1話①(脚本)
〇黒背景
藁にも縋る思い、という言葉がある。
或いは、鰯の頭も信心から、という諺。
どんなに頼りないものであろうと、
それに縋る以外の道が無い、
そんな窮地があったとしよう。
掴んだものは何でも良い。
さらに、
窮地を乗り越えられたことについて、
本当に“それ”のお陰かは不明だとする。
掴んだ“それ”は
何の働きもしなかったかもしれないし、
もし無かったとすれば、
自分は今ここに居ないかもしれない。
そんな危機一髪の経験をした者にとって、
藁は今後どのような存在になるだろうか。
不安があれば次の機会にも
持って行こうとするとか、
むしろ、何か危ない橋を渡りたい時の
必需品にはならないだろうか。
再び藁を手に入れるチャンスがあるとする。
・・・それも、割と簡単に。
当然ながら彼は、
またそれを手に入れたとする。
2度目があればもうループだ。
彼は幾度となく藁に縋り危機を乗り越え、
その藁さえ居れば
自分は最強であると思い続けた。
・・・つまり。
簡潔にまとめれば。
これまでの説明は、
ある人の武勇伝を元とした────
>>>最強の御守り爆誕<<<
───の、過程なのである。
〇玄関の外
ピンポーン
7月 第二土曜日 午前7時半
『210』と書かれたドアの前で、
「留守か・・・?」と呟く一人の男が居た。
ピンポーン
・・・ピンポーンピンポーンピンポーン
黒スーツにサングラスに金髪。
そんな風貌の成人男性が土曜の朝からピンポンラッシュ。
どう見ても立派な不審者である。
・・・何度インターホンを鳴らしても、部屋からは物音ひとつ聞こえない。
???「ヘイヘイヘーイ、居留守かー!?」
???「寝坊するには勿体ねえ天気だぞー!!」
???「ユー出掛けちゃいなyo!!俺と!!」
無遠慮に扉を叩く不審者。
今の自分の姿が借金の取り立てにしか見えない事に、彼は未だ気が付いていない。
???「おーーーーい、居ねぇのーーーー??」
???「・・・・・・・・・」
???「・・・・・・・・・マジで留守か、これ」
男は、しばらく扉の前をうろちょろと動いてみたり、覗き穴を逆に覗こうとしたり立ったりしゃがんだりしつつ不審行動をしていた。
???「あ〜〜〜〜、完っ全に無人だろこれは・・・」
遂に諦めたのか、男は階段方向に歩き出す。
革靴が規則的に床を叩く音が、段々と遠ざかっていった。
???「・・・なーんてな」
──そして彼は、
おもむろにポケットに手を突っ込み、スマホを取り出してニヤリと笑った。
────prrrrrrrrrr
呼び出し中の音に笑いがこみ上げてくる。
・・・予想通り。
目の前の部屋から、聞き慣れた歌詞の着信音が鳴り響いた。
──ついでに。
また同じ手に引っかかってしまった家主の悔しげな叫び声も、
廊下まで響き渡ったのだった。
〇玄関内
???「おはよう塩畑!!良い朝だな!!」
塩畑「おはよう桶屋。 土曜の朝から何してくれてんだぶっ飛ばすぞ」
桶屋「悪かったってー。 でも今回は俺ちゃんとアポ入れといたじゃん?偉くね? てかお前スマホ見てなかったん?」
塩畑「俺は到着2分前の「今日お前の家行くわwww」とかいうふざけた連絡を絶対にアポとは呼ばない」
塩畑「ただの宣言じゃねえか 無意味過ぎるだろあのメール」
桶屋「心構え・・・的な? あっ痛い待っ痛い、すね、脛中心に蹴るの待っイッッッッテェ!!」
反省の色が見えない桶屋に数回蹴りを入れた後、塩畑は「とりあえず入れ」と部屋に彼を招き入れたのだった。
〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
「麦茶かコーヒー」
桶屋「麦茶ー」
「うぃー」
桶屋(なんやかんやで毎回、結局部屋上げてくれるし茶出してくれるんだよなぁ)
桶屋(そして同じ手に3回連続で引っ掛かる・・・ まーた俺が帰ったタイミング見計らってマナーモード解除したんだろうな・・・)
桶屋「・・・お前、情に訴えるタイプの詐欺師に引っかかりそうな性格してるよな」
塩畑「桶屋ー、茶って頭から被る派だったりする?」
桶屋「何でもございませんでした」
塩畑「覚えとけ、土曜の朝から叩き起こされてハッピーになれるのはドMの奴らだけなんだよ」
桶屋「それはそれで語弊ありまくるけどな!?」
塩畑「語弊があろうが無かろうが少なくとも俺はハッピーになれない側の人間だよ」
桶屋「は、早起きは三文の徳的な・・・」
塩畑「なら週5で早起きしてる俺らなんて徳が有り余って然るべしだろ 土日にまで三文稼いでんなよ」
桶屋「・・・」
何かしら思う所があったのか、軽口を返すこともせずに桶屋は固まった。
二人分の麦茶を机に置いた後、向かいに座った塩畑は「で?」と問いかける。
桶屋「ん?」
塩畑「え?」
沈黙。
塩畑「・・・あの、「ん?」じゃなくてな、何の用で来たかって聞いてんのよ」
桶屋「はっはっは、何ででしょーうか!? 待っ、ごめ、ごめんて今コップ持ってるガラス製品持っいだだだだだだギブ!!ギブ!!」
ヘッドロック3秒で降伏した桶屋は、若干伸びた気がする首を回しつつ、不機嫌面の暴君に向き直って真剣な表情をした。
桶屋「いやー、実はさあ、ご報告というかお願いというか・・・ちょいと大変重要なお話がありまして」
桶屋「お前高確率で俺からの電話出ねぇし・・・ もうこれ直で行くのが1番早えなって」
塩畑「着拒じゃないだけ良いだろ ・・・んで、重要な話?俺に関係ある事で?」
塩畑「・・・・・・あっ、金は貸さねーからな!」
桶屋「ちっげーよ!」
塩畑「そーなん?」
塩畑「・・・いやあの、本気で困ってんならちゃんと言えよ?短期間の生活費くらいなら多分渡せると思うし、事情は詮索しないから・・・」
桶屋「やめろやめろ急に良い奴になるな!! あまりにカモ過ぎるよお前! 悪いお友達に良いように利用されちまうぞ!」
塩畑「は?お前以外に友達居ねぇっつってんだろ」
桶屋「・・・・・・・・・可哀想な奴・・・・・・」
塩畑「ガチなトーンで言うなよ・・・」
桶屋「いや本気で哀れだなって・・・。 ・・・そろそろ本題入って良い?」
塩畑「あーそうだった、悪い脱線してたわ。 ──それで?何の報告?」
桶屋「・・・・・・・・・」
塩畑「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
塩畑「いや話せよ!?!?!?」
桶屋「な、何かいざ言おうとすると緊張してきた・・・」
塩畑「さっさと吐いて楽になっちまえよ てか逆にこっちが身構えるわ・・・」
桶屋「あのさー、塩畑ぁ、これ聞いても親友で居てくれるか?」
塩畑「さり気なく格上げしてんじゃねえよ」
塩畑「んでもって縁切ったりしねえから大丈夫だって、多分。 俺だって友達ゼロの男になるのは避けたい」
桶屋「多分って言った、この人多分って言った!! えー、あのさぁ、じゃあさー、怒んない?」
塩畑「本当に何したんお前!?」
塩畑「・・・えっ、法は犯して無いよな? 一緒に何か埋めに行って欲しいとか言い出さんよな?」
桶屋「流石に越えてねぇよその一線は!」
「・・・・・・・・・」
塩畑「うん、あの、分かった。心の準備は出来た。 怒んないから言ってみろ、桶屋」
往生際が悪く「あー」だの「うー」だのしばらく呻いていた桶屋は、大袈裟な深呼吸を一つして、とうとう口を開いた。
桶屋「・・・俺さぁ」
塩畑「うん」
桶屋「────会社、辞めてきた」
〇黒背景
数秒間が空いて、説教の嵐が吹き荒れた。
──怒んないって言ったじゃん!!さっき怒んない?って聞いたじゃん!?
──そうだな確かに聞いてたな、でも俺はYESって答えなかっただろーが!そこに直れ!正座だ!
詐欺だぁ………
えっ待ってお前も正座すんの?
何を当たり前の事を!色々言う側がだらけた格好してたら真面目に聞く気失せるだろ!
えーーーん無駄に真面目だよ俺の親友!
〇整頓された部屋(ハット、靴無し)
桶屋「塩畑ぁ、落ち着いた?」
塩畑「・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・何とか」
桶屋の退職宣言を聞いた5分後。
高めの音階で錯乱していた塩畑は、ようやく彼への質問攻めをストップした。
塩畑「・・・まさか実際の知り合いが、 「会社辞めてYouTuberになる」って事後報告してくるのを聞く事になろうとは・・・」
桶屋「ヤメテ!知り合いに格下げしないで! ・・・ワァ・・・視線が冷たーい・・・」
おちゃらけて場を誤魔化そうとする友人を
一睨みし、塩畑は文字通り頭を抱えていた。
塩畑(──自己都合退職って確か失業手当に制限あったよな?というか部屋って借り続けられるっけ?カードって止められたりするのか?)
塩畑(家賃補助制度と順番あるってネットで見た事あるけど・・・そっちも制限かかったりすんのか?てか明日からの食費あるのかこいつ?)
塩畑(YouTuberって主に広告収入だっけ? 再生回数に直結してて…イベントとか執筆からの稼ぎを期待するのは難しいよな…)
塩畑(・・・・・・・・・)
5分が経過しても、未だ彼は考え込んだままだった。
桶屋「あのー、塩畑ぁ…?」
黙り込んだ親友に恐る恐る声をかけると、彼は難しい顔のまま勢い良く机に突っ伏した。
ゴン!と、割と痛そうな音が響く。
桶屋「塩畑さぁん!?」
塩畑「・・・・・・・・・い」
桶屋「えっ」
塩畑「あぁぁぁぁぁ、考える事が!!情報量が!!多い!!!! 何で!辞めたんだよ!この!無職がぁぁぁ!」
桶屋「一応!無職じゃ!ねえんだって!」
塩畑「現時点の収入ゼロだろうが口を慎めーーー!!」
塩畑「・・・桶屋さぁ、お前が語った夢は、宝くじが当たる前提で作った人生設計とそう大差無いものだって、ちゃんと分かってんのか?」
塩畑「お前りっちゃんとアキくんの学費稼がなきゃなんねえって言ったよな。あれは? というかよく親説得できたよな!?」
下の妹と弟の名前を出され、桶屋はバツの悪そうな表情をした。
流石に若干の罪悪感を感じたらしい。
桶屋「い、一応父さんの稼ぎで普通に賄えるって・・・“まだ24だし夢を追いたいなら今から始めるべきだ“って背中押してくれて…」
桶屋「“例え上手くいかなくても「努力した」って事実は残るから、次への自信と糧にできるでしょう“って・・・母さんも・・・」
塩畑「めっちゃ素敵なご両親じゃねえか!!!! おま、それ一生感謝しろよお前…!」
桶屋「それに関しては俺もめちゃくちゃ思ってる!」
ぎゃあぎゃあと言い合い(主に桶屋が悪い)をしていると、塩畑がふと疑問符を浮かべた顔をした。
塩畑「・・・ん?・・・桶屋、お前金の無心に来た訳じゃねえんだよな?」
桶屋「そう言ってんじゃん!?」
塩畑「会社辞める事についての相談ってわけでもないよな? 辞表出したの2週間前って既に手遅れだし・・・」
大事な話って今の報告で終了か?と尋ねた塩畑に、「やっっっと本題の本題に入れる!」と桶屋が叫んだ。
塩畑「本題の本題?」
桶屋「お前の説教でだいぶ回りくどい事になってるけどさー、今日のメインはこっからの話なんだよ!」
塩畑「お前今のメインじゃないって言うんか!?」
桶屋「まあ関係あるっちゃ大ありなんだけどな!」
次は何が飛び出るのかと身構える塩畑に、桶屋は良い笑顔で言い放った。
──「お前も会社辞めようぜ」、と。
桶屋「塩畑!! お前もYouTuberにならないか!?!?!?」
──3秒後、「夜明けと同時に灰にしてやろうかこの野郎」の怒号と共に桶屋が床に沈められたのは、言うまでもない事である。