないでね」
京 則次(キョウ ノリツグ)「当たり前だろ!俺は母さんの子供だぜ?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「はいはい・・・」

〇結婚式場のレストラン
  社会人になって
京 則次(キョウ ノリツグ)「母さん今まで育ててくれてありがとう!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「まさか初恋が実るなんてね! 2人ともお幸せに!」
  そして結婚して家を出て行った

〇アパートのダイニング
京 則次(キョウ ノリツグ)「あれ?母さんいないの?」

〇アパートのダイニング
京 則次(キョウ ノリツグ)「わっ!!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「いるんなら電気つけなよ!!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「あんた誰だい?」
京 則次(キョウ ノリツグ)「え!?何言ってるんだ?俺だよ? 則次だよ!!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「バカ言わないでウチの則次はもっと若いよ!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「出ていけ泥棒──!!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「か、母さん・・・」

〇時計
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「さぁ、目を開けてください」

〇古民家の居間
京 よし子(キョウ ヨシコ)「思い出した」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「則次のことを・・・」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「何で忘れていたんだろうか──」
京 則次(キョウ ノリツグ)「すいません!ウチの母がここにいると!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「則次!!」
京 則次(キョウ ノリツグ)「か、母さん?俺のことわかるの?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「ああ、わかるよ」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「当たり前じゃないの・・・」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「私の大事な則次」
京 則次(キョウ ノリツグ)「母さん!!」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「もう2度と忘れないからね・・・」
京 則次(キョウ ノリツグ)「うん、うん・・・」

〇平屋の一戸建て
京 則次(キョウ ノリツグ)「えーっと、お母さんの友達?」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「はて・・・誰だったかしらね」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「いやいや、道に迷ってらっしゃって」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「親族の方が来るまで 外は寒いから中で待っててもらった」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「それだけの関係です」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「そうでした、そうでした」
京 則次(キョウ ノリツグ)「ウチの母が迷惑かけてすいません!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「いえいえ、お婆ちゃん元気でね」
京 よし子(キョウ ヨシコ)「ありがとうございます」
京 則次(キョウ ノリツグ)「では、失礼します」
「京 則次『母さん、 ・・・公恵とも話し合ったんだが一緒に暮らさないか?』」
「京 よし子『はいはい・・・ 気持ちだけ受け取っとくわよ』」
「京 則次『真剣に考えてくれよ』」
「京 よし子『そうだね──』」
「京 則次『────』」
「京 よし子『──』」

〇平屋の一戸建て
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ふー、」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「どう?今日の記憶は美味しかったの?」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ああ、家族の思い出が1番美味しいんだ」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「前から聞きたかったけど、 どんな味がするの?」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「実際には味はしないよ」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「幸福感、至福感、多幸感を 味で表現しているだけで」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「俺は、それを味わう為に 人間界にきたんだからね」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「全く変わった趣味だね、異世界人ってのはアンタみたいな人ばかりかい?」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「いや、俺だけだよ」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「いつもの様に消した記憶は 私や貴方と出会った記憶なんだね」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「はい、私はどうって事ないですが」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「公野さんは忘れられても大丈夫なんですか?」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「私みたいな変わり者にはお似合いさ」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「良い事をしても報われないしねぇ」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「いや、良い事してたら 良いことが帰ってきますよ」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「空を見て下さい」

〇平屋の一戸建て
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「ほら、日差しがでてきた」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「心だけじゃなく身体も温かい」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)「この星の神様は粋だね──」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「フフ・・・、アンタも変わってるねぇ」
公野 瀬羽(キミノ セワ)「さてと・・・ 今度は私の愚痴を聞いておくれよ!」
琵琶 太郎(ビワ タロウ)(ふー、今日も長くなりそうだ・・・)

コメント

  • らしさが散りばめられていて楽しい思いをすると同時に、ここまで数多の思い出を紡いできた家族でさえ、認知症で忘れていってしまうのだと思うと、人間ってのは悲しい生き物だなと思いました。

  • 読みながら、息子の生まれた時や、幼少期の思い出が蘇って泣きそうになりました😢
    まだ学生だけど、いつかこんな日が来るのかなぁ、とも思ったり。

  • 共に歩んだ記憶、折り重なった想い。どれほど大切にしたって、人間の脳細胞には寿命があって。紙でできた写真みたいにどんどん綻んでいってしまう。
    でも、悲しい現実を前向きに歩いていける物語に変えるのはすごく素敵だと思いました👏
    優しいお話でほっこりさせてもらいました😊

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