エピソード1(脚本)
〇シックなリビング
俺「兄貴、お待たせ」
兄貴「ああ。ありがとう」
コーヒーを渡す
豆、温度、道具、全てにこだわった自信作だ
兄貴「ん、、、上手いな」
兄貴は優しく微笑んだ
俺「ありがとう」
兄貴「こんなに上手くなるなんてな。店でも出したらどうだ」
俺「何その冗談」
俺「、、、」
俺「あのさ」
兄貴「ん?」
俺「、、、怖くないの?」
兄貴「何がだ?」
俺「あと30日後だよ」
兄貴「そうだな、、、覚えててくれたのか?」
俺「忘れるわけないだろ!」
俺「、、、30日後」
俺「兄貴が」
死ぬ
話は少し前にさかのぼる
〇洋館の一室
兄貴「俺さ、今度死ぬんだ」
俺「、、、えっ?」
俺「待ってよ、何の話?」
──父が他界した
俺「俺は死なせない!」
とは言え2人ともとっくに成人しており、今は別々に暮らしている
兄貴「言葉通りだよ」
兄貴「『自由尊厳死保護法』」
兄貴「最近話題になってるだろ?」
俺「、、、安楽死法の話?あんなの冗談だろ」
俺と兄貴は 父の遺品の整理の為、実家の片付けをしていた
兄貴「冗談なんかじゃないさ。俺はいいと思ったよ」
兄貴「自分の死を自分で選べるなんて最高じゃないか?」
父は本が好きな人だった。
子供の頃、休みの度に本屋へ出かける父に着いて行っては、よくマンガを買ってもらった。
父の書斎には小説から学術書、図鑑、辞典、ありとあらゆる物が並んでいた。
俺「俺はそう思わないな」
俺「「個人の尊厳の為に自由な死を」って事らしいけど」
俺「、、、それって結局、自殺って事だよね?」
──自由尊厳死保護法
多様な価値観を認めた政府が、生きる自由だけでなく死ぬ自由も認めた
諸外国では当然の“権利”なんだそうだ
兄貴「まあ、自分で死を選ぶっていう点はそうだな」
兄貴はハハッと笑った。
俺「なあ兄貴、冗談ならもういいって!」
俺「まだ片付けはいっぱい残ってるんだから、早く手を動かしてくれよ!」
そう言い、兄貴に背を向ける
突拍子もない話だった。冗談にしては笑えない
兄貴が、、、死ぬ?
いや、死にたい?
片付けようと手に取った本が、妙に重たかった
兄貴「なあ、お前あの子とはどうなったんだよ?」
重い空気をはねのけるよう、兄貴が調子の良い声で聞いてきた
俺「、、、美樹ちゃんの事?こないだ別れたよ」
兄貴「そうかぁ。今度こそは結婚すると思ったんだけどなぁ」
少し残念そうだ
俺「同棲まで行ったけど、なんていうか、、、色々合わなかった」
兄貴「そうか」
兄貴「何があったんだ?」
俺「うーん、、、美樹ちゃん、」
俺「アウター着たまま布団入ったり、洗濯物乾いてないのに取り込んだり、何かそういうのにイライラしちゃって」
俺「それで喧嘩する事が増えて、そのまま別れて、、、みたいな」
兄貴「ハハッ。そうか、それは大変だったなぁ」
兄貴「お前は昔から変な所で真面目だったもんな」
兄貴「結婚ってのは、他人と他人が家族になるって事なんだ」
兄貴「多少の違いは寄り添い合って、解決していかないとな?」
俺「そういう兄貴は独身だろ。説教されたって、ぜんぜん説得力ないから!」
兄貴「、、、それもそうだな」
兄貴はフフッと笑うと、片付けを再開した
その後、しばらく沈黙が続いた
兄貴とは出来るだけ目を合わせないようにしながら、片付けを進める
尊厳死
自殺
時折、見覚えのある本をパラパラとめくっては「廃棄」と書かれた段ボールに入れる
兄貴「わっ、懐かしい。ここにあったんだ!」
兄貴がキラキラとした声を上げる
俺「何が?」
兄貴「「海底二万マイル」お前も好きだったよな?」
俺「わっ!懐かしい!親父の部屋にあったんだ!」
俺「そうそう、これ!良く読んだなぁ~」
俺「ストーリーも好きなんだけど、海の生き物とか沢山出てくるシーンが好きでさ」
兄貴「お前、昔からこういうの好きだったよな」
兄貴「なんだっけ?「将来は生き物はかせになる」とか言ってたよな?」
俺「ちっちゃい頃の話だろ?今は普通のサラリーマンだよ」
俺「、、、」
俺「、、、兄貴はさ、何になりたかったの?」
兄貴「、、、え?」
俺「いや、夢の話!子供の頃あっただろ!」
俺「兄貴とはそういう話してなかったと思って」
「夢かぁ、、夢なぁ」と苦笑いで呟きながら、兄貴は少し考えている様子だった
兄貴「俺の夢は」
兄貴「「幸せな家庭を作る」だったかな?」
俺「そ、そうだったんだ、、、いいじゃん!」
兄貴らしく素敵な夢だと思った
俺「「幸せな家庭を作る」って今からでも遅くないだろ!?」
俺「叶えようよ、その夢!」
兄貴「おかしな事を言うやつだな」
兄貴「昔の夢さ。今は何とも思ってない」
俺は兄貴に問いたかった
「もしかして、兄貴が死にたいのと関係ある?」
──
聞けなかった。
言いたげな俺の雰囲気を察したのか、兄貴が続ける
兄貴「それにな、もう無理なんだ」
俺「無理?無理ってどういう」
兄貴「尊厳死のな、」
兄貴「手続き終わってるんだ」
俺「、、、、、、、、は?」
俺「お、終わってるってどういう事だよ!?手続きって」
俺「それって、つまり」
死ぬ
俺「いや、訳わかんねぇよ!!何勝手に!」
兄貴「まあ、落ち着けって。何も今日明日すぐに死ぬ訳じゃない」
俺「落ち着いてられるかよ!」
俺「だって、、、兄貴が、、、死ぬって」
俺「そんな、、、」
兄貴「、、、」
兄貴「本当はもっと早くに相談するつもりだったんだ」
兄貴「でも、親父の事もあったし」
兄貴「その、何て言ったらいいか分からなくて」
兄貴「、、、手続きが終わってもな、3ヶ月は“生きていい”んだ」
兄貴「この家も含めて、色々整理が終わったら、俺は旅立つつもりだ」
俺「、、、そういう事じゃねぇよ」
兄貴「時間はまだゆっくりあるからさ」
兄貴「今日はもう仕舞いにして、上手いもんでも食いに行かないか?」
俺「、、、」
俺は何も言えなかった
兄貴が死ぬ
どうして?
家族のせい?
仕事のせい?
病気?夢?お金?
ぐるぐると色んな考えが巡るが、理由なんて分からない
兄貴「その、、、ごめんな、急にこんな話して」
俺「、、、謝んなよ」
俺「謝るぐらいなら」
生きろよ
そう言いたかった
なんて声をかけて良いか分からない
俺「なあ!」
俺「その手続きって撤回とかできないのかよ!?」
兄貴「できないな」
兄貴の口調は軽くキッパリとしていた
俺「そっか、、、」
兄貴「止めようとしたって無駄だからな~」
俺「、、、決めた事なのか?」
俺「俺に、何の相談もなしに、、、」
兄貴「相談したって止められるだけだからな」
兄貴「俺の考えはきっと理解できないさ」
兄貴「家族といえど、他人なんだから」
そうかもしれない。けど、
俺「他人どうしが寄り添い合うのが家族なんだろ、、、?」
俺「俺たち。たった2人の家族じゃんか」
俺「、、、どうして」
これ以上は何も言えなかった
言っても無駄だ。兄貴は微笑んでいたが、強い意思のような物を感じた
頑なに、死を望むのはどうしてだろう?
堂々巡りだ
兄貴の言う通り、俺は兄貴の考えが分からない
でも、
分かりたい
俺「決めた!」
強い口調で言い放つ
俺「俺は死なせない!」
兄貴「、、、は?」
俺「兄貴が死にたいって言うなら、俺は死なせない」
兄貴「いや、何を言って」
俺「分かんないんよ!」
俺「兄貴に死んで欲しくない、死にたいっていう兄貴の気持ちは分からない」
俺「、、、だけど、兄貴に寄り添いたい。 悩んでるんなら力になりたい」
兄貴「お前なぁ、、、」
兄貴は少し呆れた様子で
兄貴「俺の気持ちは変わらない」
兄貴「気持ちは嬉しいが、決めた事だ。撤回するつもりはない!」
兄貴「第一、死なせないってどうするつもりだ?」
俺「、、、一緒に住む」
兄貴「は?」
俺「一緒にこの家に住んで、兄貴と生活して、兄貴の事をもっと知る!」
兄貴「、、、はい?一緒に住むって言ったって、お前仕事はどうするんだよ」
俺「辞める。住んでる家も引き払う」
兄貴「辞めるってお前、、、」
兄貴「俺の為にそこまでしなくたって」
俺「するに決まってんだろ!?」
俺「、、、俺達たった2人の家族じゃんか」
──
それから俺は、全てを引き払い兄貴と何年ぶりかの共同生活をする事にした
〇シックなリビング
兄貴「いや、しかし本当に旨いよこのコーヒー」
俺「生きたくなるぐらい?」
兄貴「ふっ、どうだろうな」
らしくない悪態をついたかと思うと、手元にあった本をパラパラとめくった
俺「それ、何回目?」
兄貴「お気に入りだからな何度でも読みたいんだ」
未だに兄貴の考えは分からない
兄貴「あと、何回読めるかな」
──あと30日
俺「何十でも何百でも飽きるまで読めばいいさ」
読めばいい。読みたくなってくれ。
その思いを胸に秘め、兄貴の横に座る
死にたい兄貴と、死なせたくない俺
奇妙な共同生活は続く
終
こういうテーマの話に接するたび、やはり本人よりも残される側のダメージが大きいのだということが分かります。「死にたい」という気持ちが許されるなら「死なせたくない」という気持ちも同等に尊重されていいはずですが。理屈通りにはいかないのが人間ですからね。お兄さんの場合、こうなればいい、こうすべき、とは他人が決められない状態ですね。
家族や大切な人には何も頑張らなくて良いからとにかく生きといて欲しいと思うけれど、お兄ちゃんには生きるのが嫌になるほどの何かがあったんですね。
何があったのか気になりますが、その人にしかわからない苦しみや悲しみもありますよね。