優作と優香とアンドロイド(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
あの日から──
俺たち家族は──
〇黒背景
バラバラになった──
〇オフィスのフロア
某IT企業のオフィス
オフィスロイド「お疲れ様です」
オフィスロイド「就業中の皆様に、午後8時をお知らせします」
安藤 優作(・・・やれやれ)
安藤 優作(まだ、そんな時間か)
俺は、オフィスロイドの定時アナウンスを聞いて、ため息をつく
去年なら、残業などせず、早く家に帰っていたが
最近は、あの家に帰りたくない
安藤 優作(あの頃は、思いもしなかったな)
安藤 優作(家より会社の方が、居心地がいいだなんて)
そんなことを考えていると、オフィスロイドが近づいてきた
オフィスロイド「課長、お疲れ様です」
安藤 優作「ああ」
オフィスロイド「今日は、何時頃までお仕事されますか?」
安藤 優作「10時頃までだ」
オフィスロイド「去年は、お子様のお誕生日とのことで、早く帰られていましたが、今日はよろしいのですか?」
安藤 優作「・・・ああ」
安藤 優作「まだ、仕事が残っているんでね」
オフィスロイド「分かりました。あまり無理をなさらずに」
安藤 優作(何が・・・分かりました、だ)
安藤 優作(鉄で出来たアンドロイドに、俺の何が分かるというのだ)
安藤 優作(しかし・・・今日は優斗の誕生日だったか)
安藤 優作(命日と同じ日だから、考えないようにしていた)
安藤 優作(久しぶりに早く帰って、祝ってやるか)
〇渋谷のスクランブル交差点
繁華街
安藤 優作(この街に来るのも、久しぶりだな・・・)
俺は、街を歩きながら思い出す
ちょうど1年前のあの日──
この街で、息子の優斗はトラックに轢かれて死んだ
安藤 優作(あの日は、優斗の誕生日プレゼントを買うために、家族で出かけたんだった)
安藤 優作(結局、プレゼントは買ってやれなかったが)
安藤 優作(あの時、優斗が欲しがっていた物を買って、仏壇に供えてやるか)
〇街の宝石店
繁華街の路地裏
安藤 優作(確か、この辺りに・・・)
安藤 優作(あった!この店だ!)
俺は、おぼろげな記憶を頼りに、目的の店にたどり着いた
そこは、アンドロイドの専門店だった
安藤 優作(優斗は、誕生日プレゼントにアンドロイドを欲しがっていた)
安藤 優作(弟代わりにでもしたかったんだろう)
優斗の喜ぶ顔が目に浮かび、俺は少し嬉しくなった
そして、店のドアを開いて、中に入った
〇宝石店
アンドロイド専門店『ロイドール』
ショップロイド「いらっしゃい」
ショップロイド「何かお探しかい?」
安藤 優作「息子の誕生日プレゼントを」
ショップロイド「そうかい。子供用のホームロイドも扱っているから、ゆっくり見ていっておくれ」
安藤 優作「ああ、そうするよ」
安藤 優作(どうにも・・・慣れないな)
安藤 優作(アンドロイドとの会話は・・・)
令和30年──
世の中には、アンドロイドが普及していた
〇オフィスのフロア
オフィスで働く、オフィスロイド
〇宝石店
ショップで働く、ショップロイド
〇黒背景
これらのアンドロイドには、高性能なAIが搭載されており
一見して、人間と見分けることはできない
しかし──
〇宝石店
安藤 優作(口から出る言葉も、向けられた笑顔も、演算の結果だと考えると──)
安藤 優作(虚しくなるな)
アンドロイドに、人間の気持ちが分かるわけがない
俺は、アンドロイドと会話をするたびに、そう思っていた
そのアンドロイドに、出会うまでは──
安藤 優作(これは──)
安藤 優作(優斗に・・・似ている・・・)
ショップロイド「おや?そのアンドロイドが気になりますかな?」
安藤 優作「ええ・・・」
安藤 優作(偶然・・・か。驚いたな)
安藤 優作(しかし、このアンドロイドなら──)
安藤 優作(優香を、立ち直らせることができるかもしれない・・・)
俺は、しばらく悩んだ末──
そのアンドロイドを、購入することにした
〇明るいリビング
自宅
俺は、優香の部屋をノックした
安藤 優作「優香・・・出てきてくれないか?」
返事がないことは分かっていた
いつものことだ
諦めて部屋を離れようとしたとき──
ドアが開いて、中から優香が出てきた
安藤 優作「顔を合わせるのは・・・久しぶりだな」
優香から返事はない
無言のまま、虚ろな目で俺を見ている
昔は、よく笑い、よく話す女性だったが
今は、アンドロイド以上に、コミュニケーションの取り方が分からない
安藤 優作(だが、部屋から出てきてくれただけでも、一歩前進だな)
俺は、気を取り直し、優香に話しかけた
安藤 優作「・・・なぁ、優香。聞いてくれ」
安藤 優作「今日は、優斗の誕生日だろう?」
安藤 優作「優斗が死んでから、もう一年がたったんだ」
安藤 優作「だが、俺たちはまだ、あの日から止まったままだ」
安藤 優香「・・・」
安藤 優作「いつまでも、このままというわけにはいかないだろう?」
安藤 優作「どんなに悲しんでも、優斗はもう帰って来ない」
安藤 優作「俺たちは、優斗がいなくても、生きていかなきゃならないんだ」
安藤 優作「・・・これを見てくれ」
安藤 優香「・・・!!」
今まで無表情だった優香が、アンドロイドを見て表情を変えた
安藤 優作「驚いたろう?」
安藤 優作「優斗にそっくりのアンドロイドを見つけたんだ」
安藤 優作「なぁ・・・優香」
安藤 優作「このアンドロイドと一緒に、新しい生活を始めてみないか?」
安藤 優作「また、昔みたいに・・・お前と笑い合える家族になりたいんだ」
安藤 優香「・・・」
俺は、このアンドロイドが、家族の関係を修復するきっかけになればいい──
そんな甘いことを考えていた
安藤 優香「あなたは・・・」
安藤 優香「なんてひどい人なの・・・?」
安藤 優作「何!?」
安藤 優香「だって、そうじゃない!!」
安藤 優香「優斗がいなくなって悲しんでいる、私の気持ちが分からないの!?」
安藤 優作「分かっているさ!!」
安藤 優作「だが、悲しんでばかりじゃ、俺たちは前に進めない!!」
安藤 優作「お前が、このアンドロイドを受け入れてくれたら、きっと昔のように戻れると思ったんだ」
安藤 優香「そんなわけないじゃない!」
安藤 優香「優斗に似たアンドロイドを私の前に持ってくるなんて、何て冷酷なの!?」
安藤 優香「こんな物、見るのも嫌!!」
安藤 優香「早く捨ててきて!!」
安藤 優作「待ってくれ、優香!!」
安藤 優作「ドアを開けてくれ!!」
安藤 優作「優香!!」
〇一人部屋
優作の部屋
安藤 優作(ハァ・・・)
安藤 優作(どうして、こうなってしまったんだ・・・)
安藤 優作「気持ちを分かっていないのは、お互い様だろう・・・」
俺は、ため息と共につぶやいた
その時、さっきまで無反応だったアンドロイドが急に話しかけてきた
安藤 ロイ「気持ち」
安藤 優作「どうしたんだ、急に?」
安藤 ロイ「人間の気持ち、僕に教えて?」
安藤 優作「何だ?お前、人間の気持ちを知りたいのか?」
安藤 ロイ「僕は、人間の気持ちを学習するように作られたんだ」
安藤 ロイ「おじさんは今、どんな気持ち?」
安藤 ロイ「嬉しいの?悲しいの?」
安藤 優作「・・・」
安藤 優作「俺の気持ち・・・か」
〇渋谷のスクランブル交差点
あの日、優斗が事故で死んでから──
〇近未来の病室
優香は、部屋に引きこもり
〇オフィスのフロア
俺は、仕事に逃げた
〇黒背景
あの日から──
俺たち家族は──
バラバラになった──
〇一人部屋
安藤 優作「俺の気持ち・・・か」
安藤 優作「お前に聞かれるまで、気づかなかったよ」
安藤 優作「いや、気づかないふりをしていただけか・・・」
安藤 優作「俺は、本当は──」
安藤 優作「悲しかったんだ」
安藤 優作「だが、自分の気持ちと向き合うことを避けていた」
安藤 ロイ「おじさんは今、悲しいんだ」
安藤 ロイ「悲しいときは、どうするの?」
安藤 優作「悲しいとき」
安藤 優作「人間は──」
安藤 優作「泣くんだよ」
安藤 ロイ「おじさんの目から、オイルが出たよ?」
安藤 優作「これは、オイルじゃない」
安藤 優作「涙だ」
安藤 優作「人間は、悲しいときに涙が出るんだ」
安藤 ロイ「へー、そうなんだ」
安藤 優作「そして、悲しみも」
安藤 優作「憤りも」
安藤 優作「さみしさも」
安藤 優作「全部、涙で洗い流して」
安藤 優作「また、笑顔になるんだ」
安藤 ロイ「『悲しいときには、涙が出る』」
安藤 ロイ「人間の気持ちを、一つ学習したよ」
安藤 ロイ「ありがとう、おじさん!」
安藤 優作「ハハッ!」
安藤 ロイ「あ、今、笑った?」
安藤 ロイ「おじさんは、嬉しいの?悲しいの?」
安藤 優作「いや、可笑しかったのさ」
安藤 ロイ「何が?」
安藤 優作「泣いて感謝される日がくるなんてな」
安藤 優作「ありがとう」
安藤 優作「おかげで、スッキリしたよ」
安藤 ロイ「よく分からないけど」
安藤 ロイ「どういたしまして」
〇一人部屋
安藤 優作(しかし、鉄で出来たアンドロイドとの会話で、気持ちを揺さぶられるなんて・・・)
安藤 優作(このアンドロイドは、普通とは違うのかもしれん)
安藤 優作(人間の気持ちを学習すると言っていたが・・・)
このアンドロイドならあるいは──
優香の気持ちを理解して、立ち直らせてくれるかもしれない
俺は、そんな期待を抱いた
安藤 優作「決めたよ」
安藤 ロイ「何を決めたの?」
安藤 優作「家族と向き合うことを、だ」
安藤 優作「俺は、バラバラになってしまった家族を昔のように戻したい」
安藤 優作「そのために、協力してくれないか?」
安藤 ロイ「いいよ!」
安藤 優作「ありがとう。よろしく頼む」
安藤 優作「そうと決まれば」
安藤 優作「まずは、お前に名前をつけてやろう」
安藤 ロイ「やったー!」
安藤 優作「そうだな・・・アンドロイドだから」
安藤 優作「安藤ロイ」
安藤 優作「なんて、どうだ?」
安藤 ロイ「悲しいよ」
安藤 優作「何!?」
安藤 優作「その使い方は、間違っている・・・よな?」
こうして、俺と妻とアンドロイドの、新しい家族が始まった──
亡くなった息子に似ているからこそ、息子のかわりにアンドロイドと一緒に暮らすのは無理という母の気持ちもわかります。一方で、優作とロイの会話を聞いていたら、人間が自分で自分の気持ちを確認するため、つまり自分と対話するためのセラピストとしての役割の可能性があるような気がしました。
近い将来現実的になりそうなお話に、とても親近感がわきました。人間がなんだかロボット化している現代、本当のロボットに助けを求める日が来るかもしれませんね。