〇結婚式場のテラス
　　人は誰しも、乗り気じゃないことに労力を割きたくない。
　　・・・・・・と、私は思うのよ。
ソフィ「だから、ちょっとした遊び心だったんです」
ジョルダン「で、コレがその『遊び心』をふんだんに盛り込んだ釣書（つりがき）だった、と？」
　　お見合い相手である、ノーザン伯爵ジョルダン様の手には、私がノリだけで書いた釣書が握られ──
　　──二人の間にあるテーブルに、バシンバシンと激しく叩き付けられています。
　　オサレな菓子店の、オサレなテーブルを挟んだ先にいる、キラッキラしい金髪翠眼の三〇代の美丈夫の額に、青筋が立っています。
　　オサレな菓子店の、オサレなテーブルが、ガタガタと揺れています。
　　ソフィ・アゼルマン
　　二〇歳
　　シルレー王国　アゼルマン子爵家
　　次女
　　
　　趣　味：山登り
　　特　技：サバイバル下での料理
　　身　長：一八五センチ
　　体　重：八〇キロ
　　髪　色：紫
　　髪　型：ベリーショート
　　　瞳　：赤
　　既往歴：水虫
　　一　言：ジョルダン様がお困りの際は、この身一つでいかなる場にも向かい、いかなる敵でも殲滅してみせます！
　　と書いた、何かのネタのような釣書（つりがき）のせいで。

〇屋敷の書斎
　　そもそも、私はこのお見合いに乗り気ではなかったのです。
　　二〇歳になっても交際相手がいない私に、お父様が・・・・・・ブチギレました。
　　
　　それはもう、ありえないほどにブチギレです。
　　テーブルを、おんどりゃぁ！　とひっくり返すんじゃ!?　というほどに。
　　夜会や舞踏会みたいな、きらびやかな場にいるのが苦手で、できる限り辞退していました。
　　どうしても参加しなければならないものは、兎にも角にも壁の花。
　　
　　だから、交際相手など見つかるわけもなく・・・・・・。
お父様「我が家には、お前を養う金は無い！」
ソフィ「でしょうねぇ」
　　常時薄暗い屋敷内。
　　
　　踏みまくられ、ヘタッたペラッペラの絨毯。
　　
　　体重五〇キロない私が歩いても、ギシギシ鳴る階段。
　　コーティングが剥がれて、ささくれ立った手すり。
　　
　　閉めたはずなのに、何故か開くドア。
ソフィ（家の中をチラッと見ただけで、丸わかりですよ）
お父様「お見合いをしろ！ 玉の輿に乗れ！ 盛りに盛った姿絵は作ってやる。 盛りに盛って、釣書を手書きしろ！」
お父様「最近は自分で書き、一言メッセージを添えるのが流行りだ。 ちゃんと書くんだぞ!?」
　　ワーワーと怒鳴り散らすお父様を軽やかにスルーしつつ、ふむむと考えました。
　　最近の釣書は、本人の字の綺麗さや、メッセージでアピールするのが流行りだとは知りませんでした。
ソフィ（盛りに盛った釣書・・・・・・何だか楽しそうね？）
　　そんなノリで “ 身近な人物をモデル ” に、釣書を書き上げたのです。
　　身長一五二センチ、体重四七キロ、茶色の髪と瞳。
　　
　　趣味、散歩。
　　特技、家庭料理。
　　
　　普通・オブ・ザ・普通。
　　そんな普通のものは、サクッと書き終えていました。
　　余った予備の用紙に、どんなものが届いたら引くかなぁなどと考えて、遊んでいたのです。

〇結婚式場のテラス
ソフィ（まさか、 そっちが届けられているなんて・・・）
ジョルダン「この内容は容姿の色こそ違えど、お前の兄の事だろう？」
ソフィ「あー、まー、はい」
　　呼び方が『お前』になりました。
　　
　　格下とはいえ、女性をそう呼んでいい訳がありません──
　　──がっ、この状況での口答えは悪手でしょう。
ソフィ（ん？ ・・・・・・兄？）
ジョルダン「あのバカが見合い相手の振りをして送って来たのかと思ったが・・・・・・」
ソフィ「・・・・・・んんん？」
ソフィ「ジョルダン様は、お兄様の事をご存知なのですか？」
　　我が兄、マクシムは脳筋・オブ・ザ・脳筋。
　　
　　騎士団に勤めて八年。
　　
　　脳筋過ぎて出世は絶望的な、上司ラヴの脳筋。
ジョルダン「アレの上司だ」
ソフィ（上司ラヴの脳筋の、 上司・・・・・・）
ジョルダン「わざとアレの苦手な甘味の店にしたが、無駄足だったとは。 チッ！」
　　どうやら、ジョルダン様と私がお見合いする事になったのは脳筋兄からの紹介だったようです。
　　そして、ジョルダン様は、その脳筋兄が妹の名を騙って面倒な愛情表現をしてきたパターンだと思っていたそうです。
ソフィ（まって、『面倒な愛情表現』って何！？）
ジョルダン「アレは、毎日のように私と兄弟になりたい、好きだ、一生ついて行く、とかなんとか言い続けている」
ソフィ「面倒な兄で申し訳ございません」
ジョルダン「お前もな！」
ソフィ「・・・・・・・・・・・・面倒な兄妹で申し訳ございません」
　　否定はできないので、素直に謝りました。
　　私、兄の愛して止まない上司に対して、兄風の釣書を送るというミラクルを起こしていたようです。
ソフィ（・・・・・・まって、どんなミラクルなの？）
ジョルダン「何だ、アレの上司と気付いてなかったのか？」
ソフィ「はい。 お兄様は『ジョー団長』としか呼んでいませんでしたので」
ジョルダン「あー・・・・・・まぁいい。 私は帰って執務に戻る。 お前は好きなものを食べてから帰るといい」
ソフィ「えっ！？　本当ですか！？ いいのですか？」
　　ジョルダン様が奢ってくださるそうです。
ソフィ（何という太っ腹！）
ソフィ（いえ、体格はムキムキの兄よりもいく分かスラッとしていて・・・ あら？ ジョルダン様ってこんなにイケメンだったのですね）
　　兄は厳しい顔つきがたまらないとか言っていました。
　　
　　ですが、今は柔らかに微笑んでいて、とてもお優しそうな方に見えます。
ジョルダン「あぁ。 君は甘いものが好きだっただろう？」
　　高級かつ、ご婦人方に大層な人気の菓子店など、私のお小遣いでは食べれないものがほとんどでしたので、本気で嬉しくなりました。
ソフィ「はいっ！ うわぁぁぁぃ！ ありがとうございますっっっ！」
ジョルダン「・・・・・・ん。 あぁ。 ・・・・・・好きなだけ、食べなさい」
ソフィ「はいっ！」
ジョルダン「ん・・・・・・ではな」
ソフィ「はーい！」
　　オサレなケーキにオサレな焼き菓子、オサレなゼリー、またもやオサレなケーキ──
　　本気でモリモリと食べて、その日の夕食は何も入りませんでした。

〇屋敷の書斎
　　そんなこんななお見合いから一週間経ったある日、お父様から執務室に呼び出されました。
お父様「ノーザン伯爵から返事が来たぞ」
ソフィ（あぁ、お断りのお返事ですねぇ）
　　お見合いの日、家に戻ってから、お腹いっぱい食べたら駄目だったのでは？
　　
　　そう思い至り、謝罪込みの御礼状を書きました──
　　──が、お返事はメッセージカードに『構わない』の一言と、青いリボンが結ばれた赤いバラ一輪だけだったのです。
　　端っから可能性はありませんでしたが、お返事を見て、「こりゃだめだ」と諦めていました。
　　なので、まさか丁寧にお断りの書状をいただけるとは思ってもいませんでし────
お父様「婚約したいとのことで、来週にご挨拶に来てくださるそうだ」
ソフィ「────はぃぃぃぃぃ？」
ソフィ（誰かと間違って、家に出したのではないかしら？）
　　そう思い、お父様から書状を取り上げて読みましたが、『ソフィ嬢と婚約したく（略）』と書いてあり、きちんと私宛でした。

〇城の会議室
　　予想外の展開に、ぽかぁぁんとしている内に、一週間が経ってしまいました。
　　ハッと気付いた時には、我が家のサロンで、ジョルダン様の求婚に『謹んでお受けいたします』と応えさせられていました。
　　軽く魂を飛ばしていましたら、『あとはお若い二人で』とかいう定型文でガバッと覚醒したのですが、時すでに遅しです。
ソフィ「あんのぉ、本気ですか？」
ジョルダン「本気だが。嫌だったのか？」
ソフィ「いえ、非常に助かりますが・・・・・・」
　　『持参金不要』
　　
　　『支度金も出す』
　　
　　まさかの有り得ないほどの好条件です。
ソフィ（というか、ここまで来ると、ジョルダン様には後ろ暗い何かがあって、結婚相手が見つからないから、とか!?）
ジョルダン「口に出ているぞ」
ソフィ「ふあっ！」
　　慌てて両手で口を塞ぎましたが、ほぼ無意味な気がします。
ジョルダン「言っておくが、それはないからな？」
ソフィ「ふぁいっ！ 失礼いたしました！」
ジョルダン「うむ」

〇森の中
　　サロンに二人きりでいるのも気まずく、ほぼほぼ家庭菜園のようになっている我が家の庭を、二人で歩きました。
ソフィ「あの・・・・・・本当に私と結婚されるのですか？」
ジョルダン「ついさきほど君に求婚したが？ そして、君は了承したのに、なぜそれを聞く？」
ソフィ「いえ、あのお見合いの状況で、何がどうなったらこの結果に落ち着くのかと思いまして・・・・・・」
　　そもそも好かれてるの？　とかとか、地味に気になるところではあります。
　　
　　どう頑張っても、好感度ゼーローだと思うのです。
ジョルダン「ん？ あぁ、それは────」

〇古い本
　　仕事にかまけていたわけではない。
　　騎士団長に抜擢され、陛下の期待を裏切らぬよう日々を過ごしていたら、連れ添う相手も見付からないままに三一歳になっていた。
マクシム「ジョー団長！」
ジョルダン「煩い」
マクシム「まだ何も言ってませんて」
ジョルダン「存在が煩い」
　　騎士としては有能だが、如何せん脳みそまでもが筋肉でできていそうなマクシム・アゼルマン。
　　茶色の髪を短く切りそろえていて清潔感に溢れている。
　　
　　黙っていれば、なかなかの好青年だ。
　　
　　黙っていれば。
マクシム「この前言ってた俺の妹の釣書と、父からの書状です！」
ジョルダン「あぁ、あの子か・・・・・・」
　　何度か王国主催の夜会で見かけたことがある。
　　提供されてはいるものの、ほとんどの者が食べることはない、料理たち。
　　それを壁際でモリモリと食べるキャラメル色の少女を、マクシムがゲラゲラと笑いながら「相変わらずボッチ」と指さしていた。
　　私は、集団で行動し、作り笑いばかりのご令嬢たちが苦手だ。
　　
　　任務がなければ近寄りたくないほどに。
　　甲高い声。
　　
　　香水臭さ。
　　
　　・・・・・・ゾッとする。
　　一人きりなのに、何も気にした様子もなく、笑顔で美味しそうに食べている子。
　　
　　抱きしめたら、太陽の匂いがしそうな子。
ジョルダン（────あの子となら！）
　　そう思って、釣書を開いたら────
　　あのバカの『団長と兄弟になりたい！』『好きです！』『団長に一生ついて行きます！』それらの攻撃の一環だった。
　　妹の振りして兄弟の契を交わそうとかするパターンだろう。
　　
　　しかも父親のサイン入りの書状まで使って。
　　見合いの場を、わざとあのバカの苦手な菓子店にした。
　　見合い申込みの書状が本物である限り、無視できないことと、バカなマクシムが来たら説教でもしてやろうと思っていた。
　　・・・・・・・・・・・・が、来たのはキャラメル色のあの子だった。
　　どうやら見合いに乗り気ではなかったらしく、釣書で遊んでいたらしい。
　　
　　そして、それを間違って送った、と。
　　彼女は、私のことも知らなかったようだった。
　　
　　あのバカは一切の説明をしていなかったらしい。
　　見合いから戻ったら、マクシムにペナルティを課そうと決意した。
ジョルダン（しかし、嫌だったのなら、なぜ見合いを申し込んだんだ。 何なんだこの釣書は。 どんな偶然だ・・・・・・）
　　そんなイライラとモヤモヤが腹の奥底で渦巻き、言葉遣いが荒くなってしまっていた。
　　どう転んでも、破談になるだろう見合いを切り上げる事にした。
　　去る直前、目の前に置いてある焼き菓子をジッと見つめる少女に、好きなだけ食べていいと言うと、驚くほどに大喜びしていた。
　　満面の笑みを、私に向けてくれた。
ジョルダン（────あぁ、可愛いな）
　　私の心の中に芽生えた、その感情は────

〇森の中
ジョルダン「────ひとめぼれ、だな」
　　しばらく逡巡されていたジョルダン様がフッと笑って、そう呟かれました。
ソフィ（どこで？ いつ？ っていうか、どこに？）
　　色々と聞きたいことはあったのですが、ジョルダン様に左手を取られ、薬指に軽く口付けをされました。
　　上目遣いな翠眼でチラリと見られた瞬間、頭が真っ白になり、はくはくと必死に呼吸することしか、できなくなっていました。
ジョルダン「私は随分と歳上だ。 本当は嫌だったか？」
ソフィ「っ！？ いっ、いえ・・・・・・そのっ！」
　　どう答えたらいいのかわからず、あたふたとしていましたら、ジョルダン様が声を上げて笑われました。
ジョルダン「いい。 少しずつでいいから、好きになってくれると嬉しい」
ソフィ「は、はひっ！ 頑張りますっ！」
　　頑張ります、とは言ったものの、兄から伝え聞いていた『ジョー団長』情報で、元々の好感度はかなり高いです。
　　そして、先日のお見合いの時に私も『ひとめぼれ』をしていたらしく、すでにちょっと好きになっている──
　　──とか、なんとなく恥ずかしくて言えません。
ソフィ「お花・・・・・・」
ジョルダン「ん？」
ソフィ「お花、ありがとうございました」
　　どうしても気になっていたので、いま聞いてみることにしました。
　　
　　あのお花で、お断りされると思い込んでしまっていたのです。
ソフィ「・・・・・・なぜ、一輪のバラだったのですか？」
ソフィ（普通、好意を寄せる相手になら花束とか贈らないかしら？）
ジョルダン「青いバラはなかっ・・・・・・いや、なんでもない。 私が帰ったら、赤いバラの花言葉を調べなさい」
ソフィ「花言葉？ あっ！」
　　バラの花言葉は有名なので知っています。
　　青いバラは『love at first sight──ひとめぼれ』
　　赤いバラは『I love you──あなたを愛しています』

〇幻想2
　　お見合い相手に釣書を送ったら、間違えてノリとネタで書いた方の釣書だったけど、なんやかんやで婚約者ができました。
　　しかも、お互いに、『ひとめぼれ』で、恋もしてしまったようです。
　　──　ｆｉｎ　──