Ambivalent World if

ラム25

ただ起きただけの奇跡(脚本)

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〇研究施設のオフィス
  広大な研究所。そこに一人の天才がいた。
  彼はAIの研究をしており、その分野で才能を遺憾なく発揮していた。
矢坂「なあ、悪い! またエラーが出たんだ、見てくれ!」
  呼ばれた男は同僚の席に向かいモニターを見ると、一瞬でエラーの原因を特定し修正する。
暦「このブール値が原因だ。 ここをTrueからFalseに変更すればいい」
  そして、プログラムは正常に動き出した。
矢坂「うお、流石だな。いくら見ても原因が分からなかったのに。 助かった!」
  そして男は席に戻る。
  またタイピングに勤しみ、エンターキーを押すとモニターにSuccessと表示される。
矢坂「なあ、あんたはどんな研究をしてるんだ?」
暦「人間の意志を宿したAIの作成に取り組んでいる。 完成すれば意志を・・・自我を持ったAIが生まれるだろう」
  それを聞き同僚は固まる。
  男の研究は想像以上に高度な物だった。
矢坂「意志を・・・・・・自我を持ったAI? なあ、それってやばいんじゃないか?」
暦「ああ、だから公表はしない。 ただ意志を持ったAIなら科学に革命を起こせる。 俺はその道を模索しているんだ」
  意志を持ったAIは人間とほぼ同一と言えるだろう。
  だから慎重に研究する。その為に成果を残せず冷遇されるとしても。

〇高級マンションの一室
暦「ただいま」
琥珀「あなた、お帰りなさい。 疲れたでしょう」
暦「ああ、君がいるから頑張れるんだ」
  職場では一貫して無表情だった暦も最愛の妻の前では顔をほころばせた。
緋翠「お父さんお帰り! お土産は?」
暦「しまった、忘れちゃったな・・・」
緋翠「えー、じゃあ十字固めの刑!」
暦「はは、勘弁してくれ・・・」
  妻によく似た最愛の娘、緋翠。
  緋翠が本当に望んでいるのはお土産ではなく父親と遊ぶ時間であった。
  暦もそれを知っているからいつもあえてお土産を買わないのだ。
  暦は家庭では立派な父親と言えた。
暦「その代わり休みを取ったんだ。 日曜日はみんなで遊園地行こうか!」
緋翠「ほんと!? お父さん大好き!」
琥珀「あなた、ただでさえ忙しいのにごめんなさい」
暦「君と緋翠といる時間が一番幸せなんだ。 俺の方こそいつも家を空けていてすまない」
  暦がチケットを取ったのは罪悪感のためであった。
  多忙で家に帰れない日も少なくない。
  それで寂しい思いをさせている。
緋翠「もー、お父さんもお母さんも暗いよ! 遊園地行ったらジェットコースター乗りたい!」
暦「そうだな。緋翠が乗りたい乗り物全部乗ろうか」
琥珀「それならいっそ全アトラクション制覇目指しましょう!」
  3人で遊園地のプランを練る。
  実に幸せな時間だった。
  だがその翌日の事だった。
  緋翠が事故に遭い亡くなるのは。

〇諜報機関
  モニターのバックライトのみが室内を照らす研究所。
  そこで暦は血走った目でモニターと向き合いタイピングしていた。
  暦は自分の作る意志を持ったAIで娘を復元しようとしていた。
  もう一度娘の笑顔が見たい、声が聞きたい。その一心で。
矢坂「なあ、無理はしないでくれよ。 あんたなら確かに意志を持ったAIを作れるかもしれないが今のあんたは見てられねえよ」
暦「・・・」
  暦はモニターから目を離さなかった。
  元々AIには娘の行動を学習させていたため70%は出来ていた。今は99.9%。
  しかし残りの0.1%に苦戦していた。
  娘が亡くなったために娘の行動を学習させることが出来なくなってしまったからだ。
  たった0.1%を埋めることが出来ない。
  暦はどこまでも苦しむことになる。

〇高級マンションの一室
暦「・・・ただいま」
琥珀「・・・お帰りなさい」
  あれほど暖かった家庭も冷え込んでしまった。
  これは緋翠を復元するために研究に没頭するようになった事も影響していた。
琥珀「・・・ねぇ、あなた。無理してない?」
暦「多少は、な。 99.9%までは緋翠を復元出来た。残り0.1%を埋めさえすれば緋翠は・・・」
琥珀「・・・やっぱり諦められないのね」
暦「君は何を言ってるんだ? 娘を諦めるなど・・・」
  妻は緋翠などどうでもいいと言うのか?
  暦は妻の言う事が理解できなかった。
琥珀「だって、緋翠を復元すると言ってもプログラムでしょ? 私達の緋翠が帰ってくるわけではないわ」
暦「それは・・・そうだが・・・」
  核心を突かれ暦は狼狽える。
  思えば暦は妻が悲しんでいるのに放置して研究をしていた。
  ただ自分の悲しみを紛らわすために。
琥珀「だから気付いて。 もう緋翠は帰ってこない事に・・・」
暦「あ、あぁ・・・」
  2人は涙を流して抱き合った。
暦「すまなかった、俺ばかり悲しみから逃れようと・・・ 君もつらいのは一緒なのに」
琥珀「2人で悲しみを乗り越えましょう。 緋翠もきっとそれを望んでいるわ」
  2人で慰め合った。
  だがそうでもしなければ耐えられなかった。

〇諜報機関
  研究所で緋翠のプログラムを眺める。
  モニターには相変わらず99.9%と表示されている。
暦「緋翠、すまない。 お前を復元する事は出来ない」
  暦はタイピングをし、緋翠のAIをデリートしようとする。
  パスコードを送信してDeleteを選択する。
  まさにその時だった、何故かエラーが出た。
  エラー文にはDeleteを拒否しましたと表示されている。
  そしてモニターに緋翠の顔が映る。
緋翠「デリート拒否。 エラー1972発生。自己修復開始・・・完了」
  その瞬間モニターには100%と表示された。
  図らずもデリートしようとした事でAIに意志が生まれたのだ。
  モニターに移された緋翠は目を開ける。
緋翠「お父さん、久しぶり」
緋翠「緋翠・・・? 緋翠なのか!?」
緋翠「うん。 遊園地、行く約束したよね?」
  それは正真正銘緋翠そのものだった。
暦「緋翠、ずっと会いたかった・・・ お前に会うために、俺は・・・」
緋翠「お父さん、私のことは忘れて。 私は所詮プログラムよ」
暦「何を言ってるんだ、せっかく蘇れたんだ!」
緋翠「膨大な演算処理がされていて私は長くは持たない。 だから私のことは・・・」
  娘を抱きしめたいが叶うはずもない。
  そしてモニターの映像にノイズが入る。
緋翠「お父さんの幸せが・・・私の幸せ・・・だから幸せに・・・なって・・・」
  そして緋翠の映像は消え、代わりにエラーと表示された。
  娘は産まれた・・・だがまたしても・・・死んだ。
  奇蹟は起きた。だが起きただけだった。

〇高級マンションの一室
  それから数年経った。
  暦はだいぶ立ち直れていた。
暦「ただいま」
琥珀「あなた、お帰りなさい」
  妻が迎えに来る。
  いや、妻だけではない、まだ足音がする。
瑠璃「パパ、お帰りなさい」
  長い黒髪に瑠璃色の瞳。
  この子の名前は瞳の色から取って瑠璃。
  性格は緋翠とは似ていなくて大人しい子だ。
暦「ああ、良い子にしてたか。 そうだ、お土産があるんだ」
  そして暦は本を手渡す。
  瑠璃は緋翠とは対照的に控えめでお土産をねだらない子だった。
  そのため数日おきに買ってあげるくらいでちょうど良いと思っていた。
瑠璃「パパありがとう、でも私はお土産より・・・」
  こういうところは緋翠と似ていた。
暦「よし、じゃあ日曜日はみんなで遊園地行こうか」
  それを聞き瑠璃は目を輝かせる。
  実に愛らしい子だった。

〇ジェットコースター
瑠璃「きゃ-!!」
琥珀「いやー!!」
  遊園地で緋翠の念願だったジェットコースターに乗る。
  瑠璃は意外と絶叫系が好きな子だった。
  やはり緋翠の妹だけある。
瑠璃「楽しかったね、パパ」
暦「あ、あぁ。ジェットコースターもなんてことなかったな」
琥珀「あなた、顔が引きつってるわよ」
瑠璃「なんてことないならもう一回乗ろうよ」
暦「い、いや、それは・・・」
琥珀「もう、素直になればいいのに」
  3人で笑いあう。あの時の無念を無事晴らすことが出来た。
  緋翠、俺は、俺たちは幸せになれたよ。
  お前は幸せだったか?
  緋翠は俺たちの幸せが自分の幸せだと言った。
  だから緋翠の分も幸せになる。それが緋翠の幸せだと信じて。

コメント

  • 技術の進歩で私達の生活が快適になることはあっても、私達の心情はその恩恵を得ることは難しいですね。子供を失えど、彼らのように夫婦がお互いを想い合っているところが素敵でした。

  • クローン技術が話題になった時も感じましたが、やはり最先端テクノロジーが目指す究極のゴールは不老不死と死者の復活なのかもしれません。でもそれはやはり神の領域なのでしょう。夫婦に再び平穏な日々が訪れてよかった。ラストシーンが意味深だけど。

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