初めての潜入任務(脚本)
〇魔物の巣窟
”死草病”と呼ばれる病気がある
この病気は人々の強い負の感情に根を張り、宿主の人間から生気を奪い死に至らしめる
これを治療するには負の感情の”発生源”を特定し、その記憶を切除する必要がある
しかし特定は容易ではなく、このペースでは人類は死草病によって滅ぼされてしまう
〇組織のアジト
”偽装化族”という団体がある
彼らは非認可の魔術治療団体だ
彼らは魔術協会が禁止指定している”心挫草”と呼ばれる催眠性の草から作った秘薬を用いて家族に成りすます
信頼関係構築の過程を飛ばしていきなり問題の核心に触れ、その記憶を消去することができる
偽装化族は見返りを求めない
彼らは死草病の根絶を目的としており、形式主義的で対応の遅い協会に代わって人々を救わんとする慈善団体なのだ・・・
〇組織のアジト
蒼真「・・・」
秋国「そして創設者である”お父様”は西洋魔術結社の・・・」
音夢「・・・秋にぃ、その話いつまで続くの?新人さん困ってるんだけど」
秋国「おお!そうだね!あとスライドが千ページあるからここらで休憩を・・・」
音夢「馬鹿でしょ。今のご時世そんな壮大な駄文読むのAIだけだよ」
秋国「はぅわっ!?」
音夢「はぁ・・・秋にぃに任せた私が馬鹿だった・・・」
音夢「ごめんね~。何言ってるか分からなかったよね」
蒼真「あー、うん。ごめん」
音夢「い~よ全然、だって馬鹿にぃが悪いんだもん」
音夢「ま、そうだね。端的に言うと・・・」
①世の中には実は魔術というものがある
②近年とある魔術の病気が密かに流行していて人類滅亡の危機
③私たち”偽装化族”がそれを阻止している
音夢「こんな感じかな」
音夢「で、現状団員が3人しかいなくて困ってて」
音夢「そこで蒼真さんには魔術の才能があるって分かったから、是非スカウトしたいってわけ」
蒼真「才能って・・・俺は魔術なんて一度も」
音夢「あはは、否定できる時点で才能あるよ」
音夢「だって私さっきから催眠掛けようとしてるんだもん」
蒼真「!?」
音夢「ね、一回だけお試しでやってみない?世界を救うためにさ」
〇おしゃれなリビングダイニング
蒼真(言われるまま来てしまったけど、1人だなんて聞いてないぞ!?)
健治「おう浩治。最近学校はどうだ?」
美代子「はい、浩治の好きなカレーよ」
蒼真「あ、うん。授業は順調で・・・」
蒼真「はがっ!?辛っ!?」
美代子「あら?どうしたの?」
健治「風邪でも引いたのか?浩治の好きなハバネロカレーだぞ?」
蒼真(ハバネロ!?なんで激辛党の設定なんだよ!?)
蒼真「あ、あはは~。今日はちょっとお腹空いてないかも」
健治「そうか。まあこっちに来るのに疲れたんだろ」
健治「一時休めば・・・ゴホッゴホッ!!!」
蒼真「だ、大丈夫?」
健治「あ、ああ・・・最近体調が悪くて・・・ゴホッ!」
美代子「お父さん無理しないで。こんな辛いカレー食べなくて大丈夫なのよ?」
健治「いや・・・ううむ」
美代子「今からお粥作ってあげますね」
美代子「浩治、あなたの分も作るから先お風呂入りなさい」
蒼真「う、うん」
澪奈「・・・」
美代子「澪奈、お父さんと浩治の分の布団敷いてあげて?」
澪奈「・・・うん」
〇一階の廊下
蒼真「お風呂あがったよ~」
美代子「ほらお粥。澪奈が布団出してくれてるからそれ食べたらもう寝なさい」
蒼真「うん、ありがとう」
蒼真「その、父さんは・・・?」
美代子「もう寝たわ。こないだ病院に行ったけど特に問題ないって」
美代子「でもちょっと心配よね。このままで大丈夫なのかしら」
蒼真「・・・」
蒼真「大丈夫だよ、きっと」
〇古いアパートの一室
澪奈「・・・」
蒼真「ありがとうな、澪奈」
澪奈「(こくり)」
蒼真「じゃあお兄ちゃんもう寝るな。おやすみ」
澪奈「・・・」
蒼真「えっと、おやすみ・・・?」
澪奈「澪奈も一緒に寝る」
蒼真「・・・へ?」
澪奈「寝るときはいつも一緒。忘れたの?」
蒼真「あ、ああ!そうだったな!」
蒼真「じゃあ一緒に寝るか!その前に風呂に入ってきな!」
澪奈「うん」
蒼真(どんな兄妹だよ!もう高校生だぞ!?)
〇古いアパートの一室
蒼真「なぁ、そろそろ腕が・・・」
澪奈「麗奈が寝るまで腕枕、でしょ?」
蒼真「・・・そういやそうだったな」
蒼真(こいつ・・・どんだけ甘やかされて育ったんだ)
澪奈「やっぱうつ伏せになって」
蒼真「はいはい」
澪奈「両手を背中の上で重ねて」
蒼真「はいはい」
澪奈「上乗るね」
蒼真「はいは・・・痛っ!?何を・・・」
蒼真「!?」
澪奈「騒がないで」
蒼真「(コクコク)」
澪奈「ここは私の縄張り。3食昼寝つきで喧嘩もない家庭ってそうそうないんだもの」
澪奈「居候するなら他所に行って」
蒼真「ちょ、ちょっと待って。君はまさか・・・」
澪奈「うん。貴方と同じ魔術師。暗示をかけてここに居候させてもらってるの」
蒼真「居候って・・・君、家族は」
澪奈「そんなのいない。魔術師ならよくあることでしょ」
蒼真「・・・」
蒼真「いや、そもそも居候なんて良くないよ」
蒼真「しかも魔術で騙してるなんて尚更・・・」
澪奈「あら、貴方は違うの?」
蒼真「当たり前だ!これは死草病っていう病気から救うためであって・・・」
蒼真「なのに君は自分のために・・・」
蒼真「彼らが可哀想だと思わないのか?」
澪奈「ふうん。よく分かんないけど、彼らは私のお陰で幸せそうよ?」
澪奈「だって息子の死を忘れられるもの」
蒼真「・・・え?」
澪奈「ここは元々3人家族だったんだけど、ある日父親が息子と喧嘩したんだって」
澪奈「カレーにハバネロ入れすぎだとかいうどうでもいいことでね」
澪奈「そして家を飛び出した息子は運悪く交通事故で死んだの」
澪奈「それで父親は自分が殺したも同然だって憔悴した」
蒼真「あ、それが”発生源”・・・」
澪奈「だから私が暗示をかけてその記憶を封印して、代わりに娘として居候してるの」
澪奈「これは幸せじゃないの?」
蒼真「・・・」
蒼真「・・・いや、幸せじゃないよ」
澪奈「・・・なんで?」
蒼真「それだと本当の息子が・・・浩治がいなかったことになる」
澪奈「でも放っておいたら死んじゃうよ?」
澪奈「浩治くんだってそれくらいなら私に居候してほしいって思うと思うけど」
蒼真「違う。もっといい方法があるなら、そっちを取るべきだ」
蒼真「それにこのままじゃお義父さんは多分死ぬ」
澪奈「っ!」
蒼真「きっと暗示による封印だけじゃ駄目なんだ」
蒼真「それは君だって分かってるだろ?」
澪奈「・・・あなた、何がしたいの」
澪奈「本当は何が目的?」
蒼真「俺は・・・」
蒼真「いや、俺たち偽装化族は見返りを求めない」
澪奈「は?」
蒼真「・・・澪奈、君と取引をしたい」
〇古い畳部屋
~翌日~
健治「な、なぁ。どうしたんだ」
健治「2人そろって深刻そうに」
澪奈「・・・」
蒼真「父さん・・・聞いてほしい事があるんだ」
健治「お、おう」
蒼真「実は・・・」
〇黒
〇組織のアジト
音夢「・・・へぇ」
音夢「つまり「浩治の記憶」を消すんじゃなくて」
音夢「浩治として喧嘩の仲直りをした上で「潜入の記憶」を消したんだ」
蒼真「ああ」
秋国「うおおおおん!!なんて優しいんだ蒼真くん!!ずびっ、感動だああああ!!」
音夢「でもさ、それだと時系列がおかしくなるよね?」
音夢「これ浩治が死んだ後に仲直りしたことになってるよね」
音夢「健治が迷信深かったら納得するかもだけどさ」
音夢「もし仲直りの記憶が自分の捏造だって思っちゃったらまた負の感情に苛まれるんだよ?」
秋国「ね、音夢ちゃん、初任務なんだしその辺で・・・」
音夢「うっさい黙れどっかいけ。大事なことなんだよ馬鹿にぃ」
秋国「はぅわっ!?」
音夢「・・・で、どうなの?」
蒼真「・・・それでも、浩治がいなかったことにはしたくなかった」
蒼真「父さんは・・・嫌いなハバネロカレーを頑張って食べてたんだ」
蒼真「死草病で苦しいだろうに、多分浩治と仲直りしたくて・・・」
蒼真「それだけ息子のことが好きだったんだ。いくら命を救うためでも、それを消すなんて絶対にダメだ」
蒼真「そこだけは絶対に、譲れない」
音夢「・・・」
蒼真「音夢の言ってることが正しいってのは分かる」
蒼真「だから俺は偽装化族には向かないんだと思う」
蒼真「でもその代わり、俺が最後まで見届けるよ」
蒼真「いつか父さんがまた負の感情に襲われたとしても、俺がもう一度彼を救ってみせる」
蒼真「だから浩治との思い出だけは・・・」
音夢「・・・っくく」
音夢「あははっ!」
音夢「だったら「喧嘩した記憶」だけ消したら良かったのに!」
音夢「勿論ちょっとは思い出がなくなっちゃうけどさ、全体のバランスを考えたらそれが一番でしょ」
音夢「それを病気の度に救うって・・・アナログすぎ!」
蒼真「あ・・・」
音夢「向いてない?むしろ真逆だよ」
音夢「イマドキ他人にこんな優しくなれる奴なんてそういないって!」
音夢「実は今回は入団テストを兼ねてたんだけど・・・」
音夢「うん、私は君が偽装化族の一員になってほしいな」
音夢「ね、どう?一緒に世界、救っちゃおうよ」
蒼真「・・・」
〇古い畳部屋
健治「浩治・・・」
健治「ありがとな」
〇組織のアジト
蒼真「・・・ああ!」
音夢「よしっ!」
ピンポーン
音夢「ん、宅配かな。はいはーい」
〇ボロい家の玄関
音夢「・・・」
音夢「誰?」
澪奈「3食昼寝付きの慈善団体があると聞いたのですが、こちらでしょうか?」
「死草病」に「慈善魔術団体」、、心湧き立つ設定ですね!殺伐とした争いを予感したのですが、何ともハートフルな展開に心温かになります。気持ちのいい読後感ですね。
偽装をすることで生まれる犯罪もあれば、偽装により助けられる人もいるということがとてもよく伝わりました。姿形だけではなく、人の心まで偽装で近づけるなんて素晴らしいです。
死草病や心挫草といったネーミングからもっと暗い物語かと思ったら、人の心の優しさで人の心を救う人間味あふれる物語でした。お父さんから子供の記憶を奪いたくないという蒼真の優しさは、自身の経験(両親を失う)から来ているのかもしれませんね。