それぞれの嘘(脚本)
〇ダイニング
『実際に見たという人が大勢いるんですよ! ひどい話だと、魔法の人体実験の被験者にされたなんてのも──』
『しかしねぇ、異世界へ通じる扉があって、そこから向こうの住人が来てるとか、ラノベじゃないんだから』
日本のどこにでもある一般的なマンション、そのダイニングにて。部屋の隅に置かれたテレビから、活発な討論の声が流れている。
しかしその部屋の住人たちは、その声を、朝のBGMとして聞き流していた。それより、目の前の朝食に夢中だったのだ。
樹里華「はいあなた、お味噌汁です♪」
若き妻──鷺宮樹里華(さぎのみや きりか)は、そう言って、夫に味噌汁を差し出す。
王馬「ありがとう、いただくよ」
出勤前の夫──王馬(おうま)は、笑顔でそれを受け取ると、早速口を付けた。
梨子「ママ、リコもおみそしる、ほしー」
樹里華「はいはい。ちゃんと梨子さんのもありますよ♪」
樹里華「あなた、お味はどうですか? 元気になるよう、いつもの栄養剤を入れておいたんですけど」
樹里華は、娘の梨子(りこ)をあやしつつ、微笑みながら王馬に尋ねる。
しかしその実、心臓は早鐘のように鳴っていた。
樹里華「(うまく飲んでくれましたね。一口で絶命確実の、猛毒入り味噌汁を!)」
鷺宮樹里華は、日本政府お抱えの殺し屋である。
政府は、数年前、人間以外の知的生命体が多数住まう異世界、通称『バシレイア』へ通じるゲートを、国内の複数個所で同時に発見。
そして、鷺宮王馬が、日本人に化けて社会に入り込んでいる、バシレイアのスパイだという情報をキャッチした。
民衆がパニックにあることを恐れ、バシレイアの存在を秘匿していた政府は、即座に対応を検討。
最終的に、アサシン・樹里華に、王馬の暗殺を命じた。
指令を受けた樹里華は、まずは警戒を解くべく、王馬に取り入り、夫婦となった。
そして、機を伺い、暗殺をしかけていたのだが──
王馬「うん、おいしいよ」
王馬「あ、いけない、今日は朝一で会議なんだった。ごめん、もう行くね」
樹里華「は、はい! お気をつけて!」
どたばたと駆け出していく王馬を、樹里華は──毒殺に失敗したことで、内心愕然となりながら──見送る。
何度殺そうとしても、王馬は死なないのだ。
原因は不明。熟練の暗殺者である樹里華としては、首をひねらざるを得ない。
樹里華「(諦めるものですか。孤児だった私を育ててくれた国のため、必ず殺してみせます!)」
〇ダイニング
決意を新たにする樹里華に、娘の梨子が──味噌汁を飲みながら──怪しいまなざしを向けていた。
梨子「(くくく。今度の暗殺も、うまく防げたようじゃな)」
梨子「(まだ殺してもらっちゃ困るんじゃよ。まだ、な)」
鷺宮梨子は、凄腕の詐欺師である。
彼女は、見た目こそ幼稚園児だが、実年齢はそのはるか上。今年で87歳になる老婆だった。
数か月前、梨子は、バシレイアからやってきた魔法研究者たちにさらわれ、無理やり魔法研究の被験者にさせられた。
そして、五歳の姿にまで若返ってしまったのだ。
研究者たちは、結果に満足したのか、若返らせるだけ若返らせておいて、梨子を解放した。
結果、元々身寄りのなかった梨子は、警察に保護され、孤児院に送られることとなった。
梨子「(ま、災難じゃったが、孤児院で樹里華に出会えたのは幸運だったわい。新しい詐欺を試せるんじゃからな)」
梨子は、王馬に怪しまれないよう、子連れを装おうとした樹里華から、子供(役)として選ばれ、孤児院から連れ出された。
当然ながら、樹里華は梨子に目的を話していない。
しかし、詐欺師として、人間の心理を熟知している梨子は、すぐに樹里華が王馬を殺そうとしていると気づいた。
梨子「(夫を殺そうとしている妻。保険金詐欺を働くには、格好の標的じゃ)」
王馬の正体まではわかっていない梨子は、王馬に生命保険をかけ、その後樹里華に殺させるつもりだった。
そして樹里華も適当に騙し、自分が入ってくる保険金を手に入れようとしていたのだ。
梨子「(味噌汁に入れた毒は、下剤にすり替えさせてもらったわい。保険をかける前に殺されてはかなわんからな)」
梨子「(暗殺を防ぎ、同時に王馬を体調不良に陥らせ、すわ病気ではと、生命保険に入るよう誘導する)」
梨子「(ひっひっひ。我ながら、一石二鳥のいい作戦じゃわい──)」
梨子「うぐっ!?」
梨子がほくそ笑んでいると、その腹部に、突如激痛が走った。
梨子「いたたた! お、お腹が・・・・・・!」
樹里華「梨子さん!? 大変、幼稚園に休みますって連絡をしないと──いえ、その前にトイレへ!」
〇部屋の扉
樹里華に付き添われ、トイレへと突撃した梨子。すぐに便器にまたがるも、腹具合は一向によくなる気配を見せない。
梨子「(な、なんじゃこれは!? まさか、王馬に飲ませた下剤!? なぜワシの腹に入っておるんじゃ!?)」
梨子「(おのれ! 詐欺はワシ最大の生きがい! この程度で諦めてなるものか──)」
梨子「(あだだだだっ!?)」
腹痛や下痢と戦いながらも、決意を新たにする梨子であった。
〇ビルの裏
一方、マンションを出た王馬は、人気のいない路地裏にやってくると──
王馬(魔王)「(ふぅ。ずっと変身しているのは、やっぱりきついな。でも、家の中じゃ解けないしなぁ・・・・・・)」
鷺宮王馬は、異世界バシレイアの好戦種族・魔族の一人。
もっと言えば、その王──魔王である。
数年前、偶発的に地球へのゲートが開いたのを確認した魔族たちは、侵略戦争をしかけることを提案した。
しかし、魔王一族でありながら、心優しい性格の王馬は、これに反対。
数日に及び議論の末、単身で地球に乗り込み、人類と和平条約を結ぼうと決意した。
その一過程として、まずは人類の社会を学ぶべく、日本のサラリーマンに扮していたのだ。
王馬(魔王)「(梨子にかかった呪いも、早いところ何とかしてあげたいんだけど・・・・・・樹里華の目を盗んで解くってのも、難しいよなぁ)」
王馬は数か月前、無作為に選ばれた人間数人が、無理やりバシレイアの魔法実験被験者にされたことを知った。
魔王という立場から、責任を感じた王馬は、被害者を探し、魔法──呪いと呼ぶべきもの──を解こうと考えた。
そして、被害者の一人──梨子を探し当ててみると、樹里華に引き取られた直後だった。
呪いは解くのに時間がかかる。
そう見た王馬は、ひとまず梨子の近くに居続けるべく、樹里華からの婚約申し出を受け入れ、家族となったのだった。
王馬(魔王)「(梨子、さっきも栄養剤を弄って、遊ぼうとしてたな。呪いのせいで、行動まで幼くなったんだなぁ・・・・・・)」
王馬は今朝、梨子の呪いを緩和しようと、自分の栄養剤入り味噌汁と、梨子のものを取り換えていた。
その程度で呪いは解けない、気休めに過ぎないとはわかっていたが、梨子のために何かせずにいられなかったのだ。
王馬「よし! 梨子を元に戻せるよう、もっと頑張ろう!」
決意を新たにした王馬は、姿を元に戻し、職場へと向かった。
仕事を通じ、人類のことを知るために。
地球とバシレイアの間に、平和を築くために。
梨子のような、世界間交渉の被害者を、救うために。
〇東京全景
夫は子の秘密を少しだけ知り、子は妻の秘密を少しだけ知り、妻は夫の秘密を少しだけ知っている。
この珍妙奇天烈な家族の行く末は。そして、地球とバシレイアの行く末は、果たしてどうなっていくのか──。
それぞれがひとつかみの秘密を保持しているところが、この関係を続けていけるポイントなのでしょうね。なんだかんだ最後は良い家族になったりして!
面白い設定ですね!それぞれの思惑を隠しながらの「家族生活」とは。シリアス展開でも、ファミリーコメディに転んでも、楽しめそうな感じですね。
家族それぞれに思惑があり、お互いが少しずつ相手の立場を知りつつ、少しずつ誤解があり、というすごく好みの設定です。神の視点を持つ読者としてはハラハラドキドキしますね。「騙し合い」ではなく「騙し愛」へと変化するであろう今後の展開が楽しみです。