読切(脚本)
〇血まみれの部屋
女性の死体が発見されたとの通報があったのは早朝だった。
新米刑事の僕は、まだまだ死体に慣れることができない。
早く一人前になりたいと思うが、それも先のようだ。
先輩「これは、ヒドいもんだ。怨恨だな」
孝之「先輩!」
先輩「遅れてすまん」
孝之「いえ」
先輩「そんな顔するな。俺でも、これは結構きびしい惨状だ」
僕の憧れの峯山先輩。その鋭さで上司にさえ恐れられているが、ありがたいことに、僕にはとても優しい。
先輩「第一発見者は、旦那か?聞き取りはしたのか?」
孝之「はい。今はまだ取り乱しているようで、もう少し落ち着いたら話を聞こうと」
先輩「そうか。しかしいつまでも待っててやるわけにはいかないからな。少しくらいの無理はさせろよ」
孝之「はい・・・」
僕はそう答えたが、独身の先輩には妻を殺された夫の気持ちが分からないのだろうと思った。
僕は最愛の妻、陽菜がもし殺されたとなったら、あれくらいの取り乱し方で済む自信が無かった。
〇豪華なリビングダイニング
被害者の旦那さんはまだ取り乱しているようだった。そこでまずはお手伝いさんに話を聞くことにする。
孝之「あの。お話よろしいですか?」
お手伝いさん「はい」
孝之「こちらのお手伝いをされて長いのですか?」
お手伝いさん「ええ、ご結婚された当初からですから。もう5年になりますか」
孝之「奥さまに最近変わった様子などありませんでしたか?」
お手伝いさん「いえ、いたって普通でした。いつもと変わりません」
孝之「夫婦仲はいかがでしたか?」
お手伝いさん「もうラブラブって感じですよ。昨日もお二人で仲良くゴルフに行ってらっしゃいました」
孝之「奥さまの死体を発見された時はお手伝いさんもいらしたのですか?」
お手伝いさん「はい、ウチの方に実家からお野菜がたくさん届いたので、こちらに持ってこようと思いまして、旦那様が車を出してくださったのです」
お手伝いさん「私は野菜を車から台所へ運んだり。旦那様はお二階へ上がられて、すると、旦那様の悲鳴が」
孝之「なるほど」
〇広いベランダ
先輩「それにしてもいい家だな。俺と大して年も変わらないだろうに、何して儲けてるんだか」
孝之「旦那は弁護士、妻の方はアパレルブランドを手がけているようです」
先輩「なるほど。怨みを持っている奴はそこそこいそうだな」
孝之「やはり、怨恨ですか・・・」
先輩「単なる物盗りが、あんな派手にやらないだろ」
孝之「確かに・・・」
先輩「悲鳴を聞いたのはいないのか?」
孝之「生憎、防音がしっかりしてまして」
先輩「これだからお金持ちは困るよ」
〇血まみれの部屋
僕は運び出される前に、もう一度死体をおがませてもらうことにした
もともとは美しいのだろうが、今は何かを訴えるように口を開いたままで、思わず目を背けたくなる
しかし、僕は目をそらさない。絶対、犯人を捕まえますから、と心に誓う。
と、そのとき、思わず手が伸びた。右手の人差し指で死体の前歯に触れる。
これは小学生以来封印していたことだ。いや、今の今まで忘れていた。体が覚えていたというのだろうか。
僕は人の前歯に触れるとその人の前日の記憶を知ることができるのだ。
〇白いアパート
陽菜「おかえりなさい、あなた」
孝之「ああ、ただいま」
僕はこんな美しい妻を憎むなんてことがあるだろうか、と考えて、すぐに、あり得ない、と否定した。
事件の犯人は旦那だった。死体の前歯に触れたとき見えたのはゴルフクラブを振り上げ殴りかかってきた旦那の鬼の形相だった
〇ダイニング(食事なし)
しかし、前歯に触れるとその人の前日の記憶を知ることが出来た、などと言うわけにもいかず、僕はお手伝いさんを揺さぶった
「悲鳴が聞こえた」と言ったがあの部屋は防音がしっかりしていて、台所でもなかなか聞こえないのではないか?と
すると、すぐにお手伝いさんは陥落した。二人は不倫関係にあったのだ。
あんな美しい妻がありながら不倫するとは、しかも年上のお手伝いさんとなど、人は分からないものだと思う
陽菜「また、考え事?お仕事のこと?」
孝之「あ、いや、ごめん。事件は解決したんだ」
陽菜「そう、よかったじゃない」
孝之「僕が解決した。峯山先輩にも褒められたよ。ただ、あまり後味のよい事件じゃなくてね。まあ、事件なんてみんなそうだけど」
陽菜「お疲れさま。私はあなたが無事でいてくれればいいの」
孝之「陽菜」
〇白いアパート
僕は夜中に目を覚ました。
妻の寝顔を見ていると魔が差してしまった。
その前歯に触れてしまったのだ。
そこには峯山先輩の僕に見せたことのない笑顔があった。
だから先輩は彼に優しかったんですね! このフィナーレ最高です。仕事の事件は解決できても、自己のこの問題、彼はどう解決するのでしょうか?! 妻の前歯には触れないようにしましょう!
いやぁ、ラストが恐ろしい…。
前歯に触れると記憶が…、自分なら見たくないなぁ。
発想と構成と、読んでいてとても引き込まれました!
思わず心の中で叫んでしまいました。すごいオチでした…。
あらすじの引きが良いです。前歯?どんなお話?ってなりました。コメディかと思いきやミステリー調、からの驚きのラスト、楽しませていただきました。
相手の前歯と自分の指という組み合わせでのみ使える技なんですね。縛りのある感じが面白いです。